死者の王国
死者の王国1
聖歴2027年1月15日(金)
地下迷宮の最奥を目指す一行は見送りの生徒達と別れたあと、本校舎の西の端、部室棟との間の方に向かって歩いて行った。
本校舎の隅にぽつんと置いてある石碑の前で先頭を歩いていた菊池が立ち止まる。
本当に隅っこの方にひっそりと置かれている膝下くらいの高さのその石碑は、生徒として一年近く通っていた慎一郎でさえそんなものが存在するとは知らなかったほどだ。
石碑の表面は平らに削られており、そこには何か文字が書かれている。菊池によると、地元出身の昔の詩人が残した詩らしい。
「この石碑がどうしたのでしょうか……?」
地下迷宮に行くつもりだったのにこんな所に案内されていきなり出鼻をくじかれた一行をよそに、菊池がしゃがんで石碑に手を当てた。
するとその場所を中心に淡い光がまるで波紋のように石碑全体に広がっていき、しばらくすると石碑全体が淡く輝きだした。
「…………!」
光った石碑はまるで己の意思でそうしているかのようにずずずと重い音を出しながら横にずれていく。
そのあとには人ひとりが楽に通れるほどの下り階段が現れたのだ。
「ここから地下に降りていく」
呆気にとられた一同だが、先にすたすたと階段を降りていく菊池のあとを追うように地下迷宮へと入っていった。
「ここは元々、”鬼”を封じ込めた武者と竜が最初に作った通路だ。強いて言うならば、地下迷宮の原型ともいえる」
菊池の説明に、〈光球〉で照らされた回廊を見ると、木の枠で補強されたあたりの土壁はかなり古いものに感じられる。確かに相当古いもののようだ。
「武者と鬼って、あたしのご先祖様と、巽さんですか?」
結希奈の指摘に菊池は頷く。
「最初に最深部と地上を繋ぐ通路が作られ、次にこの結界を守る〈守護聖獣〉達を繋ぐ回廊が作られた。その基本構造を使って僕が今の地下迷宮を作り上げた」
回廊は弧を描きながら少しずつ下っていく。途中、分かれ道のたぐいは一切見当たらなかった。この回廊は他の通路とは繋がっていないのだろうか。
慎一郎がそれを指摘すると、菊池はそれを肯定した。
「封印の間は他の通路とは繋がっていない。”鬼”の封印が解けたとき、警戒するのはここだけで済むし、地下迷宮を探索する君たちが間違って封印の間にたどり着くのを防ぐためだ」
『じゃが、”鬼”は現れた。まるで転移したようにな。今思えばあれもヴァースキが現れたことと関連があるのじゃろうな』
「はい、陛下。何者かが時空を曲げてヴァースキを呼び込む際に、ねじれた空間が封印の間と大広間を運悪く繋いでしまったと考えるのが自然だと思います」
『”何者か”か……。ミズチよ、そなたはヴァースキ出現はヴァースキ以外の何者かの手助けがあったと考えておるのか?』
メリュジーヌの指摘に菊池は頷いた。
「はい。〈十剣〉とはいえ生まれてまだ千年しか経っていない今のヴァースキにあんなことができるとはとても思えません」
「何者かって、そんな……。時の流れが違う封印を越えてドラゴンみたいな巨体を呼び出すなんて、そんな大がかりな魔術、国家規模でもないと……。一体誰が……?」
しかし、こよりの指摘に答えられる者はこの場にはいない。
「わからない。しかし、主要各国は〈ネメシス〉接近において協調することで一致している。そもそも、主要各国には一部を除いて〈十剣〉がその国家の後ろ盾として存在している。彼らが竜王陛下に反旗を翻してまでヴァースキを送り込んでくるとはとても思えない」
『どのみち――』
メリュジーヌは四百年前の土壁に手を当てて、てくてく歩いている。その身体は実体のない立体映像なので、壁は変わりなく当時の姿をたたえている。
『何が起こってもわしらでどうにかする以外の道はない。この時間の流れの異なる場所の中でわしらが最大戦力なのだからな』
「いえ――」
菊池が珍しくメリュジーヌの意見を否定した。
「世界最大戦力です、陛下」
『そうじゃったの。わしはらこの後、〈ネメシス〉に行かねばならぬ』
現代魔術を結集させ、〈十剣〉が力を合わせれば彼ら以上の戦力を作ることは可能だが、〈ネメシス〉へ送り込めるという点では彼らが最大戦力となる。何より、〈十剣〉はその竜人族でも最高位の魔力量を駆使してメリュジーヌ達の〈ネメシス〉投射を行わなければならない。各国の〈十剣〉はメリュジーヌ達のアシストとなる何らかの戦力を送り込んでくるということだ。
そんな話をしている間に、いつの間にか下り坂は終わり、平坦な直線にさしかかっていた。暗がりで、〈光球〉の魔法が届く範囲の外側には何があるのかはわからない。
「この先の扉を抜けると――誰かいる!」
菊池の警告に皆が瞬時に反応し、戦闘態勢を取る。
慎一郎は左手に〈ドラゴンハート〉を構え、結希奈と楓も各々武器を構えた。こよりも付近の土壁から即座にゴーレムを呼び出している。
菊池も腰に差していた長大なロングソードを鞘から抜いた。
慎一郎が頷くと、結希奈が〈光球〉をもうひとつ呼び出し、それを前方に動かしていった。
通路の奥が少しずつ明るくなっていく。
やがて、〈光球〉によってその姿が明るみになった。一人ではない。数人、いや十人近い人数がいるだろうか。〈光球〉が近づくにつれてその姿が明らかになっていく。
「……! 君は……!」
「よっ、ダーリン。待ってたよ~♡」
「松阪さん!」
そこにいたのはいつも通り、膝上二十五センチまでに上げられた短いスカートの制服を着る
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