射手ふたり2

「私、ここに残って皆さんの援護をしたいと思います」

 仲間たちにそう言ってひとり異星の地表に残った楓。心細い気持ちがなかったわけではないが、それでも仲間たちのためにできることを最大限やろうと決断した結果であった。


「一の矢、『一騎当千』」

 仲間たちから数キロ離れた崖の上に一人立ち、前方に向けて矢を放つ。鈍い光を放つ魔法の矢は楓が狙ったとおりの弧を描いて仲間たちの前方からやってくる敵集団の中に落ちて次々と爆発の光を放っていた。


「よし。次」

 楓は手応えを感じながらも淡々と矢を射っていた。


 やがて前方の慎一郎達が接敵したのであろう、魔法のものとおぼしき閃光と少し遅れて怒声がここまで聞こえてきた。時折、何かが砕けるような激しい音もしたが、音が聞こえるということは敵に囲まれながらも仲間たちは戦っていることだと信じて仲間を巻き込まないように援護に徹した。


 途中、慎一郎からの〈念話〉が入り、彼の指示する敵を狙撃したりもした。離れていはいるが声は常に聞こえていたし、頼りにされていることも十分わかっていた。

 彼らが途中に置いてきた〈念話〉の中継器はうまく動いているようだ。


『いでよ、メリュジーヌ!!』

 〈念話〉越しの慎一郎の声とともに前方がまばゆく光るとその直後、山のように大きくて白い、しかし神々しいドラゴンが敵軍勢の真ん中に出現した。


「あれが……メリュジーヌさん……」

 戦いの最中であるということも忘れてしばし見入ってしまった。あまりに美しくて神々しいその姿。まさしく伝説に残る〈竜王〉の名にふさわしい。


 やがてメリュジーヌは敵に対して攻撃を始めた。優美な城のような出で立ちからは想像もできないその激しい熱線によって周囲の敵は文字通り消滅していく。


 楓の役割もここで終わりかと思ったが、そうでもなかった。

 メリュジーヌの攻撃は強力だが、強力故に痒いところに手が届かない。今も進撃を続ける慎一郎達〈竜王部〉の近くにまで迫った敵に対しては攻撃できないのだ。


 そういう敵こそ楓の出番だ。〈竜王部〉に十分近く、かつ慎一郎達の手が回らない敵や遠距離攻撃を主体にしている敵を探し出して数キロ先から狙撃した。


『ありがとう、今井さん』

 思い人からの感謝の声が聞こえるたびに楓の胸は高鳴るのであった。


 やがてメリュジーヌは現れた巨大なモンスターと戦闘状態に入り、慎一郎たちは目的地である敵の城へ到達した。こよりは城の前にできた地割れに落ちたらしいが、無事であることがわかっている。


 その直後である。

 念のために索敵の魔法を展開していたのが功を奏した。半径一キロほどの範囲内に入る動く物体を自動で検知してくれる魔法だ。


「なにかくる……速い!」

 それまでの数時間、なんの反応もなかった索敵魔法が突然反応を示したかと思うと、猛スピードでこちらに接近してくるのが見えた。

 直後、楓の髪をかするように何かが飛び去っていくのを感じた。


 それが矢であることにしばらくは気づかなかった。


 敵襲。慌てて弓を構えようとするが、索敵魔法が再び警告を出してきた。

 咄嗟に半身になったのが功を奏した。楓の目の前を空気を引き裂いて飛んでいく矢が一瞬見えた。


「遠距離からの狙撃……!?」

 そう判断した楓はすぐさま足元に纏めていた荷物と愛弓を持ち、その場から走り出した。




「はぁ、はぁ、はぁ……」


 楓は走る。

 敵の狙撃は恐ろしいほどだった。最初に一発を外したのは、まさに最初の一発だったからだろうし、二発目を避けられたのは僥倖以外の何物でもない。


 しかし楓は自身の経験から動き回る目標に対しての命中率が低いということは知っていた。だから即座に走り始めた。


 相手は索敵魔法の外側から攻撃しているに違いない。そうすると一キロ以上先からの狙撃になる。どんな弓の名手であろうと、矢を射てから命中するまでに何秒かのタイムラグがある。

 そう考えた楓は走っている途中で敢えて足を止めた。


 空気を切り裂く音とともに地面が砕けた。

 ただし、楓が立ち止まった数メートル先に。


「やっぱり……相手は私みたいに矢の弾道を後から変えることばできないようですね」

 通常、放たれた矢は放物線を描いてまっすぐ目標に向けて飛翔する。だから動く相手に対してはその未来位置を予測して射なければならない。


 楓は巽より受け継いだ『快刀乱麻』の矢によりある程度自由にその軌道をあとから変えることはできる。それは魔法の矢を用いているからだ。

 しかし今目の前に刺さったのは実体を持つ矢だ。この軌道を曲げることは容易ではない。


 楓は再び走り始めた。一カ所に留まり続けるのも危険だからだ。

 予想通り、走り始めた直後に楓が今まで経っていた場所に矢が刺さった。




 しかし、敵の腕は楓の想像をはるかに上回るものであった。

 何度も至近弾があり、そのうちの一発は袴を切り裂き太股をかすった。

 応急処置としてリボンで縛ったが、今もそこがじんじんと脈打ち熱を持ってダメージをアピールしている。


 今また楓の耳のすぐ側を矢がかすめた。ひゅんという音がすぐ側で大きく聞こえたとき、楓はすくみ上がりそうになった。

 今、楓は数百メートル向こうにある小高い丘向けて走っていた。先ほどの岩とは異なり、容易には砕かれないであろうという目論見である。丘の陰に身を隠し、打開策を練ろうと考えた。


「あっ……!」

 負傷している左足を治療しないまま走っていたせいであろう。引きずっていた左足が地面の出っ張りに足を取られて楓は転倒してしまった。

 直後に頭上を矢がかすめた。楓は背筋が縮こまる思いをした。走りながらでは索敵魔法の精度は大幅に落ちる。もはや敵の攻撃を知らせてくれる役には立たなかった。


 逆に相手の精度は間違いなく高くなっている。

 もはやなりふり構っている場合ではない。楓は素早く落としてしまった荷物と弓を拾い上げると、全速力で走り始めた。


「風よ!」

 楓は〈副脳〉に命じて風魔法を唱えさせる。瞬間、彼女の背後に風が巻き起こり、その勢いで速度が上がる。

 これには敵も驚いたのか、その後の数回の攻撃は命中しなかった。

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