運命のカウントダウン7
「3!」
「2!」
「1!」
「ゼロー!!」
聖歴2027年1月1日(金)
カウントダウンがゼロを迎えると同時に生徒達の歓声が上がり、それをかき消すかのように森の向こうで花火が打ち上げられた。新年の訪れだ。
それを見入っていた生徒達は少し遅れて思い出したかのように口々に新年の挨拶をする。
「明けましておめでとう!」
「おめでとう!」
「今年もよろしくね!」
その場にいる者同士、知っているものとも知らないものとも――いや、この狭い敷地内で半年以上生活している彼らにとってもはや知らないものなどは存在しなかった――口々に新年の挨拶と、無事に新年を迎えられたことについて喜んでいる。
ここは〈竜海神社〉。封印内唯一の神社である。
新年を迎えるということで考えることは皆同じらしく、お世辞にも広いとは言えない境内には結構な数の生徒達が集まっている。拝殿前にも社務所の前にもすでに多くの生徒達が行列を作っている。
『何をしておる! わしらもこの祭りに参加するぞ!』
「祭りじゃないんだけどなぁ……」
日本に来て初めての年明けにたいそう興奮したメリュジーヌは、普段であればもう布団に入っているはずの慎一郎を無理やり連れ出して〈竜海神社〉にやってきた。
拝殿への行列に並び、少し待っていると列が動いてやがて前に並んでいた生徒が立ち去った。
『わしらの番じゃ。早う!』
「はいはい」
急かされるように賽銭箱の前まで行くと、財布の中を確認する。賽銭箱には『日本円の投入はご遠慮ください』と書かれているので、手持ちの北高円を入れることにした。
(えっと……いくら入れようかな)
財布の中身と相談しながら考える慎一郎。と、その時であった。
『何をケチケチしておるか! 全部入れれば良かろう!』
興奮気味の声がしたかと思うと、慎一郎が中身を探っていた財布が突然ふわりと浮かび上がった。メリュジーヌが不可視の腕で財布を取り上げたのだ。
「あっ、やめ……!」
慎一郎が止める間もなく、財布は賽銭箱の真上まで移動してくるりと回る。
開かれた小銭入れからぼろぼろ落ちる小銭。ご丁寧に数回振って入れ残しがないようにしている。
『これも入れてしまえ!』
「ああっ、それは……!」
慎一郎が手を伸ばすも時すでに遅し。財布の中に入っていた紙幣が賽銭箱にはらりと落ち、そしてとどめとばかりに財布そのものも賽銭箱に吸い込まれてしまった。
『ふむ。これでよし。入れた金額が多いほど願いも叶うのじゃどう? ならばこの大舞台の直前、全財産を入れぬ手はないということじゃ。うう? どうしたシンイチロウ?』
胸を張るメリュジーヌに対してがっくりうなだれる慎一郎。
「……もういい」
まさか入れてしまったものを返せとも言えない。後ろに並んでいる生徒達の視線も気になるので慌てて目の前の鐘を鳴らし、手を叩く。
(目の前の敵を倒せますように。みんなでまた無事に元の生活に戻れますように……)
それは慎一郎の偽りのない願いであった。
『それで、そなたは何を願ったのじゃ? ユキナか? ユキナのことか?』
お詣りをした後、おまもりでも買おうと社務所前の行列に並ぶとメリュジーヌが目を輝かせながら聞いてきた。歴史に名高い竜王様もすっかり現代高校生のノリに毒されてこのザマである。
慎一郎は大きくため息をついてメリュジーヌのアバターを見る。
「おまえなあ。そういうのは人に言わないもんだぞ」
『そうなのか? わしはラーメンとステーキとチャーハンと寿司と牛丼と……』
「ああ、もういいからおとなしく並べ」
慎一郎がたしなめるが、メリュジーヌは願い事とした挙げたであろう食べたい食べ物のリストを延々と喋り続けいる。
『ユキナか? ユキナのことか?』
メリュジーヌの先ほどの言葉に、つい自分の唇を触ってしまう。
あの日以来、結希奈とはほとんど顔を合わせていない。数日に一度ごとにある〈竜王部〉ミーティングでは顔を合わせるが、そこでは事務的な報告や進捗状況の確認などが主で、あまり立ち入った話をする状況ではなかったし、それ以外はメリュジーヌがつきっきりでヴァースキ戦の対策をしているからだ。
あれからもう半月近く経つが、今ではあれは夢だったのではないかと思えてしまうほどだ。
自分でもこんな気持ちは良くないと、煩悩を振り払うがごとく特訓に没頭して結希奈と顔を合わせることがどんどん減っていってしまっていた。
『シンイチロウよ』
(そういえば除夜の鐘はお寺だったか。それで聞こえないんだな……)
毎年聞こえていたはずのそれが聞こえていなかったことに今更ながら気がついた。
『シンイチロウ、シンイチロウ!』
「……! 悪い、考え事してた。どうした?」
『どうしたではない。前が空いたぞ、そなたの番じゃ』
メリュジーヌのアバターが慎一郎をのぞき込んでいるその向こうではおみくじやおまもりなどを売っている社務所がある。
慎一郎はそこまで行くと目の前の棚にずらりと並べられているおまもりを見てどれにしようかと一瞬悩み、
「この安全祈願と、必勝のおまもりを」
「せんはっぴゃくえん、おおさめください」
舌っ足らずな聞き覚えのある声に頭を上げると、そこにはいつもの巫女服姿の幼女、巽がいた。彼女はもとはこの〈竜海神社〉に住み込みで働く巫女だ。
「巽さん」
「はい、たつみです。あけましておめでとうございます」
にこりと微笑む巽に思わず釣られて笑顔になる慎一郎。巽はこの姿になってからずいぶん表情が柔らかくなったように思える。
「巽さん、ここにいたんですね。夜遅くに大変でしょう?」
「いえ、まいとしのことですので。これでもれいねんより、ひとはすくないんですよ」
生徒達でごった返す〈竜海神社〉だが、例年はこれよりもっと混雑するという。
「それに、みなさんてつだってくれますから」
巽はそういうと社務所の中を見渡した。見ると、そこには何人かの巫女姿の女性が働いていた。彼女たちは奥からお守りを持ってきたり、巽と同じようにおまもりを売ったり、せわしなく働いている。
「そうだったんですね。あ、こんな所で話し込んでいたら迷惑ですからおれ、いきますね」
「はい、せんはっぴゃくえんです」
おまもりの代金を払おうと懐に手を伸ばしたところで思い出した。慎一郎の財布は先ほど、メリュジーヌが中身ごと賽銭箱の中に入れてきてしまったのだ。
「あ、お金がない……」
喧騒の中、小さな声でつぶやいただけだったのだが、巽の耳には届いたようだ。
「では、これはわたしからの、おくりものということで」
「そんな、悪いです!」
さすがにそれは申し訳ないと断る慎一郎に対し、巽の表情が少し曇ったように感じた。
「いえ、わるいのはわたしのほうです。ほんらいならば、みなさんをまもるたちばにありながら、すべてまかせきりになってしまった、せめてものつみほろぼしです。それに――」
巽は少しはにかんだような顔をした。それは見た目相応のとてもかわいらしい笑顔だった。
「ここは、わたしをまつっているじんじゃですよ。バチはあたりません」
「でも……」
『シンイチロウ、人の好意は無碍にするものではないぞ』
メリュジーヌのアドバイスに慎一郎は頷いた
「そうだな。じゃあ、ありがたく受け取ります」
「はい、ありがとうございます」
慎一郎はお守りを受け取り、人混みをかき分けながらその場を後にした。
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