星を砕くもの6

 穴から一〇八柱のドラゴンたちが次々飛び出してくる。

 その姿を見届けるように、最後尾から銀色に輝く美しいドラゴンが姿を現した。


「メリュジーヌ!」

 慎一郎が叫ぶと白銀のドラゴンがこちらを見た。


『脱出するぞ。この星は間もなく崩れる!』


 〈ネメシス〉上空ではドラゴンたちが次々光り輝く転移門の中に消えていく。六百年前の世界に戻ったのだ。その中で見覚えのある濃紺のドラゴンと目が合ったような気がした。


 不動のものと思われていた異星の漆黒の大地が激しく揺れ、表面は割れた卵の殻のようにあらゆるところに地割れが起きている。敵軍勢の近くにも地割れが発生して、運の悪い者は地割れの中に望まぬ死のダイブを敢行していた。


『乗れ! 早く!』

 メリュジーヌが鳴動する大地の上に降り、体勢を低くして仲間たちに脱出を促す。四人は素早く竜王の背に乗った。


 全員が体勢を安定させたことを確認したメリュジーヌがその体躯にそぐわないほどの大きな翼を広げて飛び立とうとしたその時、慎一郎は見た。


 すでに星は崩壊を始めているのだろう。地表には無数の地割れが発生している。それは慎一郎達を追って来てこよりと戦った敵集団達がいる場所も例外ではなかった。

 彼らの周囲には地割れが縦横無尽に広がっており、彼らはまるで絶海の孤島に取り残されたかのように身を寄せ合っていた。地面が崩れるたびに一人、また一人と奈落の底に落ちていく。


 それは『敵』ではなく、『哀れな人々』でしかなかった。大小様々な姿形をしている数百人もいたネメシス人達は、もはや十数人しか残されていなかった。


「来い! 飛べ!」

 慎一郎は叫び、左手を差し出した。

 その行動に仲間たちは一瞬驚きの表情を見せたが、彼を止めるようなことはなかった。


 言葉は通じていないが、意図は通じていたのだろう。一行の中でも最も手前にいた特に小柄な一人が一歩を踏み出した。

 しかし、そこで何か思い返したのか、すぐに元の場所に戻ってしまった。

 そしてそのまま、誰ひとりとして足を踏み出すことはなかった。


 揺れと地割れはますます大きくなる。この星を支配するかのように上空を飛び交っていたドラゴンたちはもう一柱たりとて残っていない。


『限界じゃ。わしらも行くぞ!』

 メリュジーヌが大きな翼を羽ばたかせて〈ネメシス〉の大地を離れる。


 見る見る間に死にゆく大地が遠ざかっていく。亀裂の間に取り残されたネメシス人達は何の表情を見せることもなく、ただじっと慎一郎達の方を見つめていて、やがて亀裂に巻き込まれて消えていった。




                       聖歴2026年5月19日(土)


 すでに〈ネメシス〉の空の多くを占めていた地球がさらに、ここまで大きくなるのかと驚くほどにまで巨大化して視界の全てを地球が占めるようになった。


 すでにメリュジーヌは地球への帰還コースへと入っている。

 ひと飛びで大洋を渡ると言われたメリュジーヌでさえ二日以上飛び続けてようやくここまでやってきた。


 後方を見ると無数の岩塊へと姿を変えた忌み星のなれの果てが地球から遠ざかっているのが見えた。災厄は回避されたのだ。

 メリュジーヌは地球のまわりを周回しながら確実に帰還ルートに入っている。

 その夜の側に入った時、楓がそれを見つけて指さした。


「みなさん、見てください!」

 一同が楓の指さした方を見ると、暗闇の中に弓状の明るい輝きが見えた。帰るべき場所。日本はもうすぐ夜明けを迎える時刻になるだろう。


「ようやく帰ってきたのね……」

「長かったような短かったような数日――ううん、半年だったわね」

 こよりと結希奈がしみじみと語った。


 あそこには帰る場所がある。待っている人たちがいる。それを守ることができた。

『もうひと踏ん張りじゃ。一気に駆け抜ける。速度を上げるぞ。皆、振り落とされるなよ!』


 ぐんぐんと速度を上げて銀色の霊長は母なる大地に吸い込まれるように消えていった。

 それを合図としたかのように朝日が日本列島を照らしていく。


 新しい一日の始まりだ。

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