北高の一番長い日3

                     聖歴2026年12月14日(月)


「今だ! 全員突撃!」


 日付が変わる頃、その声とともに周囲から一斉に剣を持った生徒達と、手に分厚いノートを持ったコボルト達が「わぁぁぁぁ」という声とともに走り出してきた。

 バスケ部や陸上部、卓球部などの体育会系の部を中心とした直接攻撃部隊である。彼らは周囲の部室棟や体育館、あるいは畑の中にできた地下迷宮の入り口に身を隠して機会をうかがっていたのだ。


 彼らが手に持つ剣は粗雑な作りではあったが、その全てに神聖属性が付与されており、しっかりとヴァースキにダメージを与えられるものだ。この三日間で鍛冶部の外崎姫子とのさきひめこが四十本用意した。見た目はイマイチだがその性能は属性も加味すれば〈エクスカリバーⅡ〉に匹敵する。


「どりゃあ!」


 周囲からヴァースキの足元に取り付いた運動系の生徒達は手当たり次第にヴァースキに白く輝く剣身を持つ剣をたたきつける。事前に鱗のない場所を狙うようにレクチャーされていたものの、実際に戦いの場に立った彼らは興奮してそのようなことはすっかり忘れてしまい、手当たり次第に剣をたたきつける。

 竜の強固な鱗に攻撃を阻まれた者、うまく攻撃を当てることができた者。その割合は七対三といったところだろうか。


 それよりも効果的に動いていたのはコボルト達だ。

 コボルトの一匹がノートを開いてそこに描かれた魔法陣をヴァースキの方に向けて叫んだ。


「炎よ!」

 ノートからは立体的な魔法陣が現れ、あらかじめ設定された魔法が順序に従って連続起動する。こよりの作ったバッチスペル。ここに描かれていたのは炎の魔法の連続発射だ。


 威力こそ結希奈の炎の魔法に劣るものの、コボルト村から応援に駆けつけたゴンをはじめとするコボルト戦士たち全員が一斉に炎の魔法を連続発射されたのではさすがの暗黒竜も無視してはいられない。


「くそっ、鬱陶しいウジ虫どもだ」

 ヴァースキの背で超重力に耐える炭谷が忌々しげに漏らす。


「ならこれでも食らいやがれ!」

 その瞬間、その場にいた人間たちは聞いた。魂の奥底から命じられるような、絶対遵守のことばを。


 ――頭が高い。平伏せよ。


 ”力あることば”。高位のドラゴンのみが持つとされる、自分よりも下位の存在に対する絶対的命令。ヴァースキから見て全ての人間は下位の存在に値する。


 ヴァースキの目論見通り、その命令を発した瞬間、周囲で暴れ回っていた生徒達とコボルト達が手に持っていた得物を放り出して一斉に触れ伏した。何とかその命令に抵抗して踏みとどまっている慎一郎と結希奈だけが例外だ。


「ぐ……ぎ……。なんだ、これは……」

 慎一郎が全身から脂汗を流して歯を食いしばり、全ての意志力を動員して抗っている。しかし頭の奥底で命令に従わなければならないという意思が働き、今すぐひれ伏して楽になりたいという欲求が意識を支配しようとしてくる。




 それを救ったのは遅れて配置についた生徒達だった。機材を運び込む必要があるために戦いが始まってからでなければ動けないという事情が幸いした。炭谷の居場所から十分離れていたことも幸運だった。

 彼女たちが校庭の西側に建つ部室棟の屋上で準備を終えたのはちょうど炭谷の”力あることば”が発動してすぐのことだった。事前の打ち合わせ通り、即座に行動を開始する。


「何か……聞こえないか?」

 ひれ伏している生徒の一人が言った。確かに何か聞こえてくる。心の底から力が湧き出して、自分の心を強制する力に抗おうとする勇気が湧いてくる。


 魔曲。

 音楽に魔力を乗せて力を与える魔術だ。部室棟の屋上で吹奏楽部と合唱部が合同で演奏している魔曲は高校のコンクールでは定番の『勇気の歌』。その名の通り、聞く者に勇気をあたえ、立ち上がる力を取り戻させる歌だ。


 心に勇気が湧きつつある生徒達に、さらに別の声が語りかけてきた。先ほどの高圧的で、心の底から震える声ではない、母のように優しく、かつ力強い声。


 ――子供達よ、立ち上がるのじゃ。上位のものに命令されるのは楽な生き方じゃろう。じゃが、それでそなたらは本当に生きていると言えるのか? いままでそなたらは自分たちだけの力でここまで生き延びてきた。この戦いに自らの意思で参加した。それを誇りに持て。世の何人たりともそなたらを縛ることはできぬ。そなたらは自由なのじゃ。


 メリュジーヌの”力あることば”によってひれ伏していた生徒達とコボルト達に活力が蘇る。慎一郎の笑顔にもいつの間にか笑顔が戻っていた。


「すまない、メリュジーヌ。助かった」

『こんな時のために全員と〈念話番号〉を交換しておいて良かったのぅ』

 より上位の存在であるメリュジーヌの”力あることば”により再び立ち上がった生徒達がヴァースキに攻撃を仕掛ける。


「ウザってえ奴らだ。これでも食らえ!」

 炭谷が命じると、ヴァースキがその頭を重そうに回した。その口から黒い霧が漏れ出てくる。

 生徒達が反応する間もなく、ドラゴンの足元で攻撃を繰り返す彼らに向けて死のブレスが撒き散らされる。


「ふん、弱いくせにこの俺様に逆らうからだ」

 蔑んだ目で黒霧に包まれた生徒達を見る炭谷。しかし数瞬の後、炭谷の瞳は驚愕に見開かれた。


「なに……!?」

 まるで生徒達の周囲には見えない繭が張り巡らされ、彼らを守っているかのようにヴァースキのブレスは生徒達の周りを避けて後方に流れていく。


 戦いに出る生徒達のブレス対策は万全であった。


 千年前にメリュジーヌがヴァースキとの戦いで使った対ブレス用の魔法。それを現代向けに進化させて生徒達とコボルト達全員が纏っている黒いマントに魔法陣として縫い込んでいるのだ。それは周囲二メートルにヴァースキのブレスが入ることを拒む鉄壁の壁。


「くそっ、ならばこれはどうだ! やれ!」

 炭谷が命じるとヴァースキは三十倍の重さになっている尾をまるで牛がハエをはたくように大きく振った。


「!?」


 いくらヴァースキの動きが遅くなっているとは言え、その大きさだ。見てから避けきれるものではない。ヴァースキの右後ろで攻撃をしていた数人の生徒達を竜の尾がなぎ払った。




「ぐはっ!」

 ヴァースキの尾になぎ払われたバスケ部部長の斎藤は体育館前の地面にたたきつけられて身体を強く打った。肺の中の空気を強制的に吐き出されて息ができない。


「ゲホッ、ゲホッ……。い、痛い痛い痛い痛い!」

 遅れて全身を形容しがたい痛みが駆け巡った。


「情けない声出してんじゃねーよ。こんなもんすぐ治る」

 斎藤のもとに駆け寄ってきた瑠璃が素早く回復魔法をかける。それによって全身の痛みが少しずつ治まってくるのを感じた。


 周囲を見ると、同じくなぎ払われた生徒のひとりひとりにナース姿の女子生徒が駆け寄っていくのが見えた。いずれも瑠璃の眷属であるいやし系白魔法同好会の部員たちである。


「この”竜のおまもり”、効いてねーんじゃねーの?」

 斎藤は治療されながら制服の懐から何かを取りだした。

 それは手のひらにすっぽり収まるサイズの丸い板のようなものだ。淡く輝いていたが、斎藤が取り出すとその輝きは消えてばらばらに崩れていった。


「何言ってるのよ。それのおかげでこの程度で済んだんじゃない。でなきゃ即死よ」

「マジかよ……」

 斎藤が青くなる。


 ”竜のおまもり”は本物のドラゴン――巽の鱗から加工されたマジックアイテムだ。物理的な攻撃を九割カットする効果を持つ優れもので、〈竜海神社〉の屋根瓦に使用されたものを再利用した。効果は抜群だが、数に限りがあるのが難点だ。


「はい、新しい”竜のおまもり”。頑張ってきな」

 治療を終えた瑠璃が斎藤の背をぱんと叩くと斎藤はいやいやながらも立ち上がり、自分の剣を手に取ってふらふらと戦場に戻っていった。


「しゃきっとしな! あたしが応援してやるからさ!」

「わかったよ!」

 瑠璃の声に猫背だった斎藤の背が少しだけ伸びたように見えた。ヴァースキに向かって走り出す。


「ふふ、オトコって単純」

 そう思いながらも、それだけで戦力になるのならいくらでも応援してやろうと”申”の〈守護聖獣〉は思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る