暗黒竜ヴァースキ2

「くそっ、甘く見てた……」

 肩で大きく息をしながら徹が毒づいた。


 敵の動きは速くない。パワーはあるが、動きが大きいので見てから十分に避けることができる。敵の攻撃を受けず、自分の攻撃を当て続ける。これで負けないはずがない。徹はそう思っていた。


 しかし、それは相手が人間であればの話だった。


 相手を斬りつけても斬りつけても相手の動きは一向に鈍ることはなく、逆にこちらの体力は消耗するばかり。交代で休憩しようにも、休憩で入ったところが穴となってまともに休憩できなかった。


 菊池の動きは鈍っていた。こよりのゴーレムは産み出す間隔が長くなり、楓の矢は明らかに精彩を欠いている。徹お得意の軽口ももうしばらく口にしていない。


「それでも……やるしかないんだよ!」

 光をまとった剣を振りかぶった。


 しかし、疲労は動きを鈍くし、集中力を削ぐ。そしてこれまでの千回の攻撃で一度も当たらなかった攻撃といえど、それは永遠ではなく、千一回目には当たるかもしれなかった。


 後ろ足の鱗が剥がれている部分を狙って攻撃しようとしたが、その前にヴァースキの脚が大きく上がった。これはこれまでの経験で徹を踏み潰そうとしているとわかった。

 だから少しだけ離れて、足を踏み下ろすタイミングを狙って攻撃を仕掛けようとした。


 しかしここで、


 これまでの激しい攻防でドラゴンと人間たちを支えていた白い石畳はかなりダメージを負っていたのだろう。ヴァースキが足を踏み下ろした瞬間、その場所を中心として広範囲の石畳が砕け散った。


「なっ……!?」

 足を踏み下ろしたタイミングで攻撃しようと駆け出していた徹は足元の崩壊の影響をもろに受けた。

 思わぬ足場の変化に長年鍛え上げてきたバランス感覚も役には立たない。徹は転倒し、さらに運の悪いことに砕けた破片が頭に当たって意識がもうろうとしてしまった。


「うっ、うぅ……」

 ヴァースキの足が再び持ち上げられた。それは徹を踏みつぶさんと狙ったものであったが、徹は起き上がるどころか、それに気づいてすらいない。


「栗山君!」

 徹の窮地に菊池が救いに走ろうとしたが、タイミング悪くヴァースキの頭突きが襲いかかる。菊池はこれを身を逸らして直撃こそ免れたものの、受けたダメージは大きい。


「うぅ……」

 一方の徹はまだ起き上がることができない。


 うっすらと目開けた目は未だ焦点が定まらず、自らの身体を押しつぶそうと上げられた脚は目に映っているのかいないのか、全く反応を示さない。

 そしてついに脚が下ろされた。ドラゴンの巨大な脚はまっすぐに徹へと下ろされる。しかし彼は身もだえするだけでとてもそこから動ける状況にない。


 封印の間の壁に取り付けられているたいまつが作るドラゴンの影が徹を覆った。次にやってくるのは地上で最も重い存在の体重そのものだ。


 しかし、その衝撃はやって来なかった。


「徹! しっかりしろ!」

 治療を終えた慎一郎がぎりぎりのタイミングで通るとヴァースキの間に入り、徹に覆い被さるように中腰になって背中でその超重量を支えていた。その身体がうっすらと光っている。ありったけの強化魔法とマジックアイテムを使って筋力を強化したのだ。


 しかしそれでもドラゴンとの力比べ自体が無茶な話である。慎一郎の身体は徐々に力負けして押されていく。


「ぐ……ぐ……!」

『し、シンイチロウよ……。握りを……。〈ドラゴンハート〉の握りを変えるんじゃ……』


 不可視の腕で慎一郎をアシストするメリュジーヌの言葉により気がついた。慎一郎が今左手に持つ〈ドラゴンハート〉は握りを変えることによって自在にその属性を変えることができる。そしてその属性は彼をアシストするようにドラゴンの脚を支える〈エクスカリバーⅢ〉とも連動しているのだ。


 慎一郎は〈ドラゴンハート〉の握りを変えて手持ちの剣の属性を『重量軽減』にした。

 瞬間、慎一郎にかかる負荷がぐっと減った。

 さすがに押し返すには至らないが、踏みつけようとする力には十分拮抗している。


「栗山!」

 その隙に結希奈が徹をヴァースキの脚の下から引きずり出し、大きな音を立てながらやってきたやけに横広の形をしたゴーレムにその場を託して慎一郎も待避した。直後、ゴーレムは大きな音を立てて崩れ去った。


「結希奈、徹を頼む!」

「わかった!」

 結希奈に徹を託し、慎一郎はヴァースキに向き直り、自分の身体の状態を確認するかのように左肩をぐりぐりと回した。


「いくぞメリュジーヌ」

『うむ。ようやく千年越しの決着をつけるときが来たようじゃな』

 光の属性に握り直し、その身を白く輝かせた三十二本プラス一本の剣を携えて慎一郎が暗黒竜にむかって突撃する。




 戦線に復帰した慎一郎のおかげで、菊池は少しだけであるが体勢を整えることができた。


「ふぅ……」

 体力回復のポーションをあおり、そのボトルを投げ捨て、口元を拭った菊池は前方、最前線を見た。


 そこには、あの巨大な暗黒竜を前にあるときは攻撃を躱し、またあるときは受け流してひとり戦線を支える慎一郎の姿が見えた。よく見ると彼の身体は淡く光っており、復帰する前に何らかの強化魔法ブーストをかけてきたようだ。しかし、それを差し引いても〈十剣〉である彼の目から見ても頼もしい姿ではあった。


「さすが、竜王陛下の直弟子といったところか」

 菊池はそうごちると気合いを入れ直した。


「さて……。あの頼もしい少年の前で恥ずかしい姿は見せられないな。もちろん、我が敬愛する竜王陛下の前でも!」

 彼の握る光の剣からはするすると光の刃が伸びていき、剣の形を整える。


 菊池は慎一郎とは反対側、失われた尾の方へ向かって走り出そうとしたその時、慎一郎の後ろに複数の人影を見た。

 それを見て叫ぶ。


「浅村くん! 下がって伏せるんだ! 早く!」

 ヴァースキの前足のなぎ払いを力ではじき返した慎一郎は、それを聞くと素早く数ステップ下がり、体勢を低くした。


 その時、「炎よ!」の声と共に、おびただしいほどの炎の球ファイアーボールが慎一郎の頭上をかすめ、次々ドラゴンに命中した。

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