運命のカウントダウン8
「あちらのたてもののおくに、おみくじのはんばいじょがありますよ。よっていってはいかがですか?」
そう巽に言われたので、言われたとおりにおみくじを引きに行くことにした。おみくじを引くためのお金は後日でいいと巽は言ってくれた。
『おみくじとは何じゃ?』
「おみくじっていうのは、まあ一種の運試しみたいなもんだな。この先一年の運勢が書いてあって、うまく行きそうなこととか、願い事が叶うかどうかとか書かれているんだ」
『ほう、それは面白そうじゃの。ぜひ見てみたいものじゃ』
「そうだな。せっかくだから行くか」
深夜を回ってそれなりに時間も経ってきたので、人も少しずつ減ってきている。零時から始まった新年の花火大会は今まさに佳境といった具合で空を埋め尽くすばかりに打ち上がっているが、生徒達はそちらに移動を始めているようだ。
「おみくじ、おみくじ……あれか」
言われたとおりに境内を歩くと、物置らしき建物の奥に小さな建物が見えた。その近くにはおみくじを結ぶスペースが設けられており、その近くでは何人かの男女が引いたばかりのおみくじをそこに結わえながら談笑している。
幸い、おみくじを買うための行列はできていない。
「おみくじください」
「はーい」
小屋の中で何やらごそごそ作業していた巫女さんに声を掛けると彼女は作業を中断してこちらに来てくれた。それと共にその巫女服の少女の正体が明らかになった。
「結希奈……」
「あっ、慎一郎……」
瞬時に心臓の鼓動が跳ね上がり、顔が熱くなるのを感じた。普段から迷宮探索の時に見慣れている巫女服なのに、どういうわけか今日はいつもよりも魅力的に感じられた。
「ひ、ひさしぶりだね。そうでもないか。あははは……」
作ったような笑顔で頭をかく結希奈。もしかしたら結希奈も慎一郎と同様、意識しているのかもしれない。
「で、なんの用?」
「いや、おみくじを……」
「そ、そうだね。ここ、おみくじ販売所だしね」
お金はあとで払うと言い、籤に出た番号の紙を結希奈から渡してもらって、まるで逃げるようにその場を離れた。
『で、何と書いてあるのじゃ?』
「えっと……」
結希奈のいた販売所から少し離れた所までやってきて渡された紙を見る。
「おっ、大吉」
『ほう、大吉とは何じゃ?』
「まあ、簡単に言えば一番いいってことだな」
『ほほう。新年から縁起がいいの。これでヴァースキとの戦いにもますます弾みが付いたというわけじゃ! で、その他には何と書いてある?』
「なになに……? 金運、気をつけよ。勝負事、期待せよ。金運かぁ……」
慎一郎は失った財布のことを思い出しているが、メリュジーヌはその後のことのほうが気になったようだ。
『ほう、勝負事とは来る戦いのことを示すようじゃな。なかなかの予兆ではないか?』
「いや、これは占いのたぐいとは違ってただの縁起物だし……」
『その他には何と書いてある?』
「えっと……恋愛……?」
『ほう! 恋愛がどうしたのじゃ?』
「いや、何でもない!」
『いいからその紙をよこせ!』
不可視の腕が伸びてきて慎一郎のおみくじを奪い取ろうとする。今度こそは奪われまいと必死になって防戦するところに一際大きな音と共に森の向こうがまばゆく輝いた。
「おぉ……」
『素晴らしい花火じゃ! たーまやー!』
夏の花火大会の時に覚えたかけ声を発し、ひとりではしゃぐメリュジーヌ。慎一郎はメリュジーヌの気がそれている隙にこっそりとおみくじを近くのロープに結わえた。
「あっ、浅村くん!」
雑踏の中、慎一郎の名を呼ぶ女子の声に視線を向けると、晴れ着姿の女子生徒がこちらに手を振りながら歩いてくるのが見えた。
花柄の晴れ着は晴れ着にしては生地が薄く、浴衣を改造したものであることがうかがい知れる。化粧っ気はないが、丁寧に結われた髪は美しく、そこから覗く簪が花火の光に照らされてきらきらと光っている。
「…………?」
慎一郎は、それが一瞬誰だかわからなかった。彼女は普段、髪を下ろしているか、後ろで結わえるポニーテールなので、完全にアップにした髪型を見るのはこれが初めてだったのだ。
『カエデではないか。うむ、実に似合っておる』
当たり前のように気づいたのはメリュジーヌだった。
「えっ、今井さん!?」
『なんじゃ、気づかなかったのか? これじゃからお主は……』
そんなことを言っているうちに楓が慎一郎の元までやってきた。そしてぺこりとお辞儀をした。
「あけましておめでとうございます」
「お、おめでとう、今井さん」
『うむ、良い年になるといいの。いや、きっとなる』
「それよりも今井さん、その格好は? どうしたの?」
慎一郎に着物姿を指摘された楓はえへへと嬉しそうに一回転した。
「似合ってますか? 被服部の人に夏の浴衣を改造して仕立ててもらったんです。厳密には晴れ着じゃないんですけど、どうですか?」
『うむ。よく似合っておる』
「ありがとうございます!」
メリュジーヌの褒め言葉に素直に喜ぶ楓。しかし楓は何か物足りないようにじっと慎一郎を見ている。
「…………?」
『お主も感想を言わんか、このバカ者!』
メリュジーヌのアバターが慎一郎の頭を叩いた。もちろん、それはただの映像だから痛くはないのだが、慎一郎は慌てて居住まいを正し、
「よ、よく似合ってるよ。さすが今井さんだ」
あまりにもとってつけたような褒め言葉だったにもかかわらず、楓の表情はみるみる明るくなった。
「あ、ありがとうございます! 浅村くんにそう言ってもらえてうれしいです!」
『カエデはもうハツモウデは済ませたのか?』
「はい。それで、浅村くんのことを見かけて、それで一緒に花火を見れたらなあと思って来たんです」
『それはよい。どうせなら校舎の方へ戻って近くで見るのが良かろう』
「それに、家庭科部がおせち料理を振る舞っているらしいですよ!」
『なに!? シンイチロウよ、今行くぞ、すぐ行くぞ! カエデ、おせち料理を食いに行くぞ!』
「はい、行きましょう!」
「え、ちょっと今井さん……!」
楓が慎一郎の腕を引っ張って〈竜海神社〉と北高の間を結ぶ森の中の道へと進んでいく。そのあまりの密着具合と、いい香りと、そして少しだけ感じる腕の柔らかな感触に慎一郎はなすがままにされるのであった。
この日、一月一日は決戦前最後の休暇とし、慎一郎を筆頭とした〈竜王部〉の面々は準備の最終段階に入った。
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