運命のカウントダウン9

                        聖歴2027年1月5日(火)


 剣を抜き、目の前の黒竜と対峙する。


 左手には〈ドラゴンハート〉。古今東西の名剣を素材として作り上げた剣である。

 周囲に浮かぶのは〈エクスカリバーⅢ改〉。威力こそ〈ドラゴンハート〉に比して落ちるが、数多の実戦の結果改良が進み、攻撃力とバランスの取れた剣である。


 今、慎一郎の周囲に浮かんでいる〈エクスカリバーⅢ改〉は六本。正月を返上して特訓した成果である。


『では、いくぞ』

 目の前のドラゴン――メリュジーヌの作りだした立体映像である――が咆哮を上げた。


 その直後、ほとんどノーモーションともいえる速さで尾が振り払われた。

 しかし慎一郎はあらかじめそうなることがわかっていたかのように冷静にステップで距離を取ってこれを回避。そこを狙ったかのように襲いかかるドラゴンの噛みつき攻撃には〈エクスカリバーⅢ改〉四本を格子状に組み合わせて防御した。


 そうしてドラゴンの動きを制限している間に慎一郎本人は素早くドラゴンの足元に駆け寄る。

 だがドラゴンの方もこれを見越したかのように前足をなぎ払う。

 これには慎一郎も虚を突かれたのだが、咄嗟の判断で身をかがめて回避。それだけではない。相手の勢いを生かして残り二本の〈エクスカリバーⅢ改〉を前足にたたき込んだ。


『むっ……!』

 予想外の攻撃だったのか、メリュジーヌ――ドラゴンが一瞬怯んだ。


 その隙を見逃すはずがない。慎一郎は素早くドラゴンの胸元に潜り込むと、冷静に鱗の間を狙い、〈ドラゴンハート〉をたたき込む。

 ずぶりという感触――はない。それどころか何の感触もない。それもそうだ。今戦っているのはメリュジーヌの作りだした立体映像なのだから。


『みごとじゃ』

 その声と共に胸元に剣を埋められたドラゴンの姿が消えて銀髪の幼女の姿になる。


 ドラゴンの頭や尾、脚の部分には使い古された〈エクスカリバーⅡ〉が浮かんでいた。

 この演習はメリュジーヌの作り出した立体映像に合わせるように実体である剣を埋め込んで物理的な攻撃を実現しているのだ。


『しかしまだ目に頼っている。相手の気配を読め。ドラゴンの戦いでは死角からの攻撃に対処できねば一瞬で命を失うぞ』

「わかった」

 メリュジーヌのアドバイスに真剣に頷く慎一郎。竜王であるメリュジーヌにドラゴンの狩り方を教わるというのは皮肉なものだが、これ以上の教師もいない。


『ではもう一度はじめから……』

 とメリュジーヌが再びドラゴンの姿になろうとしたときに慎一郎の脳内に呼び出し音が鳴った。


「待ってくれ。〈念話〉だ。……細川さんから?」

 左手の指をこめかみに当てて〈念話〉に出る。


「もしもし?」

『あ、浅村くん? ちょっと部室まで来てもらいたいんだけど、いいかな?』

 メリュジーヌが頷くのを確認してこよりに返事をする。


「わかりました。すぐに行きます」

 〈念話〉を切り、演習で使っていた自分とメリュジーヌの剣をまとめて慎一郎は部室へと戻っていった。




 部室にはすでに結希奈、こより、楓が集まっていた。校舎の外からはいつものように槌で鋼を叩く音が聞こえているので姫子は中庭で武器を作っているのだろう。


「今日集まってもらったのはほかでもありません」

 もったいぶったようなこよりをよそに、他の部員達の頭上にははてなマークが浮かんでいる。


「ついに”あれ”が完成したの!」

 そう言うとこよりは部室の外に向けて声を掛けた。


「さあ、持ってきて!」

 こよりが部室の扉を開けると、廊下から台車を押した男子生徒が入ってきた。生徒会の一年生、平良である。

 平良は台車を部室の中に入れると、そこに乗せられていた白い箱を部室に備えつけられている机の上に載せていく。


 箱は全部で四個。大きさはそれぞれ両手で抱えられるくらい。平良の手つきから、それなりの重さがありそうだ。

 それは現代日本人ならば誰もが一度は見たことがある――いや、ほとんど全ての日本人が持っている箱だった。慎一郎達はすでにそれが何であるかの察しが付いていた。


 真新しいヒヒイロカネでできた耐衝撃に優れたケース。

 それは紛れもなく〈副脳〉ケースだった。


「〈副脳〉、できたんだ!」

 結希奈がケースに駆け寄って、自分の名札が貼ってある〈副脳〉ケースを撫でた。


「うん、ついさっきね。それでみんなに集まってもらったところなの。すぐに接続するから、順番にね」

 そう言うとこよりは今し方運ばれてきたばかりの〈副脳〉ケースに手を当てて呪文を唱え始めた。そのケースには『浅村慎一郎』と書かれている。


 〈副脳〉は錬金術の技術を使い、その人物の細胞から本人の脳を複製する技術である。本人とは魔術的に接続されてその魔法の使用領域を拡張するわけだが、生産された時点ではもちろん本人とは接続されていない。それを行うのが今こよりが行っている作業だ。


 こよりの呪文が終わるとケースの表面に書かれていた魔法陣がまばゆく輝いた。それと同時に慎一郎の意識がクリアになっていき、世界が広がっていくのを感じた。

 この感覚には覚えがあった。数年前、病院で初めて〈副脳〉をつけたときの感覚だ。今、慎一郎に二つめの〈副脳〉が接続された。


『ほう……! これが〈副脳〉とやらか。なるほどなかなか奇妙なものじゃの。まるでドラゴンの身体を取り戻した時のような頭の冴えじゃ』

 六百年前の世界からやってきたメリュジーヌも初めての経験に少々興奮気味だ。


 そうして新しい〈副脳〉の様子をチェックしている間に、全員のセットアップが終了したようだ。皆どこか清々しい表情をしている。


『ところでコヨリよ。”アレ”はどうなった……?』

 メリュジーヌの質問にこよりの表情は曇る。


「あれはね……。今全力で時間を回して制作中だけど、ギリギリでみたい。急いではいるんだけどね」


『なんじゃと!? なんとかならんのか?』

「うーん、これ以上速度を上げるといろいろ不都合が出てくるらしいから、難しいみたい」

『そうなのか……』


「あ、でも足が出るのは本当に少しだけだから、完成し次第ゴンちゃんに運んでもらおうと今計画中」

『そうか……。まあ、わしにできることは何もない。お主を信じて待つとしよう』

「ごめんね。必ず届くようにするから」


 そしてそのまま、部員達は新しく手に入れた〈副脳〉の習熟訓練に突入した。慎一郎も自由に使える〈副脳〉を手に入れたことで操る〈エクスカリバーⅢ改〉の数が増えたので、それをうまく操れるようにメリュジーヌの厳しいトレーニングが再開された。




 そうして各々が準備を進め、有志による壮行会などが開かれもした。そしていよいよ旅立ちの日である一月十五日を迎えた。

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