永遠の闇5

 やはり、こちらのヴァースキが死体をかき集めて作ったフェイクだ。

 呪文を唱えながら結希奈は確信した。


 二体目のヴァースキが現れたときからこちらがフェイクだと思っていた。先の戦いでこよりが千切ったはずの尾がこちらにはあるからだ。

 そして炭谷の「死霊術士」という一言。


 そこからこちらは死体を寄せ集めて作られたフェイクだと当たりをつけていたが、楓が切り落とした後ろ足を見てそれが確信に変わった。

 確信に変わる前から唱え続けているこの呪文はアンデッドに囲まれたときに瑠璃たちとともに使用した強力な浄化の呪文だ。


 あれは数人の術者が協力することによってより強力な威力になる魔法だが、今の結希奈はそれを一人で使おうとしている。


 しかし威力に不安はなかった。

 結希奈は今、自分と、肩からぶら下げているふたつの〈副脳〉の三重詠唱を行っている。これは別の人間が行うよりも同期が取れている分、より強力な魔法になるはずだった。


 もし、こちらがフェイクでもなく、死体の寄せ集めでもなかったらこの魔法は不発に終わる。ドラゴンゾンビはドラゴンの要素が強く、対アンデッドの魔法では純粋なアンデッドほど効果を与えられない。


 しかし、今その懸念はなかった。

 結希奈は呪文を唱えながら周りを見る。


 正面ではゴーレムとドラゴンが殴り合い、横では白い石が組み上がって少しずつ人の形を成している。そして遠方からは楓の精密かつ威力の高い攻撃により確実にダメージを与えていた。


 この仲間たちと一緒なら絶対に負けない。

 結希奈の信頼は確固たるものだった。




 ――グワァァァァァァ!


『も”』


 ゴーレムとドラゴンの形をしたモノが殴り合う。ゴーレムはあらかじめ設定された命令に従って自立的に動いているだけだし、死体をかき集めて作られたドラゴンにはそもそも思考能力があるかどうかさえも怪しい。


 そんな両者の戦いだったが、時にはフェイントをしたり、相手の動きを読んだりしているようにも見えた。戦いは膠着状態に陥っている。


 それが崩れたのはほんの少しの偶然が作用したのかもしれない。

 ガキッという硬い音がした。ドラゴンがゴーレムの左腕に食らいついた音だ。


『も”、も”』


 ゴーレムが腕をドラゴンの口から引き抜こうとするが、ドラゴンの牙ががっちりと岩を押さえつけて離さない。

 数回腕を引き、それが適わないと悟ったのか、ゴーレムは左腕は噛ませるに任せ、残りの右腕で無造作にドラゴンの顔を殴る。


『も”』『も”』


 殴るたびにゴーレムから全く感情を感じない声が漏れる。

 しかし相手はアンデッドであり、ドラゴンの似姿を与えられた存在であった。


 ゴーレムの連続パンチに顔の肉を散らしつつも、ついに超硬ミスリルでできたゴーレムの腕を噛み砕いた。

 ゴーレムの二の腕が粉々に砕け散り、先端が地面に落ちる。本体がバランスを崩して後ろによろめいたところにドラゴンが追い打ちを掛ける。


 ――ガァァァァァッ!


 ドラゴンはゴーレムの頭を噛み砕こうとしたのだろうが、それは間一髪でゴーレムが残った右腕を割り込ませて防いだ。しかしドラゴンがゴーレムの右腕を噛み砕くのも時間の問題だろう。


 しかし、そうはならなかった。


 ガン!

 ドラゴンの頭を激しい衝撃が走り、その予想外の攻撃にドラゴンの牙はゴーレムの右腕から外れた。すかさず立ち上がるゴーレム。


 その立ち姿には噛み砕かれたはずの左腕が再生していた。


 元は鉱石であるゴーレムの身体は再び魔力を加えることによって容易に再生する。

 しかし、それを行うためには術者が付いている必要があるが、術者であるこよりは後方で二体目のゴーレム作成に忙しい。


 ならばどうやって再生させたのか。


 その秘密はゴーレムの胸に納められたピンクに輝く宝石である。

 あらかじめここにはこよりの魔力が込められており、ゴーレムの身体を構成する超硬ミスリルに適宜流されている。これのおかげでゴーレムはフェイクとは言えドラゴンと対等に渡り合えるパワーと自動修復を実現している。


