北高の一番長い日9
『みんな、下がって!』
その場にいる生徒達全員に宛てられた広域の〈念話〉が聞こえたすぐ後、ヴァースキの背後に巨大なシルエットが現れた。
全高約三十メートル、直方体の身体に細長い手足がついた頭のない人型だ。ボディの中央は大きく浅くくぼんでいる。
明らかにプールだ。プールが直立して歩行している。
プールの中央上部、頭部に相当すると場所の金網につかまって顔に魔力線を浮かび上がらせ、こよりが叫んだ。
「いけー、レムちゃん!」
――むももももももももも!
なんとプールゴーレムも叫んだ。
プールはプールサイドを切り離して作られた右手を大きく振りかぶり、力任せに目の前のドラゴンの頭部に振り下ろした。
バゴォーンという大音量がして、プールの右手が粉々に砕け散った。
しかし、右手を代償にした価値はあったようだ。ヴァースキはこの戦いで初めて大きく体勢を崩した。
うなり声を上げながら、ドラゴンは後ろ足で踏ん張る。もとは畑であった大地が大きく抉れた。
暗黒竜はゴーレムの方に向き直り、ゴーレムの右脇腹に噛みついた。
轟音とともにその部分が脆くも崩れ去る。右脇腹を大きくえぐり取られたプールゴーレムだったが、体勢を崩すことはなく、さらに左フックでドラゴンのボディに思いっきりパンチを食らわせる。
『いかん、脆すぎる。あれではヴァースキの足止めはできん!』
メリュジーヌが叫ぶ。そしてそれは現実となった。左フックを食らわせたゴーレムの左手はやはり粉々に砕け散った。耐震構造で設計されている体育館とは異なり、プールでは強度に限界があったのだ。
攻撃手段を失ったとみたドラゴンがすかさずゴーレムに襲いかかる。
飛びかかるドラゴンに対し、ゴーレムはキックで応戦するが、ゴーレムの右足も砕かれ、ゴーレムが倒れる。ドラゴンはその上に馬乗りになる。狙うは操縦者であるこよりだ。
「細川さん、逃げて!」
慎一郎が叫ぶ。しかし 崩壊したプールの上にいるこよりにそれほど慌てた様子は感じられない。
『おまかせを』
その時、先ほどのこよりとは別の声が〈念話〉で聞こえてきた。
ヴァースキが乗った瓦礫と化したプールの中から、何か小さな影が飛び出してきた。影はみるみる大きくなり、巨大なドラゴンに絡みつく。
ヘビだ。頭の先は黒、尾の先端だけが赤く染まっているほかは真っ白な巨大なヘビがヴァースキに絡みついてその身体を締め上げる。
「巽さん……?」
”
ヴァースキの身体が校庭に少し沈むのが見えた。重力の魔法の力は弱まっているが、それがなくなったわけではない。ヴァースキに巽が絡みつくことによりその重みが増してヴァースキの動きを封じ込めようとする考えなのだろう。
『でかした! ヴァースキの動きを止めたぞ!』
ヴァースキが巽の拘束から逃れようと身をよじる。しかし巽はより身体を締め付け、何が何でも離そうとはしない。
ヴァースキの動きが止まった。それまで遠巻きに見守っていた地上部隊が一斉にヴァースキの元へと集まり、攻撃を再開した。それをアシストするようにコボルト達のバッチスペル攻撃や弓道部の遠距離攻撃も再開される。
「結希奈、まだ終わらないのか?」
一方、慎一郎はそこから少し離れた場所で結希奈の治療を受けていた。
「え? もうあらかた終わったけど……」
「そうか、ありがとう。なら……」
慎一郎は立ち上がって自分の身体をチェックする。結希奈の治療のおかげで全身の痛みは消えていた。
鞘に収められていた十本の〈エクスカリバーⅢ〉も確認する。問題ない。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 何するの?」
「何って、戦いに行くんだよ。当たり前だろ?」
「少しは身体を休めなさいよ。今は巽さん達に任せて、少しでも体力を回復させなきゃ」
怪我は回復魔法で回復させることができるが、体力はそうもいかない。先ほど朝食を口にしたが、それらがエネルギーとなって使えるようになるにはまだ少しかかるだろう。
「…………」
慎一郎は無言でじっと仲間たちとドラゴンとの戦いを見つめている。
巽ががっちりとヴァースキの身体を固定して、その周辺で生徒達が攻撃を加えている。このまま攻撃を続けていればいつかヴァースキの体力が尽きて勝てるだろう。
――本当に?
慎一郎の中に、得体の知れない気持ち悪さが残っている。言葉にできない気持ち悪さ。
何か忘れているのではないか。決定的な何かが。
その時、巽に締め上げられているヴァースキの背で何かが動いたような気がした。
「!! しまった!」
その瞬間、慎一郎は全力で駆け出した。走りながら両手と自分の制御下にある四本の〈エクスカリバーⅢ〉を抜剣する。
「ちょっと! どこ行くのよ!」
結希奈の叫び声を置き去りにして、一気にトップスピードに乗る。
「急がないと巽さんが危ない!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます