地下闘技場での戦い
地下闘技場での戦い1
聖歴2026年5月17日(木)
「お城の地下施設みたいなものに落ちたみたいだから、このまま進んでみるね」
『わかりました。いざとなれば〈転移〉の魔法で引き上げるので、連絡してください』
「わかったわ。ありがとう」
そう言って〈念話〉を終えた。
城の前にできた地割れに落ちたこよりだったが、咄嗟にゴーレムの下半身をバネ状に変化させることでダメージは最小限に抑えることができた。こより本人は無傷。ゴーレムの下半身は無残にも粉々になってしまったが、すぐに作り直せる。
「さて、と……」
先ほど作りだした〈光球〉の魔法で改めて辺りを見る。
ここは何者かの手で作られた石造りの回廊であることがわかる。体長五メートルになんなんとするゴーレムに取り込まれているこよりから見ても窮屈に感じないのだから、かなり広い回廊だ。
地割れに落ちたこよりはこの回廊の天井をぶち破ってここに着地した格好になる。
「えっと、城はあっちの方角かな」
当たりをつけ、ゴーレムに命じて歩き出した。石の回廊を重々しい音を立ててゴーレムが歩く。敵が襲いかかってくる様子もなければ、トラップも見当たらない。そのまま少し歩いて行くと、やがて前方が行き止まりになった。
「行き止まり……?」
ゴーレムの腕で突き当たりの壁に触れると、ギイというきしむような音がして壁に垂直な光の亀裂が現れた。
いや――それは亀裂ではない。目の前の大きな扉が開き、扉の向こう側の光が漏れ出したのだ。
力を込めて扉を押すと、木造りの扉が重々しく開いていく。
扉が開いた後、意を決して足を一歩踏み入れると、その瞬間、辺りを大歓声が包み込んだ。
地面を円形の石の壁で囲った広い部屋だった。石の壁の上には段々になっている座席があり、そこにはさまざまな姿形の異星生物たちが陣取り、熱狂の最中にある。
先ほどまで城の外で戦っていた異星の軍勢達に姿が似ているが、彼らのように武器鎧を装備しているのではなく、どことなく上品な――そして奇妙な――意匠に身を包んでいた。
魔界の貴族なのだろうか――こよりは思った。そして、この地下闘技場は彼らの娯楽施設であり、自分は見せ物だということを理解した。
「ずいぶんお気楽なものね」
そう思いつつも、遊び半分で地球に攻め込まれてはたまらないとも思った。これでも国を守る公務員のはしくれなのだ。
地下闘技場はなおも熱狂に包まれているが、その声よりも更に大きな声が辺りを支配する。
『皆様、お待たせしました! これより異星の侵略者と、わが〈ネメシス〉が誇る最強の魔物使い、ゴエティアの六十分一本勝負の開催です!』
そのアナウンスに観客たちは更に熱狂する。どうやら、これから戦う相手はゴエティアという名前らしい。
「侵略者とは、言ってくれるわね」
そんなことを考えていると、ふと辺りが暗くなっていたことに気がついた。
「!!」
咄嗟の判断でゴーレムを横飛びさせる。次の瞬間、轟音とともに巨大な質量が空から降ってきた。闘技場全体が大きく揺れるが、観客たちはそれにも大興奮だ。
「なっ……!?」
急いでゴーレムを起き上がらせ、一瞬前まで自分のいたところを見た。
そこには巨大な象のようなモンスターが立ちはだかっていた。ゴーレムに包まれているこよりから見ても見上げるほどの巨体。その口元には鋭い四本の牙が点をつらぬかんばかりにそびえ立っている。全身が黒い体毛に包まれていることからも、象というより巨大なマンモスといえる。
マンモスは奇妙なうなり声を上げながら前足を大きく上げると、そのままこよりを押しつぶすかのように足を振り下ろしてきた。実際、押しつぶすつもりだったのだろう。
マンモスの足がゴーレムに命中するまさにその時が観客たちの熱狂のピークだった。
『おーっとぉ! いきなりぺしゃんこだ! まさか一撃で勝負がついてしまうとはーっ!』
館内放送が煽るが、観客たちの想象していた光景はそこには広がらなかった。
硬い音ともにマンモスの前足が中途半端な高さで止まる。そのまま少しずつ押し返されていく。
「ざーんねん。この子、とっても力持ちなのよね!」
誇らしげな声とともにマンモスの足の下から姿を見せるゴーレム。重量挙げの要領で自重よりも圧倒的に重いマンモスの足を持ち上げる。
ゴーレムを押しつぶそうとするマンモスと、それを押しとどめようとするゴーレムの図式だったものがいつしか逆転していた。
ゴーレムの円い腕の先からはいつしか鋭い指が生え、マンモスの足をがっちり掴んでいた。マンモスはその戒めから逃れようと奇妙なうなり声を上げながらもがくが、マンモスよりはるかに小さなゴーレムにがっちりとつかみ取られていて全く動く様子がない。
気がつけばいつの間にか歓声も当初の熱狂とは言い難いどよめきが広がっていた。
「そりゃあ!」
気合い一閃。ゴーレムがその内に流し込まれた魔力を使い、マンモスを投げ飛ばした。
ドラゴンほどもある巨大なマンモスが宙に浮かび、こよりとは反対側の円形競技場の壁に――一部観客席を巻き込みながら――激突し、そのまま動かなくなった。
『な……なんと……。まさか、破れてしまうとは……』
静まりかえる競技場。しかしそれも一瞬のことで、またあの大歓声が戻ってきた。
「ふう。意外とたいしたことなかったわね」
どういう仕組みかわからないが、光の粒に包まれたマンモスの死体が消えていくのを見ながらつぶやいた。
「さて、ここから出る方法だけど……」
と、辺りを見渡すと、目の端に黒くて素早いものがいくつも飛び跳ねてくるのが見えた。
「くっ……!」
今度のは素早い。この鈍いゴーレムでは間に合わない。
そう判断したこよりは腕で胸部にある自分を守らせる。
ガリッという硬いものが削られるような音が数回するのと同時に、マンモスよりもずいぶん小さい何者かが数体、ゴーレムに取り付いたことを感じた。
ゴーレムがその太い腕を大きく振り回すと、そこに取り付いていた何者かはそれによってか、あるいは自らの意思でか離れていった。
ゴーレムの腕を下ろしてこよりが闘技場の中を見るが、何もない。
いや、うっすらではあるが風景が歪んでいる場所がいくらかある。その形はヒョウとか、ジャガーとか、そういった動物のような形をしている。
「もう、まだいるの~っ!?」
ゴーレムが見えないヒョウに向けてファイティングポーズを取った。
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