永遠の闇4
「くそっ。浅村君と陛下は離れすぎたか……。こちらはこちらでやるしかない……」
二体のヴァースキを前に菊池が剣を構える。自在にその属性と形状を変えられる魔法の剣は、先ほどよりも大きく太くなったように見える。
ヴァースキたちがこちらを睨む。後衛の女子生徒達の援護はあるだろうが、ヴァースキたちの意識が彼女たちに向かないように引きつけなければならない。
と、その時。先ほどから繋ぎっぱなしにしていた〈念話〉のチャンネルから結希奈が話しかけてきた。
『菊池さん。そちらの、尻尾のないヴァースキをお願いできますか? こちらの尻尾のあるヴァースキはあたし達でなんとかします』
その提案を聞いたとき、菊池は最初目を見開いて驚き、次に笑った。
おそらく、本物のヴァースキはこちらの尻尾のない方だ。ドラゴンの状態でも各上の相手だ。ましてや今の竜人形態でどれだけやれるのかと思ったが、その思いは吹き飛んだ。
「人間の、しかも少女たちがドラゴン相手になんとかすると言っているのだ。こちらもなんとかするしかあるまい!」
菊池は『光の剣』の出力をさらに上げ、ヴァースキに突撃していった。
ズシン、ズシンと地面を揺らす音を立てながらゴーレムがその巨体に似合わぬ速さで走り、尻尾のあるヴァースキの前まで来ると足元の石畳を踏み砕くほど力を込めて飛び上がった。そのままヴァースキの頭の高さまで飛び上がると、ヴァースキの顔面に回転蹴りを食らわせる。
その衝撃にヴァースキはうめき声を上げながら数歩よろめいた。
着地後、ファイティングポーズを取るゴーレムを漆黒のドラゴンが見た。その瞳は怒りに満ちている。今のヴァースキにはゴーレムしか見えていないだろう。
「よし」
こよりは小さくガッツポーズをすると次の作業に入り始めた。しゃがみ込み、地面に手をついて呪文を唱え始めた。
「我、万物の理を知る者なり。全ての石よ、水よ、火よ、空気よ、金属よ、生命よ。そのあるべき姿に倣い、次に成すべき姿を我が想いのままに成せ……」
すでにこちらのヴァースキと戦っているゴーレムを召喚したこよりだったが、〈副脳〉を二つ持つ今、さらにゴーレムを創り出すことが可能だった。しかし手持ちの材料は尽きてしまったのでここにあるもので代用する。
こよりが呪文を唱えると、周囲に散らばった石が淡く輝きだし、動き始めた。
もとはこの石のドームを形作る石畳の一部であったが、先ほどヴァースキが着地したときに真下の石は粉々に砕け飛び散った。その一部がここまで飛んできている。
ここはかつて“鬼”を閉じ込めていた場所。そして今ここに散らばっているのはその部屋を形作っていた構造の一部である。それを利用しない手はない。
『結希奈ちゃん、楓ちゃん――』
こよりは先ほど、〈念話〉で結希奈と楓の二人と軽く打ち合わせを済ませていた。左右を見ると、広く展開した結希奈と楓は打ち合わせ通りに動いている。
すなわち、結希奈は跪いて呪文を唱え、楓は矢を次々ヴァースキに打ち出していた。
このゴーレムにはとある仕掛けを施すつもりだ。だからゴーレムの完成までもう少し時間がかかる。それまでは先ほど生み出したゴーレムに押さえてもらうしかない。
こよりは呪文を続ける。
誤解を恐れず極論すれば弓道とは決められた場所から同じ場所に向けて正確に矢を射る競技である。
弓道場での立ち位置や当日の風向きや湿度などの天候、果ては射手の体調や心理状態によって大きく左右することがあるが、同じ距離の的に向けて正確に射るということは変わらない。
弓道場で練習しているときも外さないのだ。ここで外すわけがない。
楓はそう自分を鼓舞して召喚した光の矢をただひたすら居続ける。
「五の矢『疾風迅雷』!」
しゅっ。
