死者の王国2

「何故ここにいる? ここは誰にも知られてないはずだが」

 通路の向こうにいたのが瑠璃達だと知った菊池達はひとまず武器を収めて瑠璃達の待つ場所へと歩いて行った。


「何言ってんの? 私は”さる”の〈守護聖獣〉だよ。この通路の存在を知らないはずないじゃない」

 やれやれと肩をすくめて菊池を小馬鹿にしたように答える瑠璃。


「けど、どうしたの? 見送り……じゃなさそうだけど……」

 慎一郎の指摘に、瑠璃はその質問を待っていたとばかりに話し始めた。


「ダーリンの力になりたくてここまで来たの。ああ、素晴らしきは愛の力」

 自分の言葉に酔うように自分で自分を抱きしめる瑠璃を結希奈は冷めた目で見る。


「何言ってるの、あの子。ちょっとおかしいんじゃない?」

「あはは……」

 慎一郎に耳打ちする結希奈。慎一郎は苦笑するしかない。


 一ヶ月前のヴァースキとの戦いでは回復係として大活躍した瑠璃と彼女の眷属たちだが、今度の戦いでは状況が異なる。

 味方の人数が限られていることや、あらかじめヴァースキが動けないようにするなどの先手を打てないだけでなく、彼女たちには『竜のおまもり』をはじめとした身を守る防具がほとんどない。この一ヶ月間で生産された防具のたぐいは優先的に〈竜王部〉に回されたからだ。


「あのさ、松阪さん、言いづらいことなんだけど……」

 そのことを指摘して帰ってもらおうと慎一郎が切り出した。しかし瑠璃の方と言えばそんなことは先刻承知だったようだ。


「大丈夫大丈夫。あたし達だってそんなに無謀じゃないから。あのドラゴンとの戦いには手を出さないって」

「だったら……」

「それでも、連れて行った方がいいと思うよ。道中、絶対役に立つから」

「道中……?」


 説得しても聞きそうにない瑠璃に慎一郎が困っていると、メリュジーヌが話に加わってきた。

『まあ、役に立つならば連れて行けば良かろう。何ならコボルト達が”あれ”を持ってくるときに送り返せば良い』

 ゴンは今も生徒会室で生育されている”とある切り札”が完成し次第慎一郎達の元に届けるために待機している。最後のひとつのピースだ。


「そういうこと。さ、カイチョー。先に行こう」

 納得していない様子の菊池だったが、メリュジーヌに促されて渋々道案内を続行した。




 瑠璃達と合流した地点からほんの数十メートルも進まないうちに回廊は行き止まりになった。


「ここから先が地下迷宮の深層だ」

「いよいよヴァースキとの戦いなのですね」

 手に持った自分の背丈よりも大きな弓をぎゅっと抱きしめた楓に菊池は首を振った。


「いや、最深部はまだまだずっと先だ。ここは誤って生徒が入ってきたときのためのセーフティに過ぎない」

「そう、ですか……。ほっとしたような、拍子抜けのような」


『緊張しっぱなしでも疲れるだけじゃ。適度にリラックスするとよい。そうじゃの……。そろそろ昼飯にするとかな』

「お前はリラックスしすぎだろ」


『わしほどにもなればリラックスすればするほど実力が出せるのじゃ』

「なるほど、勉強になります……!」

「ほら、今井さん信じちゃったじゃないか……」


 慎一郎達がそんなやりとりをしている最中、菊池は行き止まりの壁からごく自然に頭を出している小さな石に手を当てて呪文を唱えた。

 それは、そこらにある当たり前の石ころと全く同じ見た目をしていて、言われなければそれが鍵になっているなど全く気づかないさりげなさだ。


 先ほどの石碑もそうだったが、菊池の仕掛けというのはそういうさりげなさにあるのかもしれない。

 菊池が呪文を唱え終わると地上で石碑がそうであったように淡い光が行き止まりの壁全体に波打ちように広がっていく、淡く輝いた。


 そしてやはりずずずと音を立てて土の壁が横にスライドしていく。

 その向こうに広がっているのはこれまでとあまり変わらない回廊だ。しかし、ほんの少しだけ下りになっている。


「さあ、行こうか」

 先ほどと同じように菊池が先頭となって奥へと進んでいく。しかし、そこに待ったがかかった。


『待て、ミズチよ』

「陛下……!?」

 メリュジーヌの警告に全員の間に緊張が走る。慎一郎達はいつでも武器を取り出せるように身を固くする。


『今申したであろう。まずは昼飯じゃ』

 菊池を除く全員がずっこけたのは言うまでもない。

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