星を砕くもの2
「う……」
朝日に照らされたことをきっかけとして、楓は目覚めた。太陽はすでに地平線を離れて高く登ろうとしているのに空は真っ暗だ。これが異星の空なのだろう。
視界の隅に表示されている時計を見た。意識を失っていたのはほんの十数分ほどらしい。
よろよろと立ち上がって自分の状況を調べる。敵の矢に貫かれた太股と肩の傷は意識を失っている間にかなり回復したようだ。念のためにもうひと瓶、回復薬を呷った。
あれだけの戦いのあとだというのに体力はある。出立前に辻先生からもらった体力回復の指輪が効果を発揮していたのだ。心の中で綾子に感謝した。
遥か彼方の地表で何かが光った。楓はそちらを見た。
何らかの魔法が行使されているのだろうか。しかしこの距離では何が行われているのかまではわからない。楓は弓を召喚し、そちらの方へ向けて矢を放った。
矢から送られてきた映像は衝撃的なものだった。
何重にも重なった巨大な魔法陣に包まれた数十メートルもあろうかという巨大な剣が地面に突き刺さっていたからだ。それは今も少しずつ地面にめり込んでいた。まるで大地の底に剣をねじり込もうとしているとように楓は思った。
「はっ、そうだ! みんなは!?」
城の中に入っていった慎一郎達はもちろん、巨大な敵と戦っていたメリュジーヌの姿もここからは見えない。
「もしもし、みなさん、今井です。応答してください!」
敵の軍勢との戦闘前に全員で共有しておいた念話チャンネルに呼びかけてみるが誰の応答もない。しかし楓はそこで戦闘中に〈念話〉が中継器なしで会話できる距離以上に離れてしまったことを思い出した。
「みなさん、どうかご無事で……!」
〈副脳〉ケースと愛弓だけを持って城に向けて楓は全力で走り出した。城のシルエットは一部分が少し崩れていた。
こよりの意識が回復したとき、周囲は完全なる暗闇だった。
しかしそれでパニックに陥るようなこよりではなく、冷静に〈光球〉の魔法を唱えてあたりの状況を確認した。
光に照らされて周囲の状況がわかってくる。狭い空間の中、こよりは横たわっていた。石の瓦礫の隙間に押し込まれるような形で納まっていたのだ。
奇跡だ。と最初は思った。石造りの地下闘技場が崩れてきたことまでは覚えていたが、その後どうなったかは覚えていない。落ちてきた石の組み合わせによって偶然押しつぶされずに済んだのだと思っていた。
しかしそれはどうやら違ったようだ。
周囲の瓦礫を支えるような形で固定されていた石をよく見ると、錬金術によって加工された形跡が見られた。
無意識のうちに柱となるように錬金術で石を加工したと考えるほど彼女は楽観的ではない。
〈副脳〉だ。敵に対する切り札とするために闘技場の中心部分に置いておいた〈副脳〉が自分の判断で瓦礫に押しつぶされそうな
今、二つあった彼女の〈副脳〉との接続を感じない。有効距離を外れて接続が切れたわけではない。おそらく、〈副脳〉自体は瓦礫に押しつぶされてしまったのだ。
「ありがとう……」
中学生の頃から使っている〈副脳〉とつい先日新しく作ったばかりの〈副脳〉にこよりは深い感謝を捧げた。
その後、瓦礫の状況を慎重に見極めながら錬金術を駆使して少しずつ隙間を増やしていると、突然〈念話〉の呼び出し音が鳴り出した。
『よかった、繋がった! こよりさん、ご無事ですか?』
「楓ちゃん……!?」
結希奈が楓からの〈念話〉を受け取ったのは敵が作りだした北高から元に戻ってきたちょうどその時だった。
偽の北高から戻った後、慎一郎の手助けをするために場内をさまよっているときに楓からの連絡が入った。
『お二人とも無事だったみたいで良かったです』
『結希奈ちゃん、浅村くんはそこにいないの? 〈念話〉にも繋がらないみたいだけど』
「うん。城に入ってすぐにはぐれちゃって……」
結希奈は城に入ってからのことをかいつまんで説明した。未だ連絡がつかない慎一郎の安否を皆が心配する。
「でも、城の中はすごく静かだから今戦ってるってことじゃないと思う」
一瞬、すでに慎一郎は敵の手にかかってしまったのではという最悪の結末が頭をよぎったが、結希奈は頭を振ってその嫌な想像をかき消した。
「大丈夫。あたしは信じてる。慎一郎が負けるはずないって」
結希奈は〈念話〉に乗らないようにつぶやいた。
「あたしは城の中を探索してみる。何が起こってるか確認しないと」
『それなら、みんなで合流してから行かない? ひとりよりも三人のほうが安全だし』
『あ、待ってください。〈転移〉で合流するならこちらに来てもらえませんか? 見てもらいたいものがあるんです』
〈転移門〉が開くと、光の扉の向こうから結希奈が現れた。〈転移門〉を開いた楓とすでに転移を終えたこよりが出迎えた。
「無事で良かったです」
三人の無事を喜ぶのもつかの間、起伏の多い〈ネメシス〉の地表の遥か彼方に淡く光る魔法陣の塔を見る。
「何あれ……」
結希奈とこよりが眉をひそめた。楓は矢を飛ばして見てきたものを説明する。
「私が見た限りだと、五重に重なった魔法陣で、その中心部分に大きな剣が地面に突き刺さってました」
「剣が地面に……? 何をしてるのかしら?」
「上からでは確認できなかったのですが、私はあそこに浅村くんがいるのではないかと思います」
「えっ……?」
楓の推測にこよりは驚くが、結希奈は納得顔だ。
「あれが何をしているのかわからないけど、慎一郎もジーヌもあれを見て無関心でいるはずがないと思うわ」
「なら決まりね。すぐに向かいましょう」
「でもこよりさん、あんな遠くまで走っていくとしたら何時間かかるか……」
「大丈夫よ楓ちゃん。錬金術の力、見せてあげるから」
そう言ってこよりは地面に手を当てた。そして呪文を唱えようとして、やめた。
「結希奈ちゃん、楓ちゃん。ちょっと手伝って欲しいな。〈副脳〉がないからわたし一人じゃちょっと難しそうで」
快く引き受けた二人だったが、少しあきれ顔をしていたかもしれない。
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