地下闘技場での戦い4

 地下闘技場での戦いはなおも続いた。


 巨大なスライムのような敵は氷の魔法で凍らせてからゴーレムのパンチで砕いた。

 無数のアリのような極小の敵に襲われたときは雨の魔法を使って全て洗い流した。

 不定形のガスの敵は少し手こずったけど、風の魔法で蹴散らしたらその後元に戻らなかった。

 そして今は――


「も~っ! 六十分一本勝負って言ったじゃないの!」

 ゴーレムに抱かれるような形のこよりが叫ぶが、そんなことで敵は攻撃の手を緩めてはくれない。


 今彼女と戦っているのは巨大な大蛇のモンスターだ。ただの大蛇ではない。表面がヌルヌル光る金属のような鱗で覆われており、直接攻撃も魔法も効果がないという厄介な敵だ。

 しかも蛇は今、ゴーレムの身体に巻き付いており、ゴーレム自慢の四本の腕が完全に封じられてしまっている。

 力任せに振りほどこうとしても全く緩む気配がない。とんだ怪力だ。


 今も大蛇によって締め付けられているゴーレムの全身はミシミシと音がしていて、〈副脳〉たちが全力で修復を行っている。

 しかしこんな状況であっても、こよりは常に相手の隙を伺っていた。今までそうだったのだ。何か手はあるはずだと。


「あれ……?」

 それに気がついたのは、蛇がゴーレムに絡みついてその姿をよく見ることができなかったからだ。敵に注目せず、あたりに注意がそれたからだ。


「なんか……空席が目立たない?」

 闘技場の壁の上で「殺せ!」などと今も大歓声を送っている観客たちの間に空席が目立ち始めていることに気がついた。ここに来たときは間違いなく蟻の抜け出す間もないほどの超満員だった。


「もしかして、あの観客がモンスターになって襲ってきてる?」

 こよりを最悪の予感が駆け抜ける。もしかすると、この観客全員倒すまで外に出られないではないのか。


「何が六十分一本勝負よ。とんだペテン師だわ」

 そこではたと気がついた。六十分はともかく――地球の六十分と〈ネメシス〉の六十分は違うのかもしれない――一本勝負とはどういうことだろうか?


「最初に何か言ってたような気がするんだけどなぁ」

 締め付けられながらもこよりは必死にここに入ってきたときのことを思い出そうとした。

「えーっとあの時確か……」




『これより異星の侵略者と、わが〈ネメシス〉が誇る最強の魔物使い、ゴエティアの六十分一本勝負の開催です!』




「そう! 魔物使い!」

 魔物使いとやらがまだ姿を現していないことに気がついた。


 もしかするとこれから出てくるのか、とも一瞬思ったが、『魔物使い』という名からそれは違うと推測した。『魔物』はすでにこれまで多く出てきたからだ。


 魔物使いは必ずどこかでこの戦いを見ている。それは確信だった。

 ではどこに――?


 こよりは必死で見渡した。同時に、頭を巡らせてどこに隠れるのが最も見つかりにくいかを考える。

 そのとき――


『敵のゴーレムはわが精鋭の強烈な締め付けになすすべもない! さすがにこれは決まったか――――っ!?』

 大歓声の中でそのアナウンスははっきりと聞こえた。


「アナウンス……?」

 こよりは声の主の方を見た。アナウンスの主は観客席の最前列に用意されている舞台で今も魔術マイク片手に好き勝手なことを言って観客を煽っている。


「レムちゃん!」

 こよりが命じると、ゴーレムはいつものように「も”」と気のない返事をして下半身に力を込めた。上半身は締め付けられて身動きすら取ることもできないが、幸い、足は完全にフリーだ。


「いっけ――――――――!」


 ぐぐ、と両足を曲げて力を貯めた岩の巨人は、次の瞬間前方へ大きく跳躍した。その巨体からは信じられないほどのスピードで跳び、轟音を上げて観客席に突っ込んだ。周りの観客たちが慌ててその場から離れようとパニック状態になる。


 やがてゴーレムが観客席に突っ込んだときに生じた煙がおさまると、ゴーレムが観客席に大きくめり込んで止まっているのが見えた。その周囲は無残に崩れ去っており、激突に巻き込まれた者はただでは済まないことが容易に想像される。


 観客は完全に周囲からいなくなり、舞い上がる煙と散らばる闘技場の破片しか動くものがなかったその場所で、ゴーレムが小さく震えだした。

 やがてゴーレムの上体は反らすように上へと動き始める。自らの意思――こよりの命令でそうしているのではない。下から持ち上げられているのだ。


「くっ……!」

 危険を察したこよりがすぐさまゴーレムに命じてゴーレムをその場から待避させた。


 ゴーレムが激突したその中心部、観客席にしつらえられていた舞台は破壊され尽くした周囲とは対照的に無傷であった。


 舞台の上に立つアナウンスの男が不気味に笑う。その周囲ではおそらく男を守ったと思われるモンスターたちの死体が光となって消えていった。ゴーレムの周りに取り付いていた大蛇も観客席に突っ込んだ際に絶命したのか、同じように光の粒となって消えていた。


『酷いなぁ。せっかく手懐けた魔物達が全部逃げちゃったじゃないか』

 男は手に持っていた魔術マイクを手のひらの中でくるりと百八十度回転させる。マイクについていたコードがまるで鞭のようにしなった。


 否――『ような』ではなく、鞭そのものであった。


 男は鞭を無傷の舞台に叩きつけると、その場所はいとも簡単に砕かれ、亀裂が入る。


『これは君のことを躾けて僕の魔物にしないとね!』

 俯いていた男が顔を上げると、その顔は嗜虐に対する喜びに満ちていた。

『この魔帝四天王がひとり、魔物使いデモンネンシャームのゴエティアがね!』


 ゴエティアが鞭を振りかぶって振り下ろした。〈ネメシス〉の男からこよりのゴーレムまでは十数メートルも離れているが、振るうと同時に鞭が瞬時に伸び、ゴーレムを激しく打った。


「遠距離攻撃タイプ……? なら……!」

 こよりは自由になったゴーレムに命じ、舞台上にいる敵に向かって走らせた。四本の腕を胸に当てて術者であるこより自身を守ることを忘れない。


「いやぁぁぁぁぁ!」

 ゴーレムが突進してくる間にも鞭はゴーレムの身体を打つが、こより自身がダメージを受けることはない。

 そのまま観客席に飛び込み、一気に相手を倒す。もうゴエティアを守るモンスターはいない。この一撃で決めるつもりだった。


 しかしその時、思いも寄らぬ事が起こった。

 大地を蹴る力強いゴーレムの足音がふっと消えたかと思うと、こよりはそのまま地面に転がり落ちた。


 ゴーレムが転んだのかと思ったが、そうではなかった。

 こよりがゴーレムの足を見ると、そこには何もなかった。

 のだ。


『ははっ、やったやった! なんだ、意外と脆いんだね!』

 舞台上のゴエティアが挑発するように見下ろしている。


 ゴエティアが追撃とばかりに鞭を振るったとき、こよりは咄嗟の判断でゴーレムの運用をやめ、その素材を再構築、鞭を防ぐための壁を構築した。

 瞬時に厚さ十センチ、高さ一メートルほどの壁ができあがり、こよりは伏せてその壁の後ろに潜り込んだ。


 しかしその超硬ミスリル混じりの岩でできた壁はいともあっさりと、バターをナイフで切るかのように破られた。


「ぐうっ……!」

 こよりの背中に焼けるような痛みが走る。

 壁を見ると、超硬ミスリルでできているはずの壁は切り口も滑らかに上半分がきれいになくなっていた。辺りを見ると、少し離れた所に切り取られた壁の上部が転がっていた。


 ゴエティアが舞台上で鞭を振りかぶるのが見えた。こよりは急いで立ち上がり、その場を離れる。

 ゴエティアの鞭は、こよりが走るすぐ脇を打ち、闘技場の地面を穿った。鞭が当たったところがきれいにえぐり取られて深い亀裂となった。

 そのあまりの威力に背筋が寒くなるが、足を止めるわけにはいかない。


 こよりはふらつく足を叱咤して、ただ気力だけで走った。

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