隻腕の剣士3

「少年よ、名を名乗るが良い」

「県立北高竜王部部長、浅村慎一郎。お前を倒す者だ」


「余を倒すか! それは面白い。是非ともそうしてもらおう!」

 ベルフェゴールが打ち込む。それに対応するように周囲の〈エクスカリバーⅢ改〉がベルフェゴールに殺到する。


「ふははははははははははは!」

 一斉に襲いかかる十六本の剣に対してベルフェゴールはおそるべき速度と判断力でそれらの攻撃をすべて凌いでみせた。


「どうした? 不意打ちでないと余に一撃も加えられぬか?」

 〈エクスカリバーⅢ改〉の連撃を受けながらも平然と慎一郎の方へと歩いてくるベルフェゴール。慎一郎はその動きを見て、反撃されないタイミングで突撃し、下段から〈ドラゴンハート〉を振り上げる。ベルフェゴールは上からの〈エクスカリバーⅢ改〉の攻撃に気を取られ、下段からの攻撃には反応が遅れるはずだ。


 しかし――

 その一撃は硬い感触によって阻まれた。


 〈ドラゴンハート〉はベルフェゴールの黒く輝く金属鎧の隙間に食い込んでいる。にもかかわらずいくら力を入れようとも刃は硬い何かに阻まれ、それ以上斬り払うことができない。


 慎一郎の不審な顔を読み取ったのだろうか、ベルフェゴールは首を傾けその長い金色の髪をどけて首筋をみせた。


「この新しい身体はなかなかに便利だな。さすがは地球で最強の種族と言われるだけのことはある」

 首筋は一部が銀色の鱗が張り付いていた。それは先ほど城の外で見たドラゴンとしての姿を取り戻したメリュジーヌの鱗に、大きさこそ違えどそっくりである。


 ベルフェゴールの肉体は生徒会室から盗まれたメリュジーヌの竜石と地下の聖域で奪われたミズチの竜石からできている。あれは紛れもなくメリュジーヌの鱗なのだ。

 ぎり、と慎一郎は奥歯を噛みしめた。メリュジーヌが取り戻したくても取り戻せなかった自分の身体をこいつは勝手に使っている。そう思うとさらに怒りがこみ上げてきた。


 マントの内側に収納されていた〈エクスカリバーⅢ改〉をさらに八本取りだした。これで二十四本。今の慎一郎に扱うことができる最大の数だ。


「ほう……さらに数を増やしたか。それでどうする?」

「こうだ!」


 慎一郎がベルフェゴールに向かって掛ける。それに先行するように二十四本の〈エクスカリバーⅢ改〉が複雑な軌道を描いてベルフェゴールの元へと殺到した。

 左右から、前後からそして上下から襲いかかる〈エクスカリバーⅢ改〉に対し、あるものは最小限の動きで躱し、また別のものは手に持った長大な剣や竜の鱗に覆われた左手の甲で打ち払う。

 そうしながら爆発的な機動力で一気に慎一郎との距離を詰める。


 上段からのベルフェゴールの攻撃に対し、慎一郎は〈ドラゴンハート〉でそれを受け止めた。

「どうした、その程度か?」


 つばぜり合いをしている間にもやってくる〈エクスカリバーⅢ改〉に対し、ベルフェゴールはそれを最小限の動きで捌いている。いくつかの攻撃は魔帝の鱗に覆われていない皮膚を切るが、全て薄皮を切った程度に過ぎない。

