地下闘技場での戦い2

 慎一郎ほどではないが、こよりもある程度は敵の気配を掴むことができる。

 それはおそらく、相手の息づかいであったり、風の流れであったり、魔力の鼓動であったりするわけだが、この衆人環視の中で見えない相手に対して気配を探れというのも難しい話であった。


「でも、そうも言ってられないわね!」

 こよりは気合いを入れ直して内から闘志を引き出す。そのままゴーレムに命じて重くて強烈な一撃をヒョウのいる場所へと繰り出す。


 しかし、全く手応えがない。

 そればかりか、素早く縦横無尽に暴れ回るヒョウたちはゴーレムの各所に取り付いては超硬ミスリル製のボディに所構わず噛みついてくる。


「このっ、このっ!」

 たまらずゴーレムが腕を振り回すが、それをあざ笑うかのようにヒョウは軽々その攻撃を躱してまるでダメージを与えられない。

 ダメージを与えられないのは相手も同じだったが、それは敵がゴーレムを狙っているからであって、そのコアともいえるこよりに攻撃が及んでしまえばただでは済まない。


「まずいわね……」

 先ほどの象を一撃で倒したこよりだったが、このヒョウにはずいぶん手こずっていた。

 その最大の要因はやはり姿が見えないことにある。


 よく目をこらせば背景がぼやけるからなんとなく場所がわかるのだが、相手はとても素早い上に何匹もいるようだ。動きが鈍いゴーレムとは最悪の相性と言ってもいい。


「う~ん。鈍いか一匹か、せめてどっちかだったらなぁ」

 ゴーレムに攻撃の命令を下しながら、自分は必死で目を凝らして周囲にいるはずの敵の姿を追う。そして次の攻撃命令を出すのだが、その時にはもうそこにヒョウはいなくなっている。


「あーもう!」

 見えない敵との戦いに、こよりも次第に焦らされてきたのだろう。攻撃が大ぶりになり、胸部に格納されている自分自身の防御も疎かになっていた。

 そこを敵の一体が見逃さなかった。気がついたときには背景のゆがみが目の前に迫っていたのだ。


「きゃっ!」

『おおっとーっ! ここでついにクリーンヒット! ついに決着か!?』

 こよりの頭を狙ってかぶりついたヒョウの狙いがそれて彼女の腕に噛みついた。無意識のうちに左手で頭を庇ったのが幸いした。庇わなければ頭をかじられて終わっていたかもしれない。


