運命のカウントダウン5
聖歴2026年12月18日(金)
翌朝、慎一郎とメリュジーヌは体育館跡地に立っていた。
ここは先の戦いでこよりが体育館をゴーレム化して動かしたので、今は完全な更地になっている。畑にせずにこのまま残されているのはこうして訓練することを見越してのことである。
『今日からヴァースキ戦を想定したより実戦的な訓練を行うことにする』
慎一郎から十メートルほど離れた位置に向かい合うように立ったメリュジーヌのアバターは、目を閉じて精神を集中したようなしぐさをすると、直後、大きく目を見開いた。
メリュジーヌのアバターがまばゆく輝いたかと思うと、そのシルエットはみるみる大きくなり、山のように巨大な姿になった。
「うわっ……!」
突然のことに驚き、思わず一歩後ずさってしまった慎一郎。
それも仕方がない。慎一郎の眼前に突然現れたのは漆黒のドラゴン――ヴァースキそのものだったからだ。
ただし、その姿はつい三日前に激戦を繰り広げたドラゴンゾンビのものとは若干異なる。
それは、メリュジーヌがかつて討伐したときの千年前の姿、ヴァースキの全盛時の姿だったからだ。
黒いドラゴンは首をもたげて慎一郎に話しかけた。
『ドラゴン特有の動きに対処できるようにしろ』
「わ、わかった……」
もちろん、そのヴァースキはメリュジーヌの作りだした〈念話〉による立体映像でしかないのだが、わかっていても全身から冷たい汗が流れ落ちてくるのがわかる。
慎一郎の腰に差されていた片手剣のうち、四本がふわりと浮かんで立体映像の中に吸い込まれていった。ドラゴンの動きに合わせて剣による攻撃を加えるのだろう。立体映像だと甘く見ていると酷い目に遭う。
慎一郎は左手で剣を抜き、残りの三本はふわりと浮かび上がった。〈エクスカリバーⅢ〉は今全てが姫子の元でメンテナンスを受けているので、今使っているのは剣術部に借りた市販の剣だ。〈エクスカリバーⅢ〉は軽いので、少し柄を削って重さを調整してある。
『気を抜くな。行くぞ』
「おう!」
慎一郎が構え、黒いドラゴンが大きく咆吼した、その時である。
「ひ、ひぃっ……!」
悲鳴をした方を振り返ると、少し太めの男子生徒が尻餅をついて真っ青な顔をしながらこちらを見ているのがわかった。周囲には何かを運んでいたのだろう、大きめのダンボール箱が何個か落ちている。
「ど、ドラゴンだぁーっ……!」
男子生徒――おそらく生徒会の平良という一年生だ――は一目散に逃げ出していった。
「あ……」
『むう、しまった……』
寒風吹きすさぶ師走の朝、更地に佇む片腕の学生服と黒いドラゴンの立体映像。立体映像は余人には見えないはずだったが、先のヴァースキとの戦いにおいてメリュジーヌの指示を参加者に行き届かせるために〈念話番号〉を交換していたのをすっかり忘れていた。
以降、慎一郎が仮想ヴァースキと模擬戦をするときは事前に校内放送でアナウンスすることが義務づけられたのであった。
この日以降、部員達は各々独自の行動を起こし始めた。
慎一郎はメリュジーヌとつきっきりで仮想ヴァースキとの模擬戦を繰り返した。
結希奈は生徒会室にその拠点を移し、菊池より最新の黒魔法、白魔法のレクチャーを受けている。
こよりはどういうわけかランニングと筋トレを始めた。もちろん、培養中の〈副脳〉の面倒も忘れてはいない。
楓は再び巽の師事を受け、より強力な弓術の技を身につけようとしている。
そして姫子は連日、日が暮れるまで炉の前で鋼を叩き続けている。
戦いのための準備を進めているのは〈竜王部〉だけではない。
他の部もそれぞれの活動に支障のない範囲での協力を求められた。
とある部は先日のヴァースキ戦で使用された耐闇のマントのバージョンアップ版を作成していたし、別の部は効率の良い回復薬や各種能力アップのアイテムの作成に取り組んでいる。そうでない部でも”バッチスペル”の生産に協力したり、地下迷宮に入る部はそこで入手できる鉱石や宝石を惜しみなく拠出した。
そうして一日、また一日と運命の日へのカウントダウンは刻まれていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます