星を砕くもの3
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
慎一郎が地面に〈ドラゴンハート〉を突き立て、全力で力を込める。
〈ドラゴンハート〉で星を割ろうとしているのではない、そのほうがイメージしやすいからだ。
今、慎一郎の身体全体から大量の魔力が滝から流れ落ちる水のように流れ出している。
慎一郎とふたつの〈副脳〉で制御できる三十六本の魔力で編まれた不可視の腕は、今は一本に束ねられて地面の奥深くへと通じている。
その先に握られているのは一本の巨大な美しい銀色の剣。慎一郎の目の前でメリュジーヌが変化したものだ。
『我らドラゴンはその姿を人に変えた。その応用でさまざまな姿に身を変えることができるようになったのじゃ』
メリュジーヌによると、剣に姿を変えるのはそのうちのひとつだという。ドラゴンの強大な力を全て攻撃力に転化したのがこの形態なのだ。
『一〇八の眷属全てを剣に変えて操ることができるのはわしだけじゃ。ゆえに“剣聖”と呼ばれた』
その剣聖メリュジーヌが今は自ら剣となって慎一郎に操られ、星を斬っている。
その一〇八の眷属を使ってメリュジーヌ自身が星を切ればいいと思ったのだが、それでは足りないとメリュジーヌは首を振った。
『わしは眷属たちの力を一点に集中させる役割じゃ。そうなるとわし自身を振る役割のものが必要となる』
「それが、おれ……?」
『そうじゃ、竜王を使役する資格があるのは古今東西お主を置いてほかにない』
メリュジーヌが巨大な瞳でじっと慎一郎を見る。
その姿は今日初めて見たものであったが、深い緑色の瞳はこの半年間毎日目にしてきたメリュジーヌの瞳そのものであった。
「わかった。おれがやる」
『そう来なくてはな』
メリュジーヌが嬉しそうに破顔した。ドラゴンの表情は人間にはわかりにくいと言われるが、慎一郎にははっきりとわかった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
地面に突き立てられた〈ドラゴンハート〉に力を込める。
今も〈ネメシス〉の岩盤を突き破り、星の中心核へと向かうメリュジーヌとの接続を意識する。それはまるで砂漠にホースで水を撒くかのようだった。
無限に魔力を吸い取られる感覚。少しでも気を抜けばその瞬間に全てを持って行かれて意識を失ってしまいそうだ。
そうなるとメリュジーヌを星の中心に導くものがいなくなる。〈ネメシス〉が地球に衝突して全てが終わる。決して負けられない戦いだった。
「ぐっ……!」
魔力の込めすぎでこめかみの血管が破裂して顎から血がポタポタと落ちる。傷や魔力の回復薬を使用したいところだがそんな余裕はどこにもない。
「保つのか、おれの身体……!?」
しかしそれ以上に不安なことがあった。もしこのタイミングで敵に襲撃されたらという恐怖だ。
上空を一〇八柱のドラゴンが旋回しているために近づいてくる敵はおそらくいないだろう。しかし万が一ということもあり得る。主を失って自暴自棄に、あるいは自分の星を守るために敵軍がいつやって来ないとも限らない。この巨大な魔法陣はおそらく遠くからでもかなり目立つだろう。
しかし慎一郎に周囲の状況を慮る余裕などなかった。上空のドラゴンたちも魔法陣の構築に精一杯で余裕はないとメリュジーヌは言っていた。
敵が来ないことを祈るしかない。
しかしここは異星。人間の祈りなど届かないのかもしれなかった。
「ケケ。見ろよ。あいつ」
「あいつ、おれ達の部隊を全滅させた奴じゃないのか?」
言葉は通じなかったが声はしっかりと聞こえた。気配も感じる。それほど強くはなさそうな敵が二人、背後からやってきている。
「あ、あいつヘロヘロじゃないか? 血まみれだし、剣に寄りかかって立っているのもやっとだぜ」
「ああ。それに、まだおれ達に気づいていやがらない」
「も、もしかしてチャンスなんじゃねーの? こいつを倒せばお、おれ達が次の魔王になれる……!」
「よし、あいつをぶっ殺した方が魔王だ!」
「ケケ! 抜け駆けはさせねーぞ!」
「死ね!」
最後の言葉は二人同時だった。おそらく、「死ね」とでも言っているのだろう。
背後から飛びかかってくる気配。しかし慎一郎になすすべはない。
「ここまでか……!」
敵の攻撃に備えて身を固くする。おそらく、一撃ではやられないだろう。少しでも長く踏みとどまってメリュジーヌを導かなければ。
しかし突然、背後の敵の気配が消えた。
「…………!」
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