星を砕くもの

星を砕くもの1

                       聖歴2026年5月17日(木)


「余が斃れても〈ネメシス〉の軌道は変わらぬ」


 今際の際にベルフェゴールが残した衝撃的な一言。慎一郎は物言わぬ肉塊となったベルフェゴールの前で呆然と立ち尽くす。

 それからどれくらいの時が経っただろうか。それほどは経過してないように思える。突然、城全体が激しく揺れ始めた。


「な、何だ……!?」

 慎一郎はあたりを見渡す。主を失った城が崩壊を始めたのか、それとも地球に接近した〈ネメシス〉が壊れているのか。


 そのどちらでもなかった。一際大きな破壊音とともに玉座の間の高い天井が崩れ、それによって生じた穴から銀色のドラゴンが顔を見せた。


『シンイチロウ、無事か? 助太刀に参った!』

「……メリュジーヌ!」




『まさか単身でベルフェゴールに挑み、これを倒すとはな。よくやった』

 メリュジーヌは城の中にいた慎一郎を回収してその背に乗せ、〈ネメシス〉上空を飛ぶ。


「しかし、それじゃ何も変わらなかった。おれは目的を見誤っていた」


 慎一郎達〈竜王部〉は地球の滅びを阻止するためにこの星にまでやってきた。どうすればそれを阻止できるかわからないまま敵の軍勢を撃ち倒し、魔帝ベルフェゴールをも打ち破った。しかしそれで終わりではなかった。


『わしはこの星の守護神を名乗る存在を倒した。しかしそれでネメシスの動きが変わったようには思えぬ』


「まだほかに何か方法があるはずだ。何か……」

『ほう? お主はこの期に及んでまだ手があると考えておるか?』


「もともとは地球に衝突するはずじゃなかった〈ネメシス〉の動きを変えたんだ。そのための魔法陣とか、何かがどこかにあるに違いない」

『しかしこの広大な土地でそれを探すのは――しかも、地球へ衝突する前に――なかなかの無理難題じゃの』


「しかし、やらなければみんな死んでしまう!」

『わかっておる。わしも手をこまねいて見ているつもりはさらさらない』


 メリュジーヌの周囲には無数のドラゴンたちが彼女を取り囲むように飛んでいる。大きさも色も形さえも様々だが、どれもドラゴンとしての威厳を保っている。


『あれはわしの一〇八の眷属たちじゃ。六百年前の世界からここまで呼び寄せた』

 ミズチがあれほど苦労してメリュジーヌだけをここまで送り出したというのに、彼女は一〇八ものドラゴンを呼び寄せたというのか。慎一郎は改めて目の前の存在が神にも匹敵する力の持ち主だということを認識させられた。


『わしが使ったのは〈転移〉じゃからそれほどの苦労ではない』

 そんな慎一郎にメリュジーヌは謙遜する。


 慎一郎が空を見渡していると、一匹のドラゴンが目に入った。

 ドラゴンとしては中程度の大きさだが、濃紺の鱗とあのたたずまいには見覚えがあった。

 北高の封印騒ぎを主導し、地下で暗黒竜と共に戦った菊池一。その真の姿である水竜ミズチである。


『あれは現代のミズチではない。わしが召喚される前、六百年前から呼び出したのじゃ。ここにいる眷属は皆そうじゃ』

 ただ転移させるよりよっぽどすごいかないか……。

 しかし慎一郎はその思いを口にはしなかった。




『……この辺りが良さそうじゃな』

 メリュジーヌが滑空状態から緩やかに高度を落として着地した。そこは起伏の激しい〈ネメシス〉地表にあって珍しく平らな地形となっていた。


 慎一郎がメリュジーヌの背から地面に降りると、ドラゴンたちは上空で円を描くように旋回しているのが見えた。

 地上に降りたメリュジーヌがそれを見ると、彼女はとても生物が出したとは思えない甲高い音を立てた。


 しばらくするとばらばらに飛行していたドラゴンたちは一定の固まりとなって上空を旋回するようになった。秩序だった動きだ。それは、右回りと左回りに交互に重なって飛び五層の円を描いていた。


「一体、何を?」

 慎一郎の問いにメリュジーヌは空を見上げながら答えた。


『この星を砕く』

「えっ……!?」


『軌道を変える方法がわからぬ以上、この星を砕いて衝突を回避させるしか術はあるまい』

「た、確かにそうだけど……」


 そんなことができるのか、という言葉は飲み込んだ。今し方一〇八体ものドラゴンを六百年前から呼び寄せたばかりのこの竜王に不可能なことなどないように思えた。


『わしのブレスならこの星を破壊することもできるが、細かい制御が効かずに破壊しすぎてしまう可能性がある。地球に破片が降り注げば大惨事じゃ』


「じゃあ、どうするっていうんだ?」

 その問いにメリュジーヌは衝撃的な一言を発した。


『そなたが砕くのじゃ、シンイチロウ』

「お、おれが……?」


『あれを見よ』

 メリュジーヌが上を向くのに釣られるように慎一郎も空を見上げた。


 すでに夜が明けて太陽が顔を出しているにもかかわらず闇が支配するその空には、一〇八のドラゴンが今も周遊している。しかしドラゴンたちが飛んでいる面にはいつの間にか彼らを外周とした魔法陣が浮かび上がっていた。

 五つのドラゴンのかたまりにそれぞれ一つずつの魔法陣。合計五つの魔法陣が彼らの上級に展開されている。


『あれは剣を強化加速させる魔法陣じゃ。一〇八体のドラゴンの力で剣を強化させ、その力で星の核を割る。シンイチロウよ。その剣を星に突き立てるのがそなたの役目だ』

「おれが、星に剣を……?」


 慎一郎は腰の鞘に収められた〈ドラゴンハート〉を見た。魔帝との戦いでその鞘や柄は傷つき汚れているが、その刃には些かの曇りもない。


その剣ドラゴンハートではない』

 そう言うとメリュジーヌはふわりと浮かび上がった。そのまま上昇して遥か上空、回転する五層の魔法陣の最上段中央部でホバリングする。


『これが、そなたが扱う剣じゃ』

 次の瞬間、メリュジーヌがまばゆく輝いたかと思うと、その姿は銀色に輝く美しくも精緻な一振りの巨大な剣に変わっていた。


 聖剣メリュジーヌである。

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