地下闘技場での戦い3

「もしかして……新手!」

 目の前まで迫っていた敵に対し、こよりはゴーレムをステップで下がらせ距離を取った。


 幸いにも、敵はそれを追いかけてくるようなことはしなかった。


「巨人……?」

 それはこよりのゴーレムよりも頭一つ分ほど大きな人型のモンスターだった。地球の巨人族とは異なり、その姿形から知性を感じない。なにより、全身を茶色い毛で覆われているのが特徴と言えた。


 巨人はうなり声を上げながらゴーレムにつかみかかろうと手を伸ばした。こよりはそれを嫌がり、ゴーレムに指示を出してこれを振り払おうともみ合いになる。

 やがて、お互いが両手をつかみ合う形になってしまった。力比べだ。


「ぐっ……ぐぐぐぐぐぐぐ……」

 顔に魔力線を生じさせながらこよりがゴーレムに魔力を供給するとゴーレムがぐっと力を込めて巨人をつかむ。


 しかし、相手もかなりの怪力だ。しかも身長は相手のほうが大きいので上から押さえつけられる形になる。力比べでは明らかに不利だった。


 ゴーレムの腕からミチミチと嫌な音がしている。敵の怪力により、ゴーレムの腕に限界が近づいているのだ。

 ゴーレムは地球から持ち込んだ超硬ミスリルでできているが、それだけでこの巨体を作ることができないので、この〈ネメシス〉で採取した岩石も一部用いている。外からの衝撃にはそれで十分だが、このように断続的に力を込められる攻撃にはそれほど強くない。


「なら、これはどう?」

 こよりはちょうどゴーレムと巨人が組み合う真ん中付近に埋め込まれた形であるが、その至近距離からおもむろに手を伸ばして、叫んだ。


「炎よ!」

 こよりの手から火の玉がほとばしって巨人の顔を焼いた。自分自身はゴーレムに編み込まれている対魔法マントが魔法の熱から守ってくれた。


 巨人は苦悶の叫び声を上げるもののそれほど効いていないようで、ゴーレムにかける力は些かも弱まっていない。


「それなら、こっちは?」

 こよりは「雷よ!」と叫ぶと巨人の全身に電流が流れる。先ほどと同じように巨人が苦しげに声を漏らすがやはりそれほどダメージを与えた印象はない。

「氷よ!」「風よ!」「聖なる光よ!」「土くれよ!」

 こよりは属性を変えて次々攻撃魔法を放ったが、結果は同じであった。


『敵は次々効きもしない魔法を放っております! これはマヌケだー!』

 アナウンスに観客がどっと笑う。


 しかしこれで見当はついた。この巨人に攻撃魔法のたぐいは効かない。

 ならばどうするか。


 幸いにも戦いの最中であるが、制御を〈副脳〉に任せ、もうひとつの〈副脳〉にはゴーレムの随時補修を行わせていれば考える余裕はあった。


 窒息させてやろうと口の中に水を呼び出してやったが、おそるべきことに巨人はそれらを飲み干してしまった。目を狙って攻撃しても恐ろしいほどの反射速度で鉄のように硬い瞼に遮られてしまう。

 八方手詰まりのように思われた。


「よく考えなさい、錬金術師。きっと手はあるはずよ……」

 顎に手を当てて考える。


「錬金術師……? そうだ!」

 こよりは〈副脳〉にゴーレムの制御と修復を任せ、呪文を唱え始めた。


『おっとぉ~! 性懲りもなく呪文を唱えたぞ! 諦めが悪いのか、理解が悪いのか、これはどっちだぁ~!?』

 相変わらずの場内アナウンスだが、もはや心乱されることはない。呪文を唱えながら、ゴーレムの各所に配置した魔法陣に指令を出す。


 呪文が完成に近づくにつれ、その効果が徐々に現れだしてくる。ゴーレムの肩の部分が少しずつ盛り上がりを見せて、更に伸張を始める。はじめはゴーレムの肩に現れたのようなものであったが、今は棒のように伸びていく。


 やがてそれは途中で折れ曲がり、前方へと伸びる。その先端部分は丸く成形され、敵に効率よくダメージを与えられるように成長する。


 呪文が完成する頃、新しくできたそれはゴーレムの新しい腕となっていた。


「やれーっ、レムちゃん!」

「も”」


 いつもの気のない返事をしたゴーレムが巨人四つに組んだまま新しくできた腕を大きく振りかぶり、巨人の顔に力任せに振り下ろす。

 殴られた衝撃に巨人は吹き飛ばされそうになるが、巨人を掴んでいるゴーレムの腕がぐいと巨人を引き寄せて巨人に与えられるダメージを最大限生かす。


 続いて反対側の腕が巨人を力いっぱい殴る。

 ゴーレムの腕は殴るたびに砕け散るが、その瞬間砕けた破片がまるで時間を巻き戻すかのように元の位置に戻って再生する。


 右、左、右、左、右、左、右、左。繰り返し浴びせられるパンチに巨人はなすすべもなくただ攻撃を食らっているのみ。最初は苦しそうな声を上げていたが、やがてその声も小さくなり、完全に消えた。


「とどめ!」

 ぐったりした巨人にゴーレムが両手を大きく振り上げて、頭上から振り下ろす。

 ボガーンという激しい音ともに巨人は地面に叩きつけられ、少ししてその身体は光の粒に変換されて消えた。

 巨人が叩きつけられた跡だけが地面にクレーターとして残っていた。


「よしっ!」

「も”も”~っ!」

 揃ってガッツポーズをするこよりとゴーレムの声だけが静まりかえる地下闘技場に響き渡った。

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