運命のカウントダウン4

「ヴァースキの討伐に行く」

 という慎一郎の宣言にメリュジーヌは

『お主がそうするのであればわしはどこまでも一緒に行く』

 だったし、楓は

「もちろん私も一緒に行きます!」

 だったし、こよりは

「あれ、まだ決まってなかったっけ」

 だったりと三者三様であったが、反対意見は皆無だった。


 菊池と共に地下迷宮最深部へ向かうのは約一ヶ月後となる一月十五日と決まった。翌十六日に結界を解除すると、時計は一気に遡り、は五月十六日の午前零時頃になる予定だ。


 その日から早速その日に向けての準備が始まった。具体的には各自のより一層の成長とマジックアイテムの作成である。


 その日の昼頃、部員達に生徒会長である菊池一から呼び出しがかかった。珍しいことに姫子も名指しで来るようにとのことである。

 姫子は慎一郎の宣言の直後に無言で部室を出て行き、その後延々と鉄を鍛える音を中庭で響かせていた所に呼び出されたのでたいそう不機嫌だ。もっとも、それを表に出して言うほどの度胸を彼女は持ち合わせていなかっただろう。


「集まったようだな」

 生徒会室で慎一郎達をひとり招き入れた菊池は全員が揃っていることを確認すると机の引き出しを開けて何事かごそごそと弄り始めた。

 すると鈍い音がしたかと思うと部屋の壁がそこに置いてある本棚と共に大きく動き出した。その向こうから半地下になった隠し部屋が現れた。


「入ってくれたまえ」

 菊池に案内されるまま、隠し部屋に入る一同。




 そこは薄暗い部屋だった。

 教室を半分にして使っている生徒会室のさらに半分ほどしかないその狭い部屋は暖色の薄暗いクリスタルからもたらされる光で薄く照らされており、まるで夕暮れ時の教室みたいな雰囲気を思い出させる。


 しかし部屋の中に置いてあるものは黒板や教卓、学習机などではなく、壁一面に飾り付けられた剣や盾、斧といった武器防具に水晶玉や紋章エンブレム、護符などのマジックアイテム、ネックレスや腕輪、イヤリングなどのおそらく魔法のアクセサリ、それに何に使うのかよくわからないガラスのシリンダーや謎の配線など、雑多な物が置かれていた。


「なんですか、ここ?」

 部屋の中を見渡しながら結希奈が言った。


「ここは通称”宝物庫”。君たちが〈ネメシス〉に行くと決めたときに開けることになっている部屋だ。この部屋にあるものはなんでも自由に使っていい」


「ま、マジですか……!?」

 声のした方を振り返ると、一番後ろから着いてきたと思われる姫子がこれまでのよどんだ目とは別人と思えるほどに目を輝かせて部屋の中を見渡していた。


「おお、これは伝説に出てくるあの名剣……!」とか、「これはかの名工による作品……!」とか、よだれを垂らしながら壁に掛けられている武器に見入っている。


「こ、これを……!」

 姫子は普段の運動音痴ぶりが嘘だったかのようにまるで瞬間移動したかのように菊池のもとへ詰め寄ると、壁に掛けられている一本の剣を指さした。


 その剣は派手な装飾こそされていないものの、まるで油が染み出しているようなほど鈍く輝く白銀の刀身をもつ一振りの日本刀。


「さすが、いい目をしている。その剣は無名ではあるがかの剣豪宮本武蔵が生涯手放さなかったという逸品で……」

「これを溶かして新しい剣に鍛え直してもいい? いいですか? いいでよよね?」


「は……?」


 姫子は菊池の両手を掴んで今にも押し倒さんとばかりに詰め寄っているが、それ以外の部員達はその発言にドン引きだ。


『ヒメコよ、お主何を言って……』

 いち早く衝撃から回復したメリュジーヌが正論を吐く。が――


「もちろん、構わない」


『なぬ? み、ミズチよ、お主も何を言って……』

「陛下」

 菊池がメリュジーヌのアバターを見る。


「私は自由に使っていいと先ほど言いました。ここに外崎君がいることを承知のうえでです。つまり、そういうことなのです」

『なるほど……。この武器だけではなく、この水晶玉も、この紋章エンブレムも、この外套も、さらにそこのクリスタルも、全て歴史ある文化財というわけか』


「どういうこと……なんですか?」

 慎一郎の問いにメリュジーヌが答える。


『つまり、これまでお主ら人類が築き上げてきた歴史や文化、全てを使ってでも〈ネメシス〉を止めろ。そういうことじゃ。なるほど。竜王メリュジーヌを異星に送るとはそういうことか』


「はい。ありとあらゆる手段を使ってでも私たちは〈ネメシス〉の地球接近を食い止めねばなりません。そこに『歴史ある遺物だから』とか、『希少なものだから』という例外は一切通用しないのです」


「じゃ、じゃあ……!」

 興奮冷めやまぬ姫子が菊池にさらに詰め寄った。


「あの剣もこっちのも、あっちのよさげなのも、全部使っていいってコト……!?」

「もちろんだ。せいぜい、腕によりを掛けて最強の一本……いや、何本でも作ってくれたまえ」


「…………!!」

 姫子は興奮のあまり、そのまま鼻血を出して失神してしまった。倒れる姫子をそっと抱きとめる菊池。


『なるほど。理解した。しかしモノをただ見せられても困る。目録を作れ』

「ただちに」

 菊池は主に頭を下げると、改めて部員達に向き直った。


「このあと、この部屋は開けておく。〈竜王部〉の君たちはいつでも立ち入ってくれて構わない。早速旅立ちの準備を……」


「あ……そうだったんだ……」

 その声は決して大きなものではなかったが、狭い部屋の中で全員の耳に届いた。


 皆が声の主――こよりの方を見た。

「わたしが北高ここに呼ばれた理由、これだったんだね」

 こよりは部屋の棚に置かれている用途不明のガラス容器に手を添えた。


 両手で抱えるほどの大きなガラス容器で、中には何も入っていない。上部に色とりどりのパイプやらケーブルやらがつけられていて、奥の方へ伸びているのがわかる。

 それが、四個。


「なんですか、それ?」

 楓の問いにこよりは容器のひとつを優しく撫でながら答えた。

「〈副脳〉の培養装置。私の防衛省での研究テーマは〈副脳〉の生成方法についてなのよ」


「と、いうことは……これでこよりちゃんはあたし達の〈副脳〉を作れるってこと?」

「いや、でも結希奈。〈副脳〉を作るのには最低十年かかるんじゃなかったっけ?」


 現代日本ではほぼ全ての子供が生まれたときに〈副脳〉の作成を始める。〈副脳〉の成長は人間のそれと全く同じで、ある程度成長するまでは使用することができない。実用に足るまでの成長期間はおよそ十年と言われており、マージンを取って日本では十三歳頃に〈副脳〉をプレゼントする親が多い。


 つまり、今から〈副脳〉を作り始めても最低十年かかるはずなのだが――


「いや、忘れないで欲しい。この北高は僕の魔法によって外の世界よりも早く時間が流れている。この棚の中の時間を千五百倍にすれば習熟期間を含めて時間的には十分間に合う」


『待て、ミズチよ。〈副脳〉をそれぞれ二個ずつに増やして、子供達に影響はないのか?』

 メリュジーヌの生きていた時代に〈副脳〉は存在しなかった。その懸念は当然だろう。


 その疑問にこよりが答えた。

「大丈夫。近年の研究では二個程度なら全く問題ないことがわかってるから。各国の軍隊には四個、六個と装備する部隊もあるわ」


『ふむ、わかった。コヨリがそう言うのであればそうなのじゃろう』

 メリュジーヌが納得したのを確認して、こよりは部屋の中を見渡す。仲間たちに異論がないことを確認する。


「じゃあ、わたしはさっそくみんなの〈副脳〉作成を始めるわね。悪いけど、髪の毛を一本ずつ提供してもらえるかしら? 会長さん、手伝いを」

「心得た」

「あと、もうひとつ提案があるんですけど……」

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