北高の一番長い日6

「聖なる光よ!」

 ゴンが抱えたノートをヴァースキに向けて叫ぶとノートに描かれた紋様が立体的に浮かびだして複数の光槍となり飛んでいく。


 こよりの開発したバッチスペルは魔力ペンで魔法陣の最後の一ピースを書き加えることでゴンたちコボルトにも簡単に使うことができる優れものだ。

 北高生たちはこの日までに数多くのバッチスペルを用意していた。主に、今は高橋家に避難している戦いに参加しない生徒達によるものである。


 光槍を飛ばして役割を終えた魔法陣は、それが描かれたノートのページごとばらばらに朽ち果てていく。ひとつのノートには数十枚の立体魔法陣が描かれていて、それを使い切ると各々が背負っているカバンから新しいノートを取り出して攻撃を続ける。

 コボルトに与えられた役割はそれだ。


 今は全方向に散らばってダメージを与えつつ、ドラゴンの注意を逸らして近接戦闘を行う生徒達を守る役割も課されている。


「聖なる光よ!」

 再びゴンのノートから光の槍が連続射出され、ノートのページが崩れていく。

 それは最後の一枚だった。ノートは今や表紙と裏表紙だけになったが、ゴンは慌てずそれを鞄の中に入れて、新しいノートを取り出そうとした。


 が、鞄の中に突っ込んだ犬の手は、思ったように新しいノートを掴めなかった。

「…………?」


 不審に思って鞄の中を見る。真夜中の暗闇の中であってもコボルトの目であれば暗くて見えないなどということはなかった。

 見えないのではない。ないのだ。


「あーっ! の、ノートが尽きたっす! 予備がないっす!」

 先ほどまでの凜々しさはどこに行ったのか、頭を抱えてジタバタするゴン。よく見ると、周囲のコボルト達も口々にノートがないと叫んでいる。


 それを近くで怪我人の応急処置に当たっていた瑠璃が見てぼやいた。

「……ったく、犬どもはホントしょうがないんだから。ペースも考えずにばかすか撃つからこうなるんだっつーの。あらかじめ残弾を確認しながら撃てっての」


 そう言いつつも、瑠璃は額に指を当てて〈念話〉をかける。物資が尽きたときの段取りは後方支援の彼女たちにとって必要不可欠なものだ。

「もしもし――」




「わかりました。すぐに確認します」

 念話が切れると、生徒会室のイブリース・ホーヘンベルクはすかさず指示を出した。

 この戦いの頭脳でもある生徒会室はまさに修羅場と言えるべき状況だった。各所からの要求をして取りまとめて一括管理するのが副会長であるイブリースの役割だ。


「平良君。回復ドリンクの材料がつきかけているらしいので、調合の状況がどうなっているかの確認をお願いします」

「えぇーっ!? 僕、今戻ってきたばかりですよ?」

「何か問題でも……?」

「いえ、すぐに行ってきます……」


「ただ今戻りました! コピー用紙の手配をつけてきたので、しばらく紙の問題は解消されたかと。ほかにやることは?」

「そうですね。山野辺さんは……ちょっと待ってください。〈念話〉です」

 戻ってきたばかりの書記を手で制してこめかみに手を当てて〈念話〉に出る。


「もしもし」

 イブリースはこの修羅場であっても表情ひとつ変えず全ての要望を受け、適切に差配してみせていた。それは隣でともに仕事をしている一年生生徒会役員たちにとって心より安心させる存在だ。

 このときも〈念話〉相手の話を顔色ひとつ変えずに受けている。


「はい、はい。わかりました。バッチスペルに関してはまだ在庫があるのですぐに届けさせます。それから、包帯の在庫はまだ足りていますか?」

『そっちは大丈夫よん♡ 包帯が必要そうなダメージを負った生徒は保健室に運んでるからね』

「わかりました。では」

 瑠璃からの〈念話〉が切れたイブリースの眼鏡がキラリと光る。ように見えた。


「平良くん……は、今出したばっかりでした。困りましたね」

「どうかしましたか? 私じゃ問題でも?」

 珍しく表情を崩したイブリースに書記の山野辺が話しかけた。


「前戦のバッチスペルが切れたので新しいのを届けなければならないのですが――」

「あ、なら私がやります!」

 イブリースの言葉を遮るように山野辺が元気よく手を上げた。もう夜も更けてだいぶ経つというのに元気なものだ。


「いや、でもそれは……」

 イブリースが難色を示すのも聞かずに山野辺が生徒会室の隅に積み重ねてあるダンボール箱のうちのひとつを持ち上げようとした。が――


「うぎぎぎぎぎぎ……なにこれ? 超重いんですけど!」

「まあ、紙ですからね」

 ダンボール箱の中にはぎっしりとバッチスペルが書かれたノートが詰まっている。それはとても女子に持てるようなものではない。


「仕方ありません。回復ドリンクの原料よりもバッチスペルの方が優先度が高いので、平良くんを呼び戻すとしましょう」

 イブリースが平良に〈念話〉を掛けようとこめかみに指を当てたときだった。生徒会室の扉が開かれた。


「回復ドリンクの原料の納品を確認してきました。ちょうど行きがけに収獲を終えた人と出くわして……あれ、どうしたんですか?」


 生徒会の女子二人――イブリースと山野辺がじっと自分の方を見てにやりと笑うのを見た平良は、今までの経験上ろくでもないことが起こることを確信した。そして、それを拒否する権限が自分にないということも。


「これ、めちゃくちゃ重いんですけど!」

「男なら黙って持ちなさい! それしか取り柄が無いんだから!」

「酷いなぁ……」

「応援してあげるから! がんばって!」

 文句を言いながらも平良がバッチスペルを前戦に届けていった時に水晶玉と〈念話〉で全体指揮を執っていた菊池がつぶやいた。


「そろそろ交代で休息を取らせるべき時間帯だな。イブリース君」

「はい。すぐに手配をおこないます」

「頼んだ。僕の方は割り振りとそれから、増援の手配も行う」

 菊池は生徒会室の窓から外を見た。すでに東の空は明るくなりつつあり、夜明けが近いことを示していた。

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