射手ふたり

射手ふたり1

                       聖歴2026年5月17日(木)


「はぁ、はぁ、はぁ……」

 楓は走る。弓道の袴は裂け、身体が重い。頭がぼぅとして目がかすむが、ここで立ち止まるわけにはいかない。


 目の前に見えるほんの小さな岩。楓がうずくまった姿勢になったよりも一回りほど大きいだけのその岩まで駆け込めば……。それだけを考えてできる限り足を速く動かす。


「はぁ、はぁ、はぁは、はぁ……」

 滑り込むように岩陰に入った。ようやく人心地つけると気が緩んだのか、途端に左足が痛みを訴える。


 見ると、袴の左足が裂けて白い太股が露わになっている。そこを走る一本の赤い線。傷口からは粘っこい血が流れ出している。

 傷薬や回復薬のたぐいは持っているが、今はまだそれを使うときではないと判断した。回復魔法も使えるが、とてもそんな時間的余裕はない。


 楓は長い髪を後ろに纏めていたリボンをほどいた。弓を射るときは邪魔にならないようにしていた黒くて美しい髪が流れる。リボンを傷口の少し上できつく縛った。

 ズキズキと脈打っていた傷口付近の痛みが少し和らいだような気がした。

 弦を弾く右手の手のひらを握って開いた。大丈夫。まだ戦える。


 そう思ったときだった。楓の“センサー”が侵入者を感知したかと思うと、次の瞬間彼女が身を隠していた岩が粉々に砕け散った。


「…………っ!」

 砕けた岩が容赦なく楓の身体を打つ。楓は咄嗟にその場を離れようと腰を浮かせたが、嫌な予感がして敢えてその場に留まった。


 果たして、その予感は的中した。


 楓が体勢を低くして待機しているその場所から五メートルと離れていないところに屋が雨あられと降ってきたのである。岩が砕かれたことに驚いて一歩でも踏み出していたら無数の屋に串刺しにされていた。

 逆に、砕かれた岩のあたりには一本の矢も降っててこなかった。


 予感が的中したものの、楓の顔は青ざめ、心臓は高鳴っている。渇いた喉を少しでも潤そうとつばを飲み込もうとしたが、口の中はカラカラでどうにもできなかった。

 しかし呆けてなどいられない。楓は少し待って追撃がないことを確認すると足早にその場を離れた。


 直後、楓が直前にいた場所を敵の攻撃が命中して大きく抉ったが、それに反応している余裕は楓にはなかった。

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