北高の一番長い日2

『さあ、戦いの始まりじゃ』


 メリュジーヌのことばを合図としたかのように慎一郎が剣を抜き、続けて腰の鞘から八本の〈エクスカリバーⅢ〉がふわりと浮かび上がる。その剣身は普段の黒ではなく、聖なる力が付与された白。対ヴァースキ戦に調整された〈エクスカリバーⅢ〉だ。


 そのまま慎一郎はブレスから避けることなく、事もあろうか死のブレスに向かって突撃した。

 そのまま暗闇に飲み込まれる慎一郎。


「はは、はははははは! バカかあいつ! 自分から突っ込みやがった! 本当にただの死にたがりのバカだったのか!?」

 炭谷がヴァースキの背で腹を抱えて笑うのもつかの間、慎一郎を包み込んだ暗黒のブレスの形が一部分が突き出るような形に変化し始めた。


「何っ……!?」

 突き出た部分がさらに伸びる。そしてそのまま、ブレスの中から現れる制服にマントを羽織った男子生徒。


 言うまでもない、慎一郎だ。


「たぁぁぁぁぁぁ……っ!」

「くっ……!!」

 無傷で炭谷に迫る慎一郎。炭谷が気づいたときにはもう慎一郎は彼にもう肉薄していた。

 慎一郎とメリュジーヌの操る十本の〈エクスカリバーⅢ〉が炭谷を襲う。


(もらった……!)

 と思うのもつかの間、慎一郎の目の前にヴァースキの頭が炭谷を守るように躍り出た。


「ちっ……」

 しかし慎一郎は宵闇の中、暗黒竜の頭の様子を冷静に観察してダメージの与えられそうな鱗が剥がれ落ちている部分を狙って斬りつけた。あとを追うように八本の〈浮遊剣〉もそれぞれヴァースキの頭を切りつける。


(だが、浅い……)

 斬りつけたあとはヴァースキの頭を蹴って十分間合いを取って着地する。


「舐めたことをしやがる! 今すぐぶっ殺してやる! やれ、ヴァースキ!」

 ヴァースキの頭が迫る。ブレスは効かないとみて、その巨大なあぎとで慎一郎もろともメリュジーヌをひと噛みにするつもりだ。


 しかし、その慎一郎の頭越しに人がひとりすっぽり入るほどの巨大な炎の塊が飛来してきた。炎の玉は空気を動かしゴォッという大きな音ともに猛スピードでドラゴンに迫る。


「何ッ……!?」

 炭谷が気づいたときには遅い。避ける間もなく、巨大な炎の玉はヴァースキに命中した。

「うわぁぁぁっ……!」

 頭部を焼かれた炭谷とヴァースキが悶え苦しむ。


「やった、効いてる!」

 慎一郎が炎の球が飛んできた方向――本校舎昇降口の方を見ると、二人の女子生徒がこちらを見てぐっ、と親指を立てた。


 二人は同じ魔法を同時に放つ、並行詠唱で巨大な火の玉を作りだしてヴァースキに当てたのだ。しかも、戦いから遡ること三十分前から呪文の詠唱を始めていた超大技だ。


「それじゃわたしは持ち場につくね。結希奈ちゃんも浅村くんのサポート、よろしくね」

「うん、こよりちゃんも気をつけて」


 二人はハイタッチをして別れた。結希奈はヴァースキと対峙する慎一郎の所へ、こよりは本校舎から見て左の方へ走る。




 同時刻。


 結希奈とこよりの巨大炎魔法の役割はヴァースキにダメージを与えるだけではない。命中時の轟音はそこからおよそ三十メートル隔てた地下、大広間にまで響き渡る。

 それを合図として地下の仕掛けが動き出す。


「今だ。いくよ、みんな!」

 地下の大広間、十個の魔法陣に散らばる生徒達のうち、号令役の三年生が合図を出す。

 その合図からほぼタイムラグなしに十箇所の魔法陣で同じ魔法が発動した。


「「大地の力よ!」」

 その瞬間、円形に配置された十個の魔法陣が紫色に輝く。


 活性化した魔法陣によって発動した力は設計通りに力を行使し、近くを通り抜けて三十メートル上方にいるターゲットに狙い違わず発動した。すなわち、ヴァースキに。


 ドラゴンのように強い状態異常耐性を持つ敵であっても確実に効果を発揮する魔法。

 重力の魔法である。




「野郎、ふざけやがって……」

 ヴァースキともども炎に包まれた炭谷が怒りのままに腰の剣を抜いた。


「ぶっ殺してやる!」

 炭谷がヴァースキの背から飛び移ろうとした。炎の魔法を使った生意気な女子生徒達をみずから手に掛けようとしたのだろう。


 しかしその時だった。


「ぐっ……な、なんだ……!?」

 突如として自分の身体が鉛のように重くなる。身体だけではない。自分の持っている剣もまるでヴァースキの背に突き刺さって根を張ってしまったかのようだ。


 炭谷は重力の力に負け、膝をついた。それでもなお重力は強くなる。やがて彼の身体はヴァースキの背に縫い付けられたかのように張り付いてしまった。


「くそっ……ふざけ……やがって……」

 彼がその背に乗っているヴァースキにも同じ現象が起こっていた。ヴァースキに掛けられている超重力はその頭を、身体を、四本の足を、翼を大地に縛り付けようとする。


 しかし竜の強大な筋力は、およそ三十倍にもなる重力にあらがってみせた。

 ヴァースキは重たげにその首を持ち上げ、翼を大きく広げて咆吼した。しかし、その動きに先ほどまでの軽やかさはない。四肢はその巨体に与えられた以上の重量を支えることに精一杯で、ほとんど動かすことはできていない。四肢が大地にめり込む。


「ふんっ!」

 ヴァースキの動きが鈍ったのを確認して、慎一郎が素早くドラゴンの足元に駆け寄って鱗のない部分に斬りつける。肉を切ったときとは異なる感触が剣越しに伝わった。


 ヴァースキの肉体は千年間ヒマラヤの山中に封じ込められていたのでかなり腐敗が進んでいる。何者も通さない竜の鱗も何割か剥がれ落ちているので、そこを狙って攻撃すればダメージを与えることができるのだ。


 足元でうろちょろ這い回って自分に痛みを与えてくる人間に怒り叫ぶドラゴンが、慎一郎を噛み砕こうと顔を向けた。しかしその瞬間、

「炎よ!」

 そのたびに後方の結希奈から援護の攻撃魔法が飛んできてヴァースキをさらに苛立たせる。結希奈の魔法は詠唱と〈副脳〉による同時起動で、これまで彼女が使っていたものよりも数段威力が増していた。


 ヴァースキと炭谷の動きを封じ、慎一郎と結希奈がダメージを与える、序盤の攻勢はうまくいっていた。

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