北高の一番長い日11

 炭谷豊の目的は徹頭徹尾、メリュジーヌと戦って殺すことだ。しかしその図式に持っていくためには障害が多すぎた。

 だが、今ようやく最も大きな障害を取り除くことができた。竜王が身体を宿すあのゴミ虫にんげんさえ殺してしまえばいくらメリュジーヌといえど出てこざるを得ない。


 あとはとどめを刺すだけだ。炭谷は勝利を確信した。もとよりこんなゴミ虫にんげんなど、何百匹集まったところで万物の霊長たるドラゴンに勝てるはずもないのだ。


「やれ!」

 横たわる慎一郎と、治療する結希奈、そしてその傍らの〈副脳〉に入るメリュジーヌを飲み込もうとヴァースキが巨大な口を開けた。


「やらせない!」

 ヴァースキの背後で瓦礫が組み上がっていく。蟻塚のように高く積み重なっていく瓦礫の山の先端が五つに分かれ、それは腕の形になった。


 かつてプールであった腕だけのゴーレムは、拳を握るとぐっと力を入れた。

 高さ五メートルほどもある巨大な拳は、瓦礫としての質量をそのまま攻撃力として暗黒竜にたたきつけた。


 その攻撃力をすべてドラゴンにたたきつけたゴーレムの腕はすぐに元の瓦礫に戻ったが、ヴァースキの気を逸らすことには成功した。

 こよりはすかさず次の腕を構築する。


「もういっちょう!」

 新しく作られた腕が再びドラゴンを殴る。最初から壊れることを前提にした作りになっているために、その再生速度は速い。


 ヴァースキが苛立ちの声を上げる。しかし瓦礫の上の錬金術師は小揺るぎもしない。

「怒ってるのは、こっちなんだからぁーっ!」

 こよりは生成する腕を二本に増やし、ワンツーの要領で次々と腕を作り出しては殴りかかる。


 ヴァースキはまず目の前のこの鬱陶しいゴミ虫にんげんを潰そうとこよりの方へ歩を進めた。

 しかし、それこそがこよりと、本校舎の屋上でその瞬間を待ち構えていた生徒達の狙い通りだった。


「撃て――っ!」

 そのかけ声の数瞬後に質量を伴った光る矢がヴァースキの左側面に降り注いだ。弓道部がここぞという時のためにとっておいた、実体としての矢である。彼女たちはこれに光の矢の魔法を組み合わせて、物理的、魔法的なダメージをヴァースキに与える。


 瓦礫のゴーレムのパンチよりも数段威力のあるその攻撃にヴァースキは弓道部員たちのいる本校舎を睨む。


 まさにそれを狙っていたかのように、遅れて射られたまるで閃光のような矢が軌道を微調整しながらヴァースキの顔面に命中した。

 その威力に悶え苦しむヴァースキ。


「やったぁ!」

 本校舎の屋上で楓は小さくガッツポーズをした。そのまま第二射の準備に入る。

 このまま、魔力が尽きて意識を失うまで矢を射続ける。

 思い人を守るために少女は決意を新たにして意識を集中させた。


「五の矢『疾風迅雷』!」




「釣られやがって、バカが!」

 炭谷はゴミ虫にんげんどもにまんまと乗せられたヴァースキに憤慨した。


 しかしまだ自分は無傷でこうして立っている。対する竜王の依り代は意識もなく横たわっているではないか。

 炭谷は先ほど慎一郎に投げつけた自分の剣を拾って治療を受けている慎一郎の方へと歩いて行く。自らとどめを刺すために。


 しかし――


「いつまでも助けられっぱなしじゃ剣術部の名が廃る。お前ら、突撃ーっ!」

「おぉーっ!」

 炭谷の前方、部室棟の影から数十人の袴姿の生徒達が現れ、剣を片手に突撃してきた。

 高橋家に避難したはずの剣術部員たちだ。車椅子に乗った秋山が腕を振り回して部員たちを鼓舞している。


「ちっ、剣術部の雑魚どもが……!」

 剣術部員たちの攻撃を冷静に受け流し、返す刀で反撃を試みる。

 が、剣術部員たちはそれをひらりと躱す。炭谷を倒すことよりも、回避に重点を置いた戦い方だ。


「うぜぇ!」

 炭谷は苦し紛れに剣を振り回す。剣術部員たちはそれをぎりぎり躱せる距離をとっている。くしくもそれは、彼らの記憶からは消えてしまった”鬼”と戦ったときに採った戦法と同じだ。


「散開!」

 そうして少し経った頃、後方で指揮を出していた車椅子の秋山がそう叫んだかと思うと、剣術部員たちが一斉に距離を取った。


「何っ!?」

 距離を取った剣術部員たちの後ろにずらりと並んだコボルト達の姿が見えた。

「浅村殿を守るっす!」


 ゴンが言うと、コボルト達が一斉に複雑な魔法陣が描かれた紙をかざした。

「全員、発射っす!」

 その合図でコボルト達が口々に「炎よ!」と魔法陣を発動させた。


「ぐはっ!」

 次々命中する魔法の球に思わず防御態勢を取る炭谷。


「撃って撃って撃ちまくるっす! 全部使い切るつもりっす!」

 その宣言通り、次から次へと魔法を打ち出していく。


「ぐっ。この……クソ犬どもが……!」

 炭谷は悪態をつくが、魔法の連続攻撃により、炭谷は防御の構えのまま動くことができない。


 しかし、永遠などあり得ないのと同じように、コボルト達の魔法攻撃も永遠には続かない。

 魔法の弾数は目に見えて減っていき、やがてコボルト達の魔法攻撃は完全に止まった。


 敵の弾切れを見逃すような炭谷ではない。防御の構えをとくと、すこしだけ出血をしている顔をゆがめて笑った。

「ぶっ殺してやる」


 そして最初の一歩――あるいは二、三歩めだったかもしれない――踏み出したときにそれは襲いかかってきた。


「突撃!」

 炭谷の死角から突撃してきた多数の男子生徒達。それまで攻めあぐねていた陸戦隊の男子生徒達だ。


「ザコは寄ってたかってもザコなんだよぉ!」

 炭谷が迫り来る男子生徒達を迎え撃つために彼らの方を向いたその時だった。


「…………!!」

 炭谷は何かに足を取られて転倒した。


 いや、何かに足を取られたのではない。炭谷の足首を小さな手が掴んでいたのだ。

 炭谷は気づいていなかった。そこまで、巫女服を血で真っ赤に染めた小さな少女が這ってきていることに。


「ふふ……。ゆだん……なさいましたな……」

 血の気を失った真っ青な顔で小さな巽が薄く微笑んだ。


「この、死に損ない……うぐっ!」

 その時、倒れた炭谷の上に男子生徒達が殺到した。男子生徒としては小柄な部類の炭谷は、その体重差に抗うことはできない。


「ン……だと! クソ、離しやがれ!」

 腐った地面の上で炭谷は地面の上でもがくが、複数の柔道部員たちによってがっちりと手足を固められて動くことができない。


 さしもの竜人であっても、人の身体をしている以上、その束縛から逃れることはできなかった。

 大柄な柔道家たちの前に炭谷は先ほどのヴァースキと同じように容赦なく締め上げられた。


 何のことはない。炭谷もヴァースキと同じく誘い出され、締め上げられたのだ。

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