北高の一番長い日5

 深夜の暗闇に浮かぶ体育館のシルエットが突然動き出した。


 天井が左右に分かれ、上下に割れた側方の壁部分と一体化して腕になる。基礎のコンクリート部分がせり上がって巨大な身体を支える脚となる。

 人型を成した体育館が立ち上がり、巨大なシルエットがさらに巨大になる。その大きさはヴァースキを凌ぐほどだ。その各部位には立体的に浮かび上がる魔法陣が輝いている。


「行こう、レムちゃん。晴れ舞台だよ」

 術者であるこよりはゴーレムの肩に当たる部分に乗り、ゴーレムを動かすのに必要な魔力を与えている。その顔には緑色に光る線――巨大な魔力を行使するときに浮かび上がる魔力線――が浮かび上がっている。


 ヴァースキの背後に突如として現れたゴーレムは二歩、三歩と歩いて間合いを詰めると、その巨大な拳でヴァースキの背を殴りつけた。

 衝撃とヴァースキの苦悶の叫び声で背に乗っている炭谷が初めてその存在に気がついた。


「なんだと……!? くそっ、ふざけやがって!」

 炭谷が命じ、ヴァースキが振り向こうとしたが、それは慎一郎が許さない。


「お前の相手はおれだ!」

 慎一郎は素早くヴァースキの懐に入り、ドラゴンの脚の付け根に深々と〈エクスカリバーⅢ〉を突き立てた。


 ヴァースキが叫び、痛みに怒れるドラゴンの注意が再び慎一郎に集中する。慎一郎は自分の操る四本の〈浮遊剣〉で牽制を行いながらドラゴンとの間合いを取った。

 その間に体育館ゴーレムがヴァースキに迫る。ヴァースキの背後のゴーレムは丸太よりも数倍太いその尾をコンクリートの巨大な手でむんずと掴んだ。


「フルパワー!」

 こよりが叫ぶと、彼女の顔に浮き出ている魔力線と、ゴーレムの各部位に貼り付けてある立体魔法陣がまばゆく輝いた。この魔法陣はもともと、風紀委員会・剣術部との戦いの時に最後の手段として体育館をゴーレム化させて中の生徒達を守るために貼ったものだったが、そのまま使われなかったものを改良し再利用したのだ。


 ゴーレムが力任せにドラゴンの尾を引く。

 通常であればその行動はドラゴンの身体を後ろに引き寄せるだけでしかないが、三十倍の重力がかかっている現状では異なる。

 ドラゴンの身体からぶちぶちという何かが引き裂かれるような音が断続的に聞こえてくる。


「それはわたしのものよ、返しなさい!」

「な、何ィーっ!!」


 ヴァースキの尾の根元付近のある一点からヴァースキの尾が引きちぎられていく。

 かの暗黒竜が初めてこの地に現れた十月四日以降、斉彬の愛剣〈デュランダルⅡ〉の行方は知られていなかった。


 ヴァースキのブレスによって失われたのかと思われたのだが、そうではなかった。

 尾の根元付近に突き刺さったまま固定されている〈デュランダルⅡ〉が発見されたのはヴァースキが地上に現れた後のことであった。


「こんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」

 ゴーレムの肩に乗るこよりがさらに魔力を込めると、ゴーレムはさらに力を込めてヴァースキの尾を引っ張る。

 斉彬が命がけでつけた傷を、こよりのゴーレムが広げる。

 その傷はみるみる広がり、やがて――


「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」

 炭谷の叫ぶ声もむなしく、一際大きなブチッという音とともに、直径二メートルを超えるであろうヴァースキの尾が引きちぎられた。


「行けぇぇぇぇぇぇ!」

 尾が切れた反動で後ろに倒れていくゴーレムとすれ違うように周囲の生徒達がヴァースキに殺到して傷口に攻撃を仕掛ける。

 傷口を直接抉られる痛みにさしもの暗黒竜も叫び声を上げる。


 一方、尾を引きちぎったゴーレムは転倒の衝撃でほぼその原形を留めないほどに崩壊していた。最後に生みの親であるこよりの身体を衝撃から護り、その役割を終え、崩壊していくゴーレム。


「ありがとう」

 ただの瓦礫に戻りつつある体育館に口づけすると、そこから飛び降りてまっすぐ走り始める。


 向かう先はヴァースキ本体から少し離れた場所。

 そこに尾がちぎれたときに飛ばされたそれが突き刺さったのだ。


 戦場のただ中に突き刺さっているそれに駆け寄るこより。手前までやってくると跪いて、それを優しく抱きしめる。

「やった。取り戻した。取り戻したよ、斉彬くん……!」

 こよりは愛しい人にそうするように斉彬の遺品である〈デュランダルⅡ〉を抱きしめ、静かに涙した。

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