北高の一番長い日
北高の一番長い日1
聖歴2026年12月13日(日)
2026年12月13日午後11時30分。
ヴァースキの指定した刻限の三十分前に本校舎からひとつの影が歩き出してきた。
北高指定の制服に肩からは黒いマントを羽織っており、左右の腰には十本の片手剣〈エクスカリバーⅢ〉をさす男子生徒。
〈竜王部〉部長であり、竜王メリュジーヌをその〈副脳〉に宿す、浅村慎一郎だ。
慎一郎は本校舎の昇降口を出て、ただひとりまっすぐに校庭の方へと向かう。
その中に立つ、巨大な影へと。
暗黒竜ヴァースキ。かつてメリュジーヌに討伐され、千年の時を経て蘇った復讐のドラゴンである。
慎一郎は正面を見据えて歩く。ヴァースキを見ているのではない。その頭上に堂々と立つヴァースキの魂ともいえる存在、一年生の炭谷豊を見る。
「三十分前か。ようやく決心がついたようだな」
しかし、当の炭谷には慎一郎など眼中になかった。炭谷は不敵な笑みでメリュジーヌを見た。
「〈竜石〉は持ってきたんだろな? さあ、殺りあおうぜ」
しかし、当人のことばは素っ気なかった。
『三日前に行ったであろう。〈竜石〉などないと』
それを聞いた炭谷の顔色がみるみる変わる。怒りによる赤に。
「ふざけるな! そんなに俺に負けるのが怖いか! いいだろう。じゃあ、望み通り今すぐこの学校の
炭谷の怒りを表わすかのようにヴァースキが吼える。
しかし、その怒りを向けられたメリュジーヌは涼しい顔だ。
『ふん。これだから若造は。話は最後まで聞け』
「何だと……? 俺が若造……?」
『若造ではないか。たかが千年で何を粋がっておる。このはなたれ小僧が』
「ンだと、てめー! そんなに死にたいなら、今すぐ消し炭にしてやる!」
炭谷の怒りに呼応して、ヴァースキがその巨大な口を開いた。血のように赤い口の中が漆黒の光に染まっていく。
「消えろ、竜王!」
ヴァースキの口から全てを腐らせる暗黒のブレスが放たれ、慎一郎の元へと殺到する。
『奴の最大の弱点を突く』
この日の朝、〈竜王部〉部室で最後のブリーフィングを行っている際に、メリュジーヌは部員たちにこう告げた。
「最大の弱点……?」
『そうじゃ。奴はわしが砕いた元のヴァースキの〈竜石〉の欠片が千年経って成長したものじゃ。故に若い。まだ子供とも言っていいほどじゃ』
「子供って……」
結希奈が苦笑いした。そこにいた他の部員たちも同じ感想を持っただろう。
『子供なのじゃよ、ドラゴンの尺度では。しかも奴は今に至るまでその存在を知られていなかった。つまり――』
「社会生活の経験に乏しい……というわけね」
メリュジーヌがこよりの方を向いて頷いた。
『うむ。故に幼い。考えが浅いと言ってもいいじゃろう。そこを徹底的につく。具体的には――』
ヴァースキの”黒霧のブレス”が慎一郎に襲いかかる。それは全てを腐らせる必殺のブレス。斉彬の命を奪ったブレス。
「……………………」
しかし慎一郎は、それを前にしても微動だにしない。上下左右から襲いかかるブレスを前に、笑みさえ浮かべているではないか。
『さあ、戦いの始まりじゃ』
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