 ベルフェゴールは接近してしまえば慎一郎は自滅を恐れ、〈エクスカリバーⅢ改〉による攻撃が浅くなることを見抜いていた。


 魔のみかどを名乗るだけあって、そのスピードもパワーも慎一郎の想像を遥かに超えていた。加えて常に冷静な戦況分析。慎一郎の心に焦りが見え隠れしてきた。

 ベルフェゴールはそれを見破ったかのようにさらに距離を詰めてくる。〈ドラゴンハート〉が押し込まれ、その刃が慎一郎の鼻先をかすめるほどだ。


 と、次の瞬間、不意にその力が弱められた。思わず前のめりの体勢になる慎一郎。それを見逃すベルフェゴールではなかった。


「ぐはっ!」

 慎一郎の腹に重い衝撃が走った。ベルフェゴールは右手で慎一郎とのつばぜり合いを演じながら、左手の拳で慎一郎の腹に強烈なパンチを見舞ったのだ。

 こみ上げてくる感触とともに一瞬薄れる意識。それを引き戻したのは彼自身の精神力などではなく、二撃目の衝撃だった。


「がぁっ……!」

 鈍い音とともに慎一郎の左腕から鈍い音がして、同時に吹き飛ばされる。石造りの壁にめり込むようにして慎一郎の身体はようやくその勢いを止めた。


「がはっ……げほっ……」

 咳き込む慎一郎の口から血が吐き出された。左腕の骨も砕かれて動かなくなっている。


 慎一郎は不可視の腕を伸ばして鞄から魔導書と魔導ペンを取り出してバッチスペルを起動させた。

「…………癒しの力よ」

 そこに書かれていた回復魔法が連続で起動して慎一郎の身体を癒やしていく。まだ痛みは残っているものの、すぐに身体と腕の両方が動くようになった。


「ほう……面白い魔術だ」

 追撃すればとどめを刺せたものを、ベルフェゴールは先ほどの位置から一歩も動いてはいない。強者の余裕だった。


「『竜のうろこ』があってもこれか……」

 慎一郎が身体を半ばめり込ませた壁から身体を出しながらつぶやいた。

 校庭でのヴァースキ戦でも使用した直接攻撃によるダメージを九割減させる『竜のうろこ』の改良版を慎一郎は装備していた。前のものと違って何回か使用できるという点で強化されているが、それでも九割しかダメージを軽減されないので一定のダメージは慎一郎の身体に直接響いてくる。


 壁から出てきて剣を構える慎一郎の姿を見てベルフェゴールは目を細めた。

「ほう……。これでもなお挫けぬか。敵にしておくには惜しいな。だが――」


 ベルフェゴールが一気に間合いを詰めて慎一郎の目の前に現れる。慎一郎は反応ができない。

 そのままベルフェゴールは全身のバネを生かした回し蹴りを慎一郎に食らわせる。頭部にヒットしたその勢いで慎一郎は再び大きく弾き飛ばされ、強制的に玉座の前まで戻される形となった。


「ぐっ……」

 ふらふらと立ち上げる慎一郎。ベルフェゴールは冷ややかな目つきでそれを見る。


「今ので三回」

「……何?」

 ベルフェゴールは指を三本立てた。指の立て方は地球人と同じなのだなと場違いなことを思った。


「先の二度の攻撃と今の回し蹴り。これらの攻撃が剣によるものだった場合、貴様はすでに三回死んでいる」

 そのことに今更ながらに気がついた――敵に指摘されるまで気がつかなかったことに愕然とした。


「遊びは終わりだ。安心しろ、殺しはせぬ。貴様の存在は竜王メリュジーヌとの交渉に使える」

 ベルフェゴールがゆっくりと歩いてくる。その周りに〈エクスカリバーⅢ改〉が集まり散発的な攻撃を行うが、そのどれもがいとも簡単にはじき返されてしまう。


 ベルフェゴールが慎一郎の目の前に立った。その長大な剣を振り上げるが、慎一郎は蛇に睨まれた蛙のように動くことができない。

 剣が振り下ろされる。同時に左の脇腹に鈍い衝撃。数メートル吹き飛ばされる。


 殺さないと言ったのはどうやら本当のようだ。ベルフェゴールは剣の両刃でなく、身の部分を当てたために慎一郎にダメージはない。しかしそれは肉体にダメージがないというだけで、精神にダメージがないというわけではない。


 弾き飛ばされ尻餅をついた慎一郎の方にゆっくりと歩いてくるベルフェゴール。再び振りかぶる。

「くっ……!」

 慌てて周囲に浮かぶ〈エクスカリバーⅢ改〉をかき集めてベルフェゴールの前に壁をつくる。


 魔帝はそれを全く気にすることはなく、無造作に剣を振った。

 一瞬にして二十四本の〈エクスカリバーⅢ改〉がばらばらになって吹き飛ぶ。〈エクスカリバーⅢ改〉で作られた壁はゴムでできた網のように弾力性を持ってすぐに壁の形を復元させる。


 ベルフェゴールはそれも構わずに斬り払う。再び壁を形成する〈エクスカリバーⅢ改〉。

 その繰り返しだが、ベルフェゴールの歩みを止めることはできない。慎一郎はなんとか立ち上がり、一歩、二歩後ずさって少しでも敵との距離を取ろうとした。


「手が足りない! メリュジーヌ、援護を!」

 言ってから気がついた。メリュジーヌは今ここにはいないということを。


 ベルフェゴールの前に〈エクスカリバーⅢ改〉を集めて壁を作る。しかしそのたびに斬り払われてその壁はばらばらに分解されてしまう。一歩歩くごとに壁を形成し、一歩歩くごとに壁は破壊される。追い立てられるように慎一郎は下がっていく。


 しかし、玉座の間とて無限の広さを持っているわけではない。後ろに下がる慎一郎の背に何かが触れた。

「あっ……」


 慎一郎の交代を阻んだそれは石造りの壁、玉座の間の壁だった。慎一郎は自ら追い込まれる形になったのだ。


 軽い金属の音を鳴らして〈エクスカリバーⅢ改〉で編んだ壁がまた壊される。そしてベルフェゴールはずいとまた一歩前に出る。慎一郎は壁に阻まれこれ以上後退することはできない。ベルフェゴールは目と鼻の先におり、慎一郎は魔帝との間に壁を作ることができない。


「終わりだな」

 ベルフェゴールが剣を振りかぶった。反射的に慎一郎は目を瞑った。

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