暗黒竜ヴァースキ3

 次々命中する炎弾はまるで赤く輝く煙のようにヴァースキ全体を取り囲んでその身体を燃やす。その炎の雨あられが収まると、あたりはたちまち肉が焦げる焦げ臭い香りとぱちぱちという何かが爆ぜる音で満たされた。


「浅村殿! 姐さん方! コボルト族のゴンと戦士たち、助太刀に参上したっす!」

 入り口の方を見ると、そこには十人ほどの犬顔をした小さな人影と、その後ろで呆れたように苦笑いする瑠璃とその眷属たちがいた。


「ゴンちゃん!」

 楓をはじめ女子生徒達の顔に喜色が浮かぶ。


「姐さん方、見てて欲しいっす。ここからはおいら達、コボルトが主役のターンっすよ。総員、構えるっす!」

 ゴンが号令を出すと、周囲のコボルト達は一斉に手に持っていた本を開き、ぱらりとページをめくった。“バッチスペル”が書かれた北高内製の魔導書である。


「炎よ!」

 魔導書片手にゴンが叫ぶと、周囲のコボルト達も一斉に「炎よ!」と復唱した。魔導書に書かれたバッチスペルがあらかじめ設定されたとおりに強力な〈炎弾ファイアーボール〉の魔法を連続で射出する。


 先の攻撃から立ち直りつつあったヴァースキに魔法の連続攻撃が炸裂し、その腐った身体を焼く。


『ほぅ……。なかなかものもじゃな』

 その効果はメリュジーヌも舌を巻くほどだ。炎の連弾の射出が落ち着くと、コボルト達は魔導書のページをめくって再び「炎よ!」と攻撃を再開する。


 しかし、ドラゴンとの戦いはそれほど甘いものではなかった。


 炎弾の連続攻撃を受けながらもヴァースキは暗黒のブレスを吐き出した。それは苦し紛れのものだったのかもしれないが、有効だった。全てを腐らせる暗黒のブレスの影響は魔法の炎とて例外ではなく、コボルト達の放った炎の球は暗黒の霧に包まれると例外なく消え去った。


 暗闇の霧は炎の球を全て消し去った後も衰えることなく、その向こうにいたコボルトや“申”の眷属たちに殺到する。彼らはもちろん、慎一郎達が装備している耐ブレスの装備はしていない。全てを腐らせるブレスの前に彼らは無防備だった。


「……! いかん!」

 最も近くにいて素早く反応したのは菊池だった。菊池は素早くブレスとコボルト達の間に入ると、両手を大きく広げた。

 ブレスは菊池を中心とする半径二メートルの範囲を忌避するように流れていき、コボルト達に触れることなくその周りの石畳だけを腐らせていった。


「あ、あわわわわわわ……」

 それまでの勇ましさはどこへやら、コボルト達は固まって小刻みに震えていた。


 ブレスを防いだ菊池はしかし、警戒を解いていなかった。

 これまでのパターンだと、ヴァースキはブレスを目くらましに使うことも多かった。ブレスで視界が遮られた向こうから不意打ちをしてくる可能性がある。


 ブレスが晴れてきた。しかし、予想したような攻撃はやって来なかった。ヴァースキは頭を大きく上げ、口を開いている。そこに黒い粒子が収束してきて――


「……? 再びブレス……?」

 菊池がその行動を訝しんだ。ブレスは完全に無駄な行動だが、相手は知性を持たないドラゴンゾンビだ。そのような攻撃パターンもあるかもしれない。


 と、思った瞬間――


 ヴァースキがブレスを吐き出した。しかしそれは普段の拡散された“闇の霧”ではなく、極限にまで収束された、“闇の槍”とでも言うべきものであった。

「…………!!」


 菊池の腹を衝撃が襲いかかる。

「ぐぶっ……!」


 こみ上げる悪寒に堪らず吐き出すと、口から大量の血が溢れ出した。痛みに自分の腹を見ると、左脇腹が半分、ごそっとそげ落ちていた。まるで大きなドリルで開けたように、そこには赤くて巨大な穴がぽっかりと空いていた。


「ミズチ!」

 近くにいる瑠璃がすかさず駆け寄ってきて、眷属と共に回復魔法を唱えた。おかげで意識が保てる程度には痛みが和らいだ。


「だ……い、じょうぶだ……」

「何言ってんのよ! 黙ってなさい!」

 瑠璃が菊池を叱りながら治療を進める。しかし、出血は一時的に止まっているものの、失われた腹の肉はどうにもならない。


「くそっ、このままじゃ……。どうすりゃいいのよ……!」

 大きく穴の空いた腹の上に手を当てて淡い光を発している瑠璃の手に菊池が自分の手を乗せた。


「いや、本当に……大丈夫なんだ……」

「いいから、黙ってなさい!」

 菊池は瑠璃の叱責など聞こえなかったように、傍らで仲間と抱き合い震えているゴンを見た。


「君が、ここにいるということは……“あれ”が完成したということだな?」

 ゴンはピクッと身体を震わせ、慌てたように懐から何かを取りだした。

 手のひらよりも少し大きな巾着袋だ。花柄の布に金色の糸で縁取りがしてあって、誰の作かはわからないが、すこし豪華な作りになっている。“あれ”を入れるのにふさわしい入れ物だと思った。


「こ、これっす。ちゃんと言われたとおり持ってきたっすよ……」

 それを見て菊池はにこやかに微笑んだ。彼の顔はすでに血の気が引いて真っ白になっている。


「よろしい。では、それを浅村君に……陛下に渡してくるのだ」

「わ、わかったっす……!」

 ゴンとコボルト達はまるでそこから逃げ出すように一目散にヴァースキを抑えている慎一郎の所へと向かっていった。


 それを確認した菊池は今も治療を行っている瑠璃の手を再び握った。

「もういい……。離れていてくれ」

「な、何を言って……まだ諦めるような状況じゃ……」


 それに菊池は首を振る。

「いや……。勘違いしているようだが……うっ……僕は……諦めたわけじゃない……。元の姿に戻れば、この程度の傷は……」

 菊池が横に腕を振った。瑠璃は仕方なく治療をやめ、少し離れた。


「もう少し、離れてくれないか? これより、北高の封印を……解除する……」

 菊池は倒れたまま、胸に右手を当てて何事か呟き始めた。顔は真っ白で、額からは止めどなく汗が流れ、苦痛に表情をゆがめているが、呟きは止まらない。


「な、何を……?」

 しばらくすると菊池の手に青い光が集まってきた。次々集まる光はやがて中央に塊を作り出し、大きく、濃くなっていく。

 やがて光がおさまると、そこには手のひらよりも少し大きいひとつの石が残された。


「それは……?」

 現れた石を見て瑠璃が近寄ろうとするが、菊池が制する。


「もう少し離れていてくれ。危険だ。……それくらいでいい」

 菊池が横になったまま石を掲げると、石がまばゆく輝く。


「うわっ!? な、何……?」

 突然の光に瑠璃が思わず目を背けた。

 光がおさまったとき、そこに現れたのは――

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