僕らの放課後グルメ旅

男子高校生観察日記

寒空の下、黄金の

「うぅ……さむい……! 」

 下駄箱に手を伸ばすと、ポケットで感じていたぬくもりはあっという間に消えてしまった。冷え切った足をスニーカーに非難させ、僕はひとまず落ち着いた。

 やはり一度感じてしまったぬくもりには抗えない。再び両手をポケットに突っ込み、足元に注意をしながら昇降口を出ると、いつもの彼がそこにいた。

「ごめん、待った? 」

「うん、超待った。」

「教室で待ってくれればよかったのに……。」

「うそうそ、んな待ってねぇよ、早く行こ。」

風が吹くとさらに寒いな、と鼻をすする拓海に僕は駆け寄った。


僕らは毎日寄り道をする。それはまるで小さなグルメ旅のようで。


***



教室から下駄箱までの短い廊下を歩くこでさえ耐え難い相当な寒さ。

帰り道はもう息をするだけで心臓が凍りそうになる。お互い無言が続いた。

「今日はなに食べて帰る? 」

しばらくして僕が口を開くと、目の前に真っ白な息が広がった。

首を伸ばしてマフラーから口を出した拓海は少し考えてから答えた。

『ん~、あったかいもん。』

……うん、そりゃそうだよね。

『大悟が決めていいよ。』

寒さで話すのが億劫になったのか、彼は全権を僕にゆだねて口をマフラーにしまい込んでしまった。

ゆだねられてしまったことは少し不服だが、ここで「アイスは? 」なんて冗談を聞いても彼は適当にあしらう事さえせず、無視を決め込むだろう。これ以上この場の気温を下げるわけにはいかない。

そうこう考えているうちに遠くのほうから聴き慣れた音楽が近づいてきた。

「あ、アレにしようよ。」

僕が指をさした先ではお決まりのメロディーと白い煙を纏って走る車が、ちょうど停車しようとしているところだった。

『……よく見かけてはいるけど止まってんの見たの初めてかも。』

否定しないってことは拓海も賛成なのだろう。


焦げた臭いと甘い匂いが混じり合ったような生暖かない風が僕たちを誘った。


 駅に向かう通学路からは少し逸れた、住宅沿いの道の脇に車は止まっていた。

ごわごわしたジャンパーを着てニット帽を被った“いかにも”な男の人が立っている。

車に近づくと、僕らに気づいた男の人は、

「お? 学校帰りか。今日はさみぃな。」

と声をかけてくれた。

はい、と答えながら僕は荷台の大きな箱を指さした。ポケットから出した手は再びあっという間に冷たくなってしまった。

「これ、一つ……拓海も食べるよね、二つください。」

拓海がうなずく前に二つ頼んでしまったが大丈夫なはず。

「お、ありがとう! ちょっと待ってな、大きいの選んでみるから。」

男の人は軍手をすると箱の蓋を持ち上げた。広がった湯気が上にかかっている暖簾を揺らす。軍手をしていても相当熱そうだが、熱そうなそぶりは見せずに箱の中に手を突っ込み、中のものをいくつか触って二つ取り出した。

