星を砕くもの5

「たぁっ! はっ、えい! とう! だあ!」


 岩の拳が次々押し寄せる敵に命中する。こよりの攻撃を食らった敵は大きく弾き飛ばされ、次の敵と入れ替わりになる。

 四つ足のゴーレムは敵集団の中に入り、特に大きな敵の肩に噛みつき、力任せに左右に振って周囲の敵を巻き添えにしながらダメージを与えていた。


 そういった戦いを繰り返すうちに、相手も彼我の実力差を理解してきたのか、少しずつ及び腰になってきているのがはっきりとわかった。


「狙い通りね……」

 派手に敵を倒して相手を怯ませるのはこよりの狙い通りだった。個々の実力はこちらが大きく上回っているとはいえ多勢に無勢。相手を勢いづかせるわけには行かなかった。

 時間稼ぎこそが最優先事項だった。


「さあ、次は誰が相手? 前に出なさい!」

 こよりが声を張り上げる。言葉は通じていないだろうが、その迫力に敵の集団は攻めあぐねており、少しずつ距離を取り始めた。


 いつしか彼女と異星の軍団との間には数メートルもの間が生まれていた。こよりの隣にゴーレムが軽やかに立ち、猛獣よろしく吼える。


 その人垣をかき分けるように一体の影が前に出てきた。


 大きくはない。こよりよりも小さく、一メートル半くらいだ。

 しかしその全身は鍛え上げられた筋肉の鎧に包まれており、なによりその両肩から生える四本の腕がその敵がまわりの有象無象とは格が違うことを如実に語っていた。


 四本腕の敵はこよりの正面、三メートルほどのところまでやってくると、四本の握りこぶしを構えてファイティングポーズを取った。


「これは……すごいのが出てきたわね」

 こよりも一歩前へ出る。その意を悟ったのか、ゴーレムはその場に伏せて不干渉の立場を鮮明にした。


 こよりと四本腕の敵がにらみ合うのもつかの間、岩の拳と四つの拳、それらが同時に放たれ、ぶつかり合った。




「はうっ……!」

 身体の芯から体温が吸い取られるような寒気を覚えて楓は思わず声を上げた。実際に吸い取られているのは体温ではなく魔力だ。


 突然の寒気によろめきそうになるのをなんとか堪える。彼女が魔力を与えている慎一郎はこれ以上の魔力を長時間にわたって与え続けているのだ。


「大丈夫?」

 隣で楓と同じように魔力を供給している結希奈が心配そうに訊ねた。


「ちょっとびっくりしただけです」

 楓はそう答えると首を横に振った。

 寒気を覚えた楓と異なり、慎一郎の肩からは熱気が伝わってくる。魔力が慎一郎の身体を駆け巡り、それによって熱が生じているのだ。


「少しでも楽にしてあげなきゃ」

 楓がそうつぶやくと、結希奈も無言で頷いた。


「今井さん、これ飲んで」

 結希奈から差し出されたのは緑色の見慣れたペットボトルだ。お茶が入っているのではない。中に入っているのは魔力を回復させる特製ドリンクだ。本来ならば回復薬のたぐいは瓶に入れなければ中身が劣化してしまうのだが、外界と隔離された北高で瓶の入手は難しいので、かわりにペットボトルを再利用して持ち込んだのだ。


「ありがとうございます」

 楓はにっこりとそれを受け取り、口につけた。身体の中がじんわりと暖かくなっていくのを感じる。


「あんたも飲んで」

 結希奈が別のペットボトルにストローを突っ込んで前に腕を回した。慎一郎は左手で〈ドラゴンハート〉を掴んでいるので手が使えず、かわりに結希奈が飲ませてあげた。


「あ……」

 それを見た楓が思わず声を漏らした。


「? どうかしたの?」

 それに気づいた結希奈が楓の方を見るが、楓は「なんでもないです」と首を振った。


 結希奈は慎一郎に回復ドリンクを飲ませた後、また別のペットボトルを取りだして自分でそれを呷った。

「うわ、まずいわね、これ……」

 顔をしかめるのが楓にはなんだか楽しく、そしてもの悲しかった。


 そうして少しずつ魔力を回復させながら、しかし決して送り込む魔力を減らさずに作業を続ける。

 結希奈が持っていた回復ドリンクを三人で全て使い切り、身体の底に残る魔力を絞り出すようになった頃、ふと上空を見上げた楓が叫んだ。


「あれ、見てください!」

 それまで彼らの頭上でゆっくりと旋回して魔法陣を形作っていたドラゴンたちが、その陣形を崩して剣と化したメリュジーヌが穿った大地の大穴に向けて次々飛び込んでいった。


 最後の一柱が穴の中に姿を消してから少ししたあと、ついにその瞬間は訪れた。




「うがぁぁぁぁぁぁっ!」

 筋肉質の敵が叫びながら四本の腕を連打してくる。


 こよりはその動きを冷静に見極め、一発目を最小限の動きでかわし、二発目と三発目は岩で覆った腕でブロック。四発目がやってくる前にカウンターで敵の脇腹に一発を入れる。


 魔法と事前に用意してあったマジックアイテムの力でブーストされていたこよりの一撃は女性のものとは思えない重さを持つ。それを食らった敵は思わずよろめき、警戒して間合いを取った。


「どうしたの? もう終わり?」

 腕全体が岩で覆われた腕をくい、と二度曲げて挑発のポーズを取る。


 異星の生物であってもそれは挑発だと理解できたのか、相手はいきり立って突撃してきた。

 それをこよりは再び避け、ブロックし、そしてカウンターを入れる。

 先ほどからこの繰り返した。


 敵の攻撃は早くて重く、そして何より四本の腕を次々繰り出してくる。

 しかし簡単に対処できた。四本腕があるとはいえ、それらは一連の動きでしか攻撃してこないワンパターンだし、速さも重さも北高で戦ったヴァースキとは比較にならない。


 おそらく、この敵は〈ネメシス〉でも強い個体なのだろう。しかし実戦経験がない。生来の強さにあぐらをかいて鍛錬するのを怠っていたのがその単調な動きからありありと伝わってくる。


 周囲では敵軍勢が遠巻きに見守るように取り囲んでいる。この戦いを神聖なる一騎打ちと思っているのだろうか、誰も敵に加勢しようとはしてこない。

 目論見通りだ、とこよりは思った。彼女の目的は戦いに勝つことではなく、敵の注目を自分に集め、時間を稼ぐことだ。その点でこの一騎打ちの状況は彼女にとって非常に都合が良かった。


「うがぁっ、うがっ!」

 有効打を与えられないことに業を煮やした敵が四本の腕を振り回しながら攻撃を仕掛けてきた。しかし苦し紛れの滅茶苦茶な攻撃が有効打を与えられるはずもない。


 こよりはその攻撃を悠々とかいくぐり、脇腹に再び一撃を加える。

「うが……が……が……」

 数歩よろめいた四本腕の敵は、膝をついたかと思うと、そのまま白目をむいて倒れてしまった。


「あ、しまった……」

 引き延ばすつもりが思わず倒してしまったことに焦った。これをきっかけにして周囲の敵が一斉に襲いかかってくればさすがのこよりであっても多勢に無勢だ。


 しかし、それは杞憂に終わる。


 バキン、という何かが砕かれた決定的な音がしたかと思うと、大地が激しい鳴動を始めた。遠巻きに見ていた敵達は何が起こったのかと不安な面持ちであたふたと周囲を見渡し、あるものは一目散逃げ出したものもいるほどの混乱具合だったが、こよりは何が起こったのか瞬時に理解した。


「浅村くん……!」

 こよりが振り返ると、そこには星の地下深くに突き立てられた剣を引き抜く仲間たちの姿が見えた。彼らの身体からは輝いて見えるほど極度に収束された魔力の流れがオーバーロードを引き起こし、地下へと続いているのが見えた。

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