星を砕くもの4

「ケケ――――――――ッ!!」


 小柄で丸い敵とのっぽでひょろ長い敵が短剣と槍、それぞれの武器を振りかざして無抵抗の地球人――浅村慎一郎に襲いかかった。

 彼らから見れば満身創痍で動かない敵は格好の獲物だったろう。


 これで魔王の座は自分のものだ。

 それが、彼らの最後の思考だった。


 背後から迫っていた二つの殺気が突然消滅した。次に後方から二つの物言わぬ肉塊が投げ込まれた。慎一郎にはそう感じられた。


 慎一郎の前方左右に転がっているのは大小二つの死体。どことなくゴブリンとオークに似ている。地球にいる彼らももとはこの〈ネメシス〉からやってきた異星人だったのかもしれない。


 その眉間には寸分違わず光る棒のようなものが突き刺さっていたが、程なく跡形もなく消えていった。

 その時、さらに後方から何かが大きな足音を立ててこちらに近づいて来るのを感じた。足の運びから走っているのだろう。


 新手ではない。何故なら、足音から敵意は感じないし、何より――

「慎一郎!」

 四月に〈竜王部〉を作ってから幾度となく聞いたその声に慎一郎は心の底から安堵した。




「〈ネメシス〉を――砕く……!?」

 慎一郎と合流した。結希奈、こより、楓の三人がその話を聞いたときの反応は慎一郎と同じものであった。


 こうしている間も慎一郎は地面に突き立てた〈ドラゴンハート〉を掴み、膨大な魔力を地下に流し込んでいる。額からは滴る血が滝のように流れる汗と混ざって薄くなっている。魔力のオーバーロードによって一部の血管が破裂しているのだ。


 結希奈が何も言わずに慎一郎の傍らにやってきて淡く光る手を差し伸べ、回復魔法を行使する。


「信じられないかもしれないけど、今この下でメリュジーヌが……」

「信じるわ」

 慎一郎の言葉を遮るように最初にそう言ったのは慎一郎の出血を手当てしている結希奈だった。


「なるほど……。上空のあのドラゴンはジーヌちゃんを補助してるわけね」

 こよりが空を見上げる。


「わ、私もお手伝いします! 私にできることがあれば何でも言ってください!」

 楓にしては珍しく声に力が入っていた。


「しかし……」

「何か少しでもできる言葉あれば……。お願いです、やらせてください!」

 楓の真摯な気持ちが通じたのか、曇っていた慎一郎の顔が若干ではあるが明るくなった。


「今井さん、ありがとう。でも〈浮遊剣〉を使うにはコツがいるんだ。今まで経験のない今井さんには無理だと思う」

「そんな……」

 楓の顔が悲しそうに歪む。


「魔力を……分けてあげればいいんじゃないかな?」

 全員が一斉にこよりの方を見た。


「魔力を分ける? そんなことができるの、こよりちゃん?」

 こよりは結希奈を見て頷いた。


「そんな難しいことじゃない。やり方を知っていれば誰にでもできるわ。魔力を分けるのに複雑な術式で魔力を消費してしまっては元も子もないからね」

「確かに」

 はは、と慎一郎が薄く笑った。


「誰か、紙とペンを持ってない?」

「確か……あたしの鞄の中に」

 この中でただひとり、ここまで鞄を失わずに来ていた結希奈が治療を中断して鞄の中をのぞく。取り出したノートと魔導書に魔法陣を書き込むための魔力ペンをこよりに渡す。


「ありがとう」

 こよりは受け取ると足元の地面を錬金術で均し、その上にノート置いてしゃがみ込んだ。


「確か魔法陣の形は……」

 スラスラと魔法陣を描いていく。結希奈にも楓にも見たことのない形の魔法陣だったが、形そのものはシンプルなものだった。


「できた。これを……」

 同じものを二個、それぞれ別のページに書き、それを根元から破ってノートから切り離す。そして結希奈と楓に渡した。


「これを浅村くんの身体――肩がいいわね――うん、そこに置いて、魔法陣の上に手を乗せると――」

「うわっ……!」

 こよりが説明をし終わる前に慎一郎の肩に手を置いた楓が悲鳴を上げて思わず手を引っ込める。魔法陣を描いたノートの切れ端はそのまま下に落ちた。


「結構吸われるから、自分の体調に合わせて休み休みやってね。手を離せば魔力の流出は止まるし、また当てれば再開できるから」

「わかったわ」


 説明を聞いた結希奈が恐る恐る慎一郎の左肩に手を当てた。楓も続けて慎一郎に魔力を送り出す。


「こよりちゃんはどうするの?」

 魔力の流れに慣れて余裕が出てきた頃、結希奈が訊ねた。


「わたしは――」

 後ろを向けない三人の背後でがちん、と岩がぶつかるような音がした。


「みんなを守る」


 両手を岩で固めたこよりが集まりつつある敵の軍勢を睨みつける。彼女たちをここまで運んできた巨大な四つ足のゴーレムもゆっくりと身体を起こして戦闘態勢に入った。


「この先は一歩も通さないわ」

 その言葉が合図となっていつの間にか周囲に集まっていた数百体の敵集団が一斉に襲いかかってきた。

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