永遠の闇6

「ちっ、使えねえ!」

 偽ヴァースキが光の中に消えたのを見て炭谷が舌打ちする。


「まあ、所詮は偽物ってことだな! 本物のヴァースキ様はこんなもんじゃねえ!」

 慎一郎とメリュジーヌ、二人の猛攻撃を受けながらも炭谷はそのことごとくを弾き、あるいは躱していた。その動きは明らかにヒトのそれを越えている。


「メリュジーヌ、を使う」

『いかん。あれは最後の手段じゃ。それに、身体への負担も大きい』

「しかし……!」


「どうしたどうした! 攻撃の手が緩んでるぞ! そんなだと俺が反撃できちまうだろうが!」

 慎一郎とメリュジーヌの会話に炭谷が割り込んできた。ほんの少し攻撃の手を緩めただけで一気に攻勢に出る。


「おらおらおらおらおらおらおらおらおらぁ!」

 炭谷は浅い攻撃を敢えて食らうことによって自分の動きに余裕を作りだし、さらに一歩踏み込んで猛攻撃を仕掛ける。


「ぐっ……!」

 その勢いに思わず防戦になる慎一郎。


『シンイチロウ! 守りに入るな! 防戦一方では勝てぬ!』

「けど……!」


 メリュジーヌの叱咤に前に出ようとする慎一郎だが、炭谷の攻撃の圧に足を前に出すことすらできない。

 背後からメリュジーヌが〈浮遊剣〉で攻撃を仕掛けるが、炭谷はまるで背中に目玉でもつけているかのようにその攻撃を的確に弾き、また回避する。


『奴め! 一体どういうからくりじゃ! いくら何でも竜人の限界を超えておる!』

「ははははははははははは! てめーらがトロすぎるんだよぉ! それで竜王とか笑わせる!」


 炭谷はそう言ってはいるが、どう考えても炭谷の動きは異常だった。

 その速さや見えるはずもない場所が見えていることだけではない。時折、あり得ない方向に腕が曲がっているようにも見える。


「慎一郎!」

 偽ヴァースキとの戦いを終えた結希奈がバッチスペルの書かれた魔法書を開いて炎の魔法を連射してくる。


「うるせえ! 女は引っ込んでろ!」

「きゃっ……!」

 しかしそれを炭谷は剣の一閃で全てかき消してしまった。さらにその衝撃で結希奈が吹き飛ばされる。


「結希奈!」

 慎一郎が叫ぶ。結希奈は部屋の奥の方でむくりと立ち上がった。幸い、ダメージを受けてはいないようだ。


『ユキナ、こちらはよい。ミズチと協力してヴァースキを倒せ!』

 メリュジーヌの指示に結希奈はこくりと頷いてヴァースキの方へ走っていった。


 炭谷にダメージを与えることができなかった結希奈の加勢だったが、しかし慎一郎が体勢を整える程度の余裕は与えられた。

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 スピードでも見える範囲でもおそらく一撃の威力でも炭谷に劣る慎一郎は手数で勝負するしかなかった。


 攻撃しているのは慎一郎で、炭谷は防戦一方だ。なのに慎一郎の脚は前に出ない。逆に炭谷が一歩足を踏み出すとそれに圧されて一歩下がらざるを得ない状況だった。


「おらおらおらおら、どうした! その程度か?」

 炭谷は全ての攻撃を捌きながらなお慎一郎に向かって歩き続ける。その顔に嗜虐的な笑みを浮かべながら。


 が、その笑みは瞬時に消失した。

「……ざっけんなよ!」


 炭谷の動きが変わった。防戦一方から、慎一郎たちの攻撃を受け流しながらさらに合間合間に攻撃を入れてくる。スピードアップした。


「てめーみたいなザコが! ヴァースキの! 腹を切り裂いただと!!」

 慎一郎は徐々に攻撃から防戦一方になっていく。それにしたがってますます攻撃の数が増していく炭谷。

 全ての攻撃をさばききれず。すでにいくつかの斬撃を受け、慎一郎の頬や腕、脇腹が切られて出血をしている。


「ザコが! ザコが! ザコが!」

 炭谷の攻撃を捌きながら、全力で後ろに下がってもまだ足りない。息が上がってきて目もかすんできた。


「しまっ……!」

 ついに足元に転がっていた割れた石のかけらに足を取られ慎一郎は転倒してしまった。仰向けに転がる慎一郎。


「弱えぇ」

 炭谷は慎一郎の上にまたがるように仁王立ちになってそう言った。倒れた慎一郎の周囲に〈エクスカリバーⅢ改〉が並ぶが、先ほどと同じように近すぎて迂闊に攻撃することもできない。


「もういいや。死ねよ、お前も竜王も」

 炭谷はそう言い、まるでケーキにナイフを入れるように何の感情もなく慎一郎の腹を刺す。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 炭谷は剣を引き抜き、また別の場所を刺す。

「あああ……あああああああ……!」


 慎一郎の悲鳴など聞こえていないかのように炭谷は表情をぴくりとも動かさず、今度は喉元に剣を突きつけた。

「お前のあとはここにいる全員を、その後上のガキどもを、最後は全ての人間と竜人をぶっ殺す。最初の一人だ。光栄に思え」


 炭谷が剣を引いた。そして、慎一郎の喉にそれを押し出そうとした、その時――


「悪いが、そいつを死なせるわけにはいかねぇんだ」


「何ッ……!?」

 背後からのその声に炭谷が振り返るよりも早く、細長い刃が炭谷の左胸から突き出された。


 ごぶり、と炭谷の口から大量の鮮血が漏れたかと思うと、炭谷はそのまま力なく倒れ、ぴくりとも動かなくなった。




「大丈夫か、慎一郎……?」

 そこにいたのは竜王部と決別し、北高襲撃に失敗して慎一郎に敗れた後、行方知れずになっていた栗山徹くりやまとおるだった。

 徹は炭谷の死体を慎一郎の上からどかすと、慎一郎に手を差し伸べた。


「徹……?」

「魔法剣ってのは剣に魔法を纏わせる剣術だが、逆に魔力を抑えることもできるんでね。炭谷こいつが魔力の波動で気配を探ってるのがわかったから、魔力を抑えて近づいた。よっ……と」

 徹が慎一郎の腕を引いて起き上がらせると、慎一郎が痛みに顔をしかめる。


「ぐっ……」

「派手にやられたな。結希奈!」

 徹が振り返ると、ちょうど結希奈が走ってきているところだった。


「栗山……。あんたどうしてここに?」

「話は後だ。こいつを頼む。俺はあっちの手伝いをしてくる」

「え? ちょっと栗山……!」

 徹はくい、とヴァースキの方を顎で示し、結希奈に慎一郎の肩を預けて走っていった。

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