運命のカウントダウン3
聖歴2026年12月17日(木)
夜もまだ明けきらぬ――といってもこの季節の夜明けは遅いので、そう非常識な時間ではない――うちから部室の外で聞き慣れた音がしているのに気づき、弓道部部長は他の部員達と雑魚寝している弓道部の部室から抜け出してすぐ隣にある練習場に顔を出した。
カッ、カッと一定間隔で聞こえる音は放たれた弓が三十メートルく離れた場所に設置してあるマトに矢が突き刺さっていく音である。
「……………………!」
それを見てまだ半分寝ていた部長の目は一気に覚醒した。一瞬、まだ寝ぼけているのかと思ったが、何度目を擦ってもその光景に間違いはない。
横にずらりと並んでいるマトの中央全てに等しく矢が突き刺さっていたからだ。
それだけではない。
新しく射られた矢はマトに突き刺さっている矢の矢尻に命中したかと思うと、矢を縦に真っ二つに切り裂いて今し方刺さっていた矢を押しのけ、寸分違わぬ場所に刺さってたのだ。
それを一歩も動かずに全てのマトに対して淡々と行う。何の感慨もなく、当たり前のように。
部長は生唾を飲み込んだ。もともと才能のある後輩だと思っていたが、ここまでだったとは……。
長い髪を後ろで束ね、弓道着を正しく着用して背筋を伸ばし、矢を射続ける楓の姿に部長は見とれていた。
「部長」
そうしてそのまま楓がマトの端から端まで矢を当て続けるのを二周ほど繰り返したあと、矢が切れたのか、練習を終えた楓が部長の姿を認めて話しかけてきた時になって初めて部長は我に返った。
「お……おう。今井」
部長は内心ドキドキしながら何もない風に装って右手を挙げた。
「ずいぶん早いな」
部長の問いに、楓は今まで使っていた弓を棚に戻しながら答えた。
「はい。考えがまとまったらなんか目が早く覚めちゃって」
「へぇ。そうなんだ。浅村くんのこと、もう吹っ切れたんだ」
「え?」
「え? だから、浅村くんのこと、諦めがついたんでしょ?」
「どうしてそうなるんですか?」
「え? でも今、そう言ったじゃない」
「言ってませんよ。だって私、浅村くんのことまだ諦めるとか、そういうんじゃないし」
「……? どういうこと?」
楓は近くに掛けてあったタオルを取りだして今の練習で流れた汗を拭く。黄色い柄物のタオルは楓が封印前に家から持ってきていたお気に入りのものだ。
「私、わかったんです。浅村くんのこと、好きかどうかわからないんじゃなくて、まだ本気じゃなかったんだってことに」
「は……?」
「だから私、自分で自分が本気だって納得がいくまでアタックするつもりです!」
「え……? ちょっと今井、何言ってんの……?」
部長の困惑をよそに、楓は満面の笑みで部室の方へと歩いて行く。
「あ、部長。シャワー室使いますね」
「お、おう……」
部長をその場に置き去りにして、楓は鼻歌で部室の中へと入っていった。
「あ、相変わらず何考えてるかわからんお嬢様だ……」
部長はそうつぶやくと校舎のある方を見た。ここから〈竜王部〉部室のある旧校舎を見ることができないが、多分あの辺りにくだんの『浅村くん』がいるのだろう。
部長は薄く笑うと、大あくびをして自分も部室へと戻っていった。楓とは異なり、もう一眠りするつもりだ。部室の中にはようやく登り始めた朝日が差し込み、シャワー室からの楓の鼻歌とまだ夢の中にいる部員達の寝息が聞こえてくる。
「大変かもしれないが……せいぜいうちのお嬢様のこと、よろしく頼むよ、浅村君」
そう言って部長は自分の布団に潜り込んで数秒後には再び夢の世界の住人に戻っていった。
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