 しかし、それもいつかは終わりを告げる。

 飽きることを知らない何度目かのドラゴンの攻撃により、ゴーレムの右腕が砕かれた。


 これまでであれば即座にまるで映像を巻き戻すかのように元に戻った腕が、何も起こらずただの石塊となった。と同時にゴーレムの胸の宝石から光が失われ、ゴーレムがゆっくりと倒れる。やがて、その身体を構成していた超硬ミスリルがばらばらになって崩れた。


 ヴァースキの似姿を持ったアンデッドが唸りながらゆっくりと振り返る。その怒りの視線の先にはゴーレムの攻撃を常にアシストし、左足に攻撃を当て続けていた楓の姿があった。


 楓を睨みつけるドラゴン。

「…………」

 正面からドラゴンを見据える女子高生。気迫では一歩も譲らない。


 一本の脚を他でもない、楓によって失ったドラゴンが残る三本の脚で歩き出そうとしたその時、ヴァースキの背後からドラゴンのものとは異なる重い足音が響いてきた。


「いけーっ、レムちゃん!」

 こよりの声援を背に受け、全身が白い石で創られた新しいゴーレムがそのスピードと体重全てを込めたパンチをヴァースキに食らわせた。


 偽ヴァースキは意識を完全に楓に向けていたため、ゴーレムの一撃は不意打ちになり、大きく身体をのけぞらせた。


 ドラゴンは振り返り、怒りの目を白いゴーレムに向けた。そのまま口を広げ、ブレスを吐こうとする。ブレスに対する対応を行っていないゴーレムに全てを腐らせる暗黒の霧は有効だ。


 しかし、それは不発に終わる。


「させません!」

 ドラゴンの背後に位置取った楓が無数の矢を浴びせかけた。


 矢の雨はドラゴンの強固な鱗に命中すると大きな音を上げて爆発する。ダメージを与えることよりも、ドラゴンの意識を分散させるための攻撃だ。


 その隙を狙って白いゴーレムが腹に強烈なパンチを食らわせる。

 その巨体が浮かび上がるのではと思えるほどの強烈なパンチにドラゴンが吠える。しかし偽のドラゴンの叫び声で怯むものはもはやこの場には存在しない。


 思考能力を持たない死体の寄せ集めは前後からの挟撃により右往左往してまともな攻撃行動が取れていない。




 その時、結希奈の呪文が完成した。


「こよりちゃん!」

 結希奈がこよりに合図を送る。頷くこより。


 楓が弓の連射でドラゴンの注意を引きつける。ゴーレムは攻撃をやめ、右腕を大きく振りかぶる。そして結希奈は呪文を発動させる。


「聖なる光よ!」

 結希奈が掲げた錫杖からまばゆい光が溢れ出す。その光は生者にとって温かく、安らぎを覚える光であるが、アンデッドにとってはその存在を根本から否定するものだ。


 太い柱のように突き進む浄化の光はまっすぐにドラゴンの方へと進み、その手前で右腕を大きく振りかぶる


 ゴーレムは右腕を振り上げたまま青白く発光した。


 このゴーレムはただのゴーレムではなかった。“鬼”を封印していた封印の間を構成していた石で創られたこの自動人形には、作り手であるこよりによって受けた魔法を増幅する能力が付与されていた。


 結希奈の魔法がゴーレムに吸い込まれる。ゴーレムはさらにまばゆく輝く。それにともなって振りかぶった腕にさらに力がこもる。


 背後での輝きにドラゴンが振り返る。

 そこにはすでに攻撃の準備が整っていたゴーレムがいた。


「いけ――――――――っ!!」

 三人の女子生徒の声が揃った。それを合図として、ゴーレムが浄化の光をまとった必殺の拳を偽ヴァースキに打ち込んだ。

 浄化の光はゴーレムのパンチによって砕かれた鱗の間から内部に侵入し、中からその身体を構成する死体を片端から浄化していく。


 ――ギャァァァァァァアァアァァアァアァァァアアァアァアアァァァアァ!


 内部を浄化し尽くし行き場をなくした光がドラゴンの目や口や傷口から聖なる光を溢れさせる。

 ドラゴンの鱗が、尾が、残った三本の脚が次々光の中に消えていき、頭が消え、そして死体たちをより集めていたと思われる内部のどす黒いコアが最後に光の中に消えた。

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