北高の一番長い日4

「やはりあの尾は脅威だな」

 生徒会室で全体の状況を俯瞰できる水晶玉を見ながら菊池がつぶやいた。


「次のステップへ移行する。地上部隊は対象を所定の位置へと誘導。本校舎屋上の生徒達は攻撃準備を。錬金術の準備は?」

『いつでも大丈夫です。タイミングはそちらに任せます』

「了解。錬金術師以外の生徒は行動を開始せよ」


 菊池が次々と指示を出す。菊池は戦闘に参加している全員と〈念話〉で接続しており、必要なときに、必要な生徒にだけ指示を出すことができる。竜人ならではの技といえた。


「バスケ部から三人をヴァースキの左側に移動。コボルトはさらに二人を左側に、それ以外はそのまま攻撃を続けてくれ」

 水晶玉に映し出される光景を見ながらさらに微調整をかける。


『こちら本校舎屋上。攻撃準備整いました』

「では攻撃開始。ヴァースキの左側に集中して攻撃を」

『了解です!』

 快活な声が聞こえた。あれは弓道部の部長だったろうか。


「午前一時時点での結果が出ました。重傷者ゼロ。軽傷者はいずれも即座の回復により戦線に復帰、今のところ脱落者はありません」

「ありがとう、イブリース君」

 情報を取りまとめた副会長に礼を言って、机の上に置かれたマグカップを手に取った。

 その中身はすでに冷えて久しいが、新しいものを入れる余裕は誰にもなかった。


「さて、うまくいくとよいが……」

 生徒会室でもまた別の戦いが繰り広げられていた。




「弓、ひけー!」

 部長の号令で本校舎屋上に並ぶ弓道部員たちが一斉に弦を引く。しかし誰の手にも矢は握られていない。


「矢、よびだせー!」

 次の号令で部員たちが「いでよ、聖なる光の矢!」と口にすると弦を持つ右手と弦を持つ左手の間に光の矢が現れる。


「ねらえー!」

 矢の狙いが一斉に下方に向けられる。その先には尾や首を重そうに振り回す黒いドラゴンの姿。


「撃てー!」

 瞬間、袴姿の女子生徒達の持つ弓から一斉に光の矢が放たれた。


 数ヶ月ぶりに再結集した弓道部員たちであったが、その腕前は衰えることなく、放物線を描いて飛ぶ魔法の矢はまるで吸い込まれるようにヴァースキの左半身へ飛んでいく。


 その中で一際強く輝く一本がある。

 それは他の矢と異なり、飛翔中にもかかわらず微妙に軌道を変えてまっすぐヴァースキの頭を狙って飛んでいた。


 弓道部員たちの放った矢がヴァースキの左半身に次々命中する。鱗に当たって弾かれるものと鱗のない部分に突き刺さってヴァースキに痛みを与えるものが半分くらいか。

 その中で楓の放った矢は狙い通り、ヴァースキの首元、鱗のない部分に命中した。


 ヴァースキが痛みを訴える叫び声を上げるが、三十倍の重力がかかっているために身体はほとんど動かない。それを狙ってすかさず第二射が放たれる


「撃てー!」

 再び放たれた魔法の矢が夜空に美しく輝く。それは地上で戦う者たちにとって希望をもたらす光のシャワーであった。




 弓道部による光のシャワーを浴びながら、ヴァースキが目の前の慎一郎を噛み砕かんと襲いかかってくる。

 慎一郎はこれを冷静に見極め、その攻撃がぎりぎり届かない範囲を見極め、カウンターで斬撃を食らわせる。

 攻撃にヴァースキが顔を引っ込める。先ほどからこれの繰り返しだ。


 そこにメリュジーヌがいるからなのか、最も攻撃力の高い慎一郎を狙っているのか、それともただ単に正面にいるからだけなのかはわからないが、慎一郎にとって緊張の連続ではあったがありがたい状況とも言えた。

 おかげで周囲の生徒達が気兼ねなく攻撃できる。


 再びヴァースキが攻撃してきた。今度は右前足をなぎ払う。

 慎一郎はこれを右にステップして回避し、お返しとばかりに十本の剣でカウンターを与える。


 ヴァースキは間違いなく気づいていないだろうが、今慎一郎たちは暗黒竜をあるポジションに誘導しようとしていた。

 ヴァースキを取り囲む体育会系の部員たちとゴブリンたちはは左に七割、右に三割の割合で布陣し、遠距離からの弓道部の攻撃はドラゴンの左半身に集中している。加えて慎一郎は主に右方向――ヴァースキから見て左方向――のステップで攻撃を回避している。


 


 戦闘開始当初は昇降口の方を向いていた暗黒竜は少しずつ誘導され、当初の位置取りから見て今は真横、部室棟の方を向いている。

 深夜の暗闇の中に闇よりもなお暗い暗黒竜。そしてその後ろに闇の中に沈む巨大な体育館――


「今だ。錬金術起動」

『了解!』

 生徒会室からの指令により、体育館脇で待機していたこよりが事前に準備していた最後のピースを嵌める。


「いくよ」

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