封印の秘密4
『ここまでの話を一旦まとめるとするか』
メリュジーヌのアバターは部室の机にぴょこんと飛び乗り、その濃緑の瞳で部室内を睥睨した。その迫力に驚いたのか、姫子がカーテンの影に隠れてしまった。
『まず、〈ネメシス〉の接近による災厄を食い止める必要がある。最接近により、これまで以上の敵が押し寄せる可能性があるが、それより前にわしが乗り込み、これを倒さねばならぬ』
「でも、ドラゴンを〈ネメシス〉に送り出すことはできないから、慎一郎がジーヌの〈竜石〉を持って〈ネメシス〉まで行かなきゃいけないのね」
『そうじゃ、ユキナよ。しかしそのままでは危険だから時間の流れを変えてシンイチロウとそなたらを戦力となるように育成した』
「そのために北高全体を外の世界と隔離して時間の流れが速く進むようにしたわけか。それが北高の封印……うーん……」
『どうした、コヨリ?』
「ううん。話が大きすぎてまだよく飲み込めてないだけ。多分わたしは浅村くん達を守るためにここに派遣されたんだね……」
『しかしミズチよ。ここまでの話で抜けている要素があるぞ。ヴァースキじゃ』
「そうだ、ヴァースキ……。あれもおれ達を育てるための障害だったというんですか? それで斉彬さんは……」
慎一郎の言葉にこよりが少しだけ悲しそうな顔をしたが、それでも慎一郎は言った。聞かなければならないことだったからだ
「いや……。ヴァースキの出現は完全にイレギュラーだった。僕としても何故、あれがここに現れたのかわからない」
『ふむ……となるとその件をここで話しても仕方あるまい。問題はヴァースキに勝てるかどうかじゃが……』
メリュジーヌのことばをこよりが継いだ。
「そうね……。次戦うにしても相手の待ち構えているところに行くわけだから、重力の魔法みたいな罠も張れないし、みんなの協力を仰ぐこともできない」
「そうやって考えてみると、昨日の戦いってギリギリだったのね……」
『いや、そなたらはよくやったぞ、ユキナよ。誇ってもよい』
「うん……」
そう言われたが、結希奈の表情は曇ったままだ。
部室を重い空気が立ちこめる。イブリースは助けたい。メリュジーヌの〈竜石〉も取り戻さなければならない。
しかし、それができるかどうかはわからないのだ。失敗したときに待ち構えているのは『死』だ。
『それで――』
沈黙を破るのはいつもメリュジーヌだ。
『ミズチよ、そなたは勝算もなしに正面から当たって砕けろというタイプではなかろう? 策を述べよ』
その言葉に菊池はふっと笑った。今日、菊池がここにやってきてから初めての笑顔かもしれない。
「さすがは竜王陛下。全てお見通しですか」
『世辞はよい。わしとて全てを見通せるわけではない。そなたが何を考えているかまではわからぬ。申せ』
「ヴァースキ戦には僕も参加します。それに加えて――」
そこで明かされた菊池の――ミズチの策はメリュジーヌをも唸らせるものであった。
「浅村くん達にはさらに成長を求めます。ヴァースキはもちろん、〈ネメシス〉の軍勢にも引けを取らない、竜王と共に戦う仲間にふさわしい……人を超えるレベルにまで」
「人を超える……!?」
慎一郎の反芻に菊池が頷く。
「そうだ。ヴァースキ程度倒せなければ、とてもこの世界は救えない」
「ちょ、ちょっと待ってください! ヴァースキは三日以内に来いって言ってるんですよ? 成長を求めるだなんて、そんな悠長な……! それに慎一郎は大怪我をしているんですよ!」
結希奈の反論に菊池は同じない。彼はあくまで今までの鉄面皮を崩すことなく、
「高橋君の懸念はもっともだ。しかし、そこは対策を練ってある」
「対策……?」
「封印の大きさを調節し、ヴァースキの待つ地下迷宮の最深部はすでにその外部に出してある」
「ということはつまり……」
「ヴァースキがいるのは外の世界――ここよりも時間が三十倍遅く流れる世界だ。僕たちが封印の外に出てヴァースキのもとに向かう時間を考慮しても三十日程度の猶予がある」
『なるほど。それがそなたの策か。で、そこまでして勝算は?』
メリュジーヌの問いに菊池は正面から答えた。
「百パーセント」
『ふっ、言ってくれる。そなたは大言壮語をするような奴ではないからな、信じよう』
「ありがとうございます、陛下」
頭を下げる菊池の言葉をメリュジーヌが遮った。
『じゃが――』
メリュジーヌは慎一郎を見た。続いて結希奈を、こよりを、そして楓を。姫子はカーテンの向こうで姿が見えなかった。
『子供らよ、決めるのはそなたらじゃ。戦うも逃げるもわしは全てを肯定する。そして、わしは誓おう。そなたらと運命をともにすると』
メリュジーヌはもう一度一同を見渡し、そして最後にミズチを見た。
『それで良いな、ミズチ?』
「もちろんです、陛下。ただし、時間は有限です。決断はお早めに」
そして〈十剣〉ミズチはその場を辞していき、そこには決断を託された少年少女が残された。
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