また楓の弓からうなりを上げて魔法の矢が放たれる。
それは先ほどとは異なり、分裂することも、大きく軌道を変えて飛ぶこともなく、まるで普通の矢のようにまっすぐに飛び、まっすぐ目標に命中するだけのシンプルな矢だ。
散弾ではなく狙撃。
先ほどから楓はヴァースキの身体の同じ箇所を何度も何度も狙い続けている。
動く目標に対してはもちろん、命中率は下がるが、今のヴァースキはほとんど動かない。
こよりのゴーレムはヴァースキと比較して体格で劣る一方、パワーでは譲らなかった。
ゴーレムは今もヴァースキの頭を両腕でがっちりと押さえて離さない。
ヴァースキは本気で力を込めてその戒めから逃れようとしているようだ。そのためにヴァースキの四肢は大地を強く踏みしめ、そのおかげでドラゴンの脚はぴくりとも動かない。
動かない目標であれば外すはずもない。
ましてや、目標は弓道のマトよりもはるかに大きく、同じくらいに近い。
今また光の矢がヴァースキの後ろ左足の膝に音もなく突き刺さった。
矢はその後何事もなかったかのように消えるが、ダメージは確実に残される。
矢が消えたことによって同じ場所にまた矢を当てることができる。これが魔法矢の強みだ。
それを何度繰り返しただろう?
もう数えることを辞めてからしばらく経つほど矢を当て続け、ついにその時がきた。
ヴァースキの左後ろ足の全く同じ場所に楓の何十発めかの射撃が命中。その瞬間、ヴァースキの膝は盛大に砕け散った。その下の部分を道連れにちぎれて後方に吹き飛んだ。
「やりました!」
楓は小さくガッツポーズをして、次の目標、左前足に狙いを定める。
と、おかしなことに気がついた。
切断された脚の根元部分、吹き飛ばされた脚の先端部分、両方から通常の生物ではあり得ない事が起こっていた。
断面から何十、何百という触手がうねうねと伸びてきて、まるで手を繋ぐようにお互いの触手と絡み合って元の形につなぎ合わせようとしているのだ。
繋がった触手がずるずると吹き飛ばされた後ろ脚を引き寄せてくる。そのあまりに異様な光景に楓は青くなり、思わず「ひっ」と息を呑んだ。
しかしすぐに冷静さを取り戻し、次の矢を手の中に呼び出した。
「聖なる光よ」
呼び出した光の矢は、先ほどとほとんど同じように見えるが、異なる役割を与えていた。
そのまま狙いを定めて撃つ。膝を破壊したときよりは目標が大きいのでそれほど難しい射撃ではなかった。
放たれた矢はまっすぐ目標へと飛んでいった。
数瞬後、それは狙い違わず意図した場所に潜り込んだ。
次の瞬間、まるでそれを待っていたかのように後ろ足が元の形に戻った。
楓はそれを確認すると左手に愛弓を持ったまま右手を胸の前に添えて軽く握ると、目を閉じ俯いて自分の矢に命じた。
「爆散!」
すると、たった今接合されたばかりのヴァースキの後ろ足の膝が一瞬、数倍にまで膨れ上がったかと思うと、先ほどのリプレイを見ているかのように足先が再びちぎれ飛んだ。
千切れとんだ足の断面からは再び触手が生えて本体を探そうとするが、それを見逃す楓ではない。
すでにそのために作っておいた矢をちぎれた後ろ足向けて放つ。
「二の矢『百花繚乱』、プラス、一の矢『一騎当千』!」
放たれた矢は無数に分裂したかと思うと、まるで暴風雨のように斜めに降り注ぐ。全ての矢は足に命中し、命中したそばから爆光を放ち、ヴァースキの足作を文字通り光の中に消し去っていく。
無数の小爆発がおさまると、そこには何も残されてはいなかった。
「第一段階完了。次の行動に移ります」
楓は冷静に次の目標――左前足に向けて再び延々と精密射撃を再開した。
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