「うちのは他のよりも甘いんだ。その証拠にほら、中が綺麗だろ? 」

そういいながらそれぞれを半分に切って、見せてくれる。

「本当だ、うちで蒸かして食べるのとは全然色が違います。」

黄金色の綺麗な断面はつやつやしていてとても甘そうだ。

男の人はそれらを紙袋に入れて僕たちに差し出してくれた。暖かくていい匂いがする。

ありがとうございます、と代金二人分を紙幣でまとめて払った。お釣りの硬貨を二つ受け取り、とりあえずポケットにしまう。拓海にはあとで請求しよう。

一袋を拓海に渡し、車の横の道の脇に二人で並んだ。

暖かい紙袋を開くとフワッと湯気が顔にかかる。

さすがに食べるにはまだ熱すぎるのでちょっと待つ。袋を持つ手がじんわり温まる。

 まだ熱いかな、と袋の中を確認しようとしたとき、向かいの家から一人の男の子が出てきた。僕の妹と同じくらいだろうか、小学校低学年だろう。

男の子は車に駆け寄ってくると、拳を突き出して、

「おいもおじさん、ひとつください! 」

と大きな声で言った。

おいも……なんてかわいらしい響きなんだ。僕がそう思いながら隣の拓海を見ると彼も笑みを浮かべていた。もっとも彼は先ほどから一度も袋を開けていないようだが。

「ん~、困ったな。」

車の向こうから唸り声が聞こえた。

おいもおじさんと呼ばれてしまったからだろうか、いや、違う。二人で顔をのぞかせる。

男の子が握りしめてきた拳を開くと銀色の硬貨が三つ。あと一枚足りないのだ。

「お母さんにもらったのかな、ちょっと足りないけど……まぁいいか。」

おじさんは硬貨を受け取り男の子にも暖かい袋を手渡した。

「熱いから気を付けるんだぞ~。」

男の子は笑顔で袋を受け取って、開いた。

「……ちがう」

ん? 男の子はこちらを指さして言った、

「あのおにいちゃんたちのがいい! おっきいの! 」

なるほど。おじさんが僕たちに大きいのを選んでくれたあの一部始終をどこからか見ていたのかもしれない。

「ん~、困ったな。」

おじさんの唸り声がまた聞こえた。

「かわいいね、おっきいがいいんだってさ。」

僕は拓海に話しかけながら、もう食べられる温度になっただろうと自分の袋を開けてそれを取り出した。

「あれ、拓海食べないの?」

「あぁ、ちょっと行ってくる。」

どこに? と聞く前に拓海は唸り声が聞こえるほうへ駆けていった。

僕も後をついて車の向こう側に向かった。

駆け付けた拓海は男の子の前にしゃがむとにっこり笑った。

「なぁ、お兄ちゃん今日おなかが痛くてあんまり食べれないんだ。きみの持ってるおいもとお兄ちゃんのおいも、取り換えっこしてくれない?」

拓海は自分の袋を男の子に手渡した。

「いいの? 」

袋を受け取りながら戸惑う男の子のもう一つの袋と交換する。

「いいよ、こっちはちょうど食べれる熱さになってるから、開けてみ。」

拓海が言うと男の子は袋を開いた。

パァっと彼の顔に笑顔が広がる。

「おっきいおいも! おいしそ~! 」

拓海は彼の頭を優しくなでると立ち上がった。

「ありがと! これ、ままとみーちゃんとたべるんだ! 」

男の子が大きな声でお礼を言うと、向かいの家から赤ちゃんを抱いた女の人が出てきた。

「たっくん! 勝手におうちでちゃだめでしょう。」

どうやら男の子はたっくんと呼ばれているらしい。

たっくんは女の人の裾をつかんで言った。

「まま! みーちゃん! みてみて! おにいちゃんがおっきいおいもくれた! 」

「え、くれた? 」

たっくんの母親は怪訝な顔をして息子から拓海に視線を向けた。

「あぁ、すみません、もしかしておいも買ってくださったんですか? この子勝手に……ちょっと待ってて、今お財布持ってきますね。」

慌てた様子の母親を拓海は引き留めた。

「いや、お金はこの子が払いました、でも百円足りなくて、屋台の方がおまけしてくれたんです。」

拓海は交換した小さな袋を背中に隠して、おじさんを見た。

母親もおじさんに向き直って

「あらそうなんですか。息子が勝手にすみません、お財布持ってきますね。」

というと赤ちゃんを抱えたまま家に戻ろうとした。

「いえいえ、お金は結構です。」

おじさんは母親の背中に向かって呼びかけた。

またもや引き留められた彼女は振り返ってにっこりと笑って言った。

「では、また今度いらしてください。音楽が聴こえたら息子に買いに行かせます。次はちゃんとお金も渡しますので。」

「まま! ぼくまたかいにいっていいの? 」

「たっくん、ちょきん箱からおこづかい出しちゃったんでしょ、こんどはママにお願いしなさい。お金もちゃんと渡すから。たっくん、ママとおやくそくできる? 」

「できる! 」

「じゃ、おうち帰って、てあらいうがいしたら三人でたっくんの買ったおいも、食べましょう。ほら、おじさんとおにいちゃんたちにバイバイして。」

たっくんは僕らとおじさんのほうを向いて一生懸命手を振った。

「おいもおじさん、おにいちゃん、ありがとう! またいっしょにおいもたべようね~!」

たっくんが母親に連れられて家の中に入っていった様子を見て、僕らは振っていた手をおろした。


「いや~、ありがとうね、助かったよ。」

おじさんは僕らに向かってお礼を言った。

「また見かけたらいつでも来てよ、今度はサービスするからさ。」

車のエンジンをかけながらそう言ったおじさんは満面の笑みを浮かべていた。

「はい、また来ます。」

僕と拓海はそう答えるとまた、お決まりのメロディーと白い煙を纏って去っていく車を見送った。


今思えば思い当たる節はいくつかあった。

いつもより口数が少なかったのは寒さのせいだけじゃなかったのかもしれない。

「拓海、おなか痛かったのにごめんね、全然気づかなくて勝手に決めて頼んじゃったし、待たせちゃったし……。」

すっかり暗くなってしまった駅までの道を二人で歩きながら僕は言った。

拓海はマフラーの中で首を横に振る。

「いや、気にすんなよ。腹痛いのはあったかいもん食べれば治まるかなって思ってたし。大悟に任せたのは俺だし。アレは思ったより大きくてビックリしたけど、ちょうど何とかなった。」

よかった、でもやっぱり申しわけないことをしてしまったので、さっきの請求はしないでおこう。

「そっか、それにしても拓海が小さい子にあんなしゃべり方できるとは思ってなかったからびっくりしたよ。」

拓海は確か末っ子だった気がするから意外だった。小さい子の目線に合わせて話す姿はなんだかかっこよかったし、僕にはできないだろうからとても尊敬する。

「……別にいいだろ、上手くいったんだから。」

「あはは、そうだね、たっくん。」

「たっくんは余計だ。」

白い息が街頭の光に照らされて、キラキラ光った。


 そんなこんなで今日のグルメ旅は終了。

僕らは毎日寄り道をする。それはまるで小さなグルメ旅のようで。

寒いのはやっぱり苦手だけど、また今度、あのおじさんとたっくんに会いたいな。


あれ、でも僕たち、なにか忘れているような……





『あ、冷めてる。』











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