「ぐっ……!」

 それでも激しい痛みが左腕に走る。

 こよりはそれを堪えながら、ゴーレムに必死に命じ、場所が確定した一匹に強烈な一撃を食らわせる。


 ヒョウは甲高い声を上げて横にすっ飛んでいき、そのまま動かなくなった。それがわかったのは、口から血を流してその輪郭を青く染めたからだ。


「あいたたた……」

 ゴーレムに防御寄りの攻撃を命じながら、自分の腕に回復魔法をかける。〈副脳〉を一つ増やしたおかげでこんな芸当をできるようにもなっていた。


「もう、何匹いるのよ!」

 敵の数もわからない。一瞬、先ほどみたいに自分を囮にして一匹ずつ誘い出してやろうかと思ったが、とても自分が保ちそうにないからやめた。


「斉彬くんと約束したもんね、生き抜くって……」

 しかしそのためには今この危機を乗り越えなければならない。仲間に助けを求めようにも、ここに来たときから〈念話〉に誰の反応もない。独りで切り抜けねばならないのだ。

 冷静に辺りを見渡そうと意識するものの、意識すればするほど逆に焦ってしまって視野狭窄に陥っているような気がする。


 そんなとき、ゴーレムが突然何かに足を取られて転倒しそうになった。

『おおっと、敵のゴーレムが足を取られたぞ! これはチャンスか!?』


「と、とと……」

 危うくゴーレムを制御して転倒こそ免れたものの、ここぞとばかりに敵は一斉に襲いかかってきて、防戦一方となる。


『さあ、狩りの時間だ! このまま一気に決めるかーっ!?』

 アナウンスが鬱陶しい。ここは敵本地のまっただ中だから当然といえば当然なのだけど。


「…………あれ?」

 ふと、先ほどゴーレムが足を取られたところが目に入った。そこにはゴーレムの足跡が残っていた。


 こよりは違和感を覚えた。どうやらこの地下闘技場の地面はかなり固く踏み固められているらしく、他の場所ではゴーレムの足跡は一切できていない。

 よく見てみると、それは足跡ではなく、ヒョウの死体であった。偶然、ゴーレムが足元を走り回っていたヒョウを踏み潰してその周りの地面が歪んで見えただけだった。


 ヒョウの死体は先ほどの象の死体と同じように光の粒に変換されて消えていった。

 これで都合二匹倒したことになるが、いずれも偶然のたまものに過ぎない。一方で二体を倒されたはずの敵の攻撃は一向に緩む気配はない。


「一匹目はわたしに攻撃しようとして動きを止めたところを攻撃して倒した。二匹目は偶然踏んづけた。うーん」

 今まで倒した敵のことを思い返してみた。そこで気がついた。

「あっ!」


 再び〈副脳〉にゴーレムの制御を任せ、こよりは呪文の詠唱を始めた。生憎とその魔法は普段から使うようなものではないので、〈副脳〉にインストールされていないのだ。


『おーっと、何やら呪文を唱え始めたぞ! 敵が見えないのに、やぶれかぶれになったか!? 我らの猛攻に、もはや打つ手なしなのかー!?』

 好き放題言ってくれる。こよりは憤りを覚えながらもそれを無視して呪文を唱える。


 それほど複雑な魔法ではないので、呪文はすぐに完成した。

 こよりは両手を石造りのドーム型天井にかざして叫んだ。

「煙よ!」


 こよりの周囲から煙幕が現れた。敵の攻撃から身をくらませたり、撤退するときに使われる魔法で、自衛隊ではよく使われる。彼女は研究職ではあったが、これくらいの魔法は習得していた。


 黒に近いグレーの煙がゴーレムを中心とする半径十メートルほどの範囲に固まっている。用途が用途なので、普段は視認性が非常に悪いのだが、今回は少しアレンジして四メートルほどの視野を確保している。ぎりぎりゴーレムの足元が見える距離だ。


『煙幕を張ったぞ! これで逃げるつもりなのか? なんてバカな敵なんだー!』

 アナウンスが煽り、観客もヒートアップするが、こよりは逆に落ち着き冷静さを増していた。じっとその時を待つ。


 それは待つほどもないほどすぐに訪れた。

 煙幕をかき分けるように敵が飛びかかってくる。

 こよりはすかさずそちらに手を向けて叫んだ。

「氷の刃よ!」


 こよりの左手から彼女の腕よりも太い氷柱つららが高速で飛び出した。

 氷柱はまっすぐ敵に向けて飛翔し、煙をかき分け飛びかかってくるヒョウに出会い頭に命中した。

 奇妙な甲高い声を上げて煙幕の向こうに吹き飛ばされるヒョウ。

 ヒョウを倒せたかどうかはわからなかったが、とりあえず効果はありそうだった。


「氷の刃よ!」「氷の刃よ!」

 次々煙幕の中に突撃してくるヒョウに対して氷の魔法を連射する。この魔法を選んだのは速射性と攻撃力のバランスが取れていたからだが、選択は間違っていないようだ。ヒョウを倒すたびに目に見えて攻撃の頻度が減じてきているのがわかる。


「これで……ラスト!」

 最後の一体と思われるヒョウを氷の魔法で倒した。これで辺りの素早い動きはもうない。


 ――そう思った矢先、目の前の煙幕が大きくかき分けられた。

「……っ! まだいる!? ……氷の刃よ!」

 煙幕が動いた方向に反射的に魔法を放った。


 それは直後に煙幕をかき分け視界に入ってきた巨大な塊に命中すると、跡形もなく砕け散った。

「!!」


 襲いかかる巨大な肉の塊に、こよりは反射的にゴーレムを動かして避ける。敵の攻撃が当たらなかったのは偶然というよりほかにない。


「もしかして……新手!」

 周囲の視野を奪っていた煙幕を解除すると、目と鼻の先に巨大な――ゴーレムよりもふたまわりほど大きな影が見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る