72時間6

「バッチスペル?」


 部長会で方針が決まった後、早速対ヴァースキ戦の準備を進める〈竜王部〉部室にて、こよりが持ってきた紙を机の上に広げた。

「うん。夏に栗山君が花火の連続発射魔法を作ったでしょ?」


「ああー、あれね。紙に魔法陣をずらずらーって書いて発射させるやつ。紙貼り付けるのが意外と大変なのよね、あれ」

 うんうんと頷く結希奈。


「だからね、わたしが使っていた地下迷宮のマッピングの魔法と組み合わせてみたんだ」

 こよりは机の上の紙――ノートと同じ大きさだからA4サイズだろうか――に手のひらを当てて目を閉じ、何事かつぶやいた。


「…………!!」

 驚く部員たちの前で、紙から金色に輝く複雑な魔法陣が浮かび上がってきた。


 しかもそれだけではない。魔法陣が少しずつ紙から離れて浮かんできたのだ。複雑なひとつの魔法陣だと思われていたそれは、じつはいくつもの魔法陣が重なってできたもので、それがミルフィーユのように何層も厚みを持って現れてくる。そのひとつひとつは結希奈や慎一郎も見覚えがあるほどの単純な魔法陣だ。


「こうやって重ねて魔法陣を記述しておけば、あらかじめ決めておいた順番で魔法が起動できるの」

 こよりが魔法陣の一点を指で押さえて「炎よ」とつぶやくと、彼女の目の前に小さな火の玉が現れ、やがて消えた。


「しかも、紙一枚に収められるだけじゃなく、使う魔力もちょっとで済むってワケ」

 胸を張って「すごいでしょ」と言わんばかりにドヤ顔をするこよりだったが、慎一郎も結希奈もそのあまりの技術に唖然とするばかりだ。


『すごいの。これをコヨリがひとりで考えたのか? 現代の魔術はかような進歩を遂げておるのか……』

 メリュジーヌも含めてただ賞賛するばかりの様子にばつが悪くなったこよりは少し恥ずかしくなって、


「いや、あの……。実は古巣でわたしが研究してた技術をいくつか持ってきてるから、ひとりで考えたわけじゃないんだけどね。あはは」


『それでもじゃ。これがあればシンイチロウも魔法が使えるというわけじゃろ?』

「そういうこと。浅村君だけじゃなくて、他の部のみんなにも持たせれば少しは火力になるんじゃないかな。あとは、わたしのレムちゃんにもこれを応用した仕掛けを考え中」


 その『仕掛け』とやらがなんなのかは教えてくれなかった。当日のお楽しみということらしい。




「あそこがちょうどヴァースキの真下になります」

 地下迷宮の大広間、かつて石化されたヴァースキがいた場所からほど近いところにイブリースと、数十人ほどの生徒達が集まっていた。


「真下……。大丈夫なんですか?」

 不安そうにあたりを見渡しているのはバレー部の源田千春げんだちはるだ。


「大丈夫ですよ」

「ほ、本当ですか!?」

 イブリースは源田と、その他に不安そうにしている生徒達に安心させるようににっこりと微笑む。


「はい。生徒会わたしたちはヴァースキは約束を守ると考えています」

「そうか……よかった」


「もっとも、約束を守らなかった場合、どこにいても同じなので、ここが特別危険というわけではありません」

「よか……えぇっ!?」


「冗談です」

「冗談に聞こえないですよぉ~」

 源田とイブリースのやりとりに周囲の生徒達が笑う。


「さて、場も暖まったところで説明を始めます」

 イブリースが鞄からスケッチブックを取り出すと、周囲の生徒達が集まってきた。


「まず、ここを中心に、半径五十メートルの円を描いてもらいます。そこに先ほど分けた班ごとにちらばって、この魔法陣を書いていただきます」


「書いたあとはどうすれば?」

 手を上げたのは醸造研究会の部長だ。


「事前準備はそれだけです。あとは本番で魔力を注いで術式が途切れないようにしてください。戦闘中、常に起動させ続ける必要がありますので、途中で交代が必要です。交代に関してはそれぞれの班で決めて下さい」

 イブリースの説明が終わると生徒達はそれぞれの班に別れて散っていった。


「ここが……こう」

「ちがうって。そっちははみ出さなくて、こっちがはみ出るんだよ」

「ああ、こうかな?」


 十に分かれた班のうちのひとつ、バレー部の源田と多和田が魔法陣を描いている。

 ああだこうだと試行錯誤しながら、渡された見本の通りに魔法陣を描こうとするが、なかなかうまく行かない。

 源田は多和田が不器用だとちょっかいを出し、多和田は源田の指示が悪いのだと笑う。


「おーい、そっちはできた?」

 隣で魔法陣を作っている同じバレー部の松井が声を掛けてきた。


「まだー!」

「なにやってんのよ、おそーい!」

「だってー、多和田がー」

「ええっ、あたしなの!?」

 けらけらと笑うバレー部の四人。


 和気藹々と作業する姿はとても二日後に大きな戦いが待っているとは思えず、まるで三ヶ月ぶりに文化祭の準備が戻ってきたようだった。




「いでよ、聖なる光の矢よ!」

 楓が呪文を唱えると彼女の右手の中に光り輝く矢が現れた。

 矢弦にかけたそれを右手でゆっくりと弾く。


 狙いを定める必要はない。『ここだ』と思った場所で放てば狙ったところに命中すると彼女は知っていた。動かないマト相手だ放った後の修正も必要ないだろう。


 しゅっ、という空気を切り裂く音がして、光の矢はまっすぐ飛んでいった。

 一瞬後、とん、という心地よい音とともに魔法で作られた矢は思った通り、マトの中心に命中した。


「おぉ~」

 周囲で固唾を呑んで見守っていたギャラリー達からどよめきの声が上がった。


 楓はヴァースキ戦までの二日間、古巣である弓道部に戻って彼女が新しく身につけた〈魔法弓〉のレクチャーをしていた。

 部の半壊後、各部へ散り散りになってしまった弓道部員たちはお互いの無事と再会を祝い、彼女たちを救ってくれた〈竜王部〉の応援に燃えていた。


「と、こんな感じです。魔法の矢なら風に左右されることなくまっすぐ飛ばせるからむしろ楽ですよ。軽いし」


「やるじゃない、今井!」

「成長したね、今井!」

「え!? ちょ、ちょっと先輩! やめてください! ど、どこ触ってるんですか! あ、やん……」

「お、今の声ちょっと色っぽいぞ」

「ここか? ここが感じるのか?」

「も、もう! いい加減にしてください!」

「おぉ~! 今井が怒った!」

「成長したなぁ。お姉さんはうれしいよ」


 馬鹿なことを言いながらも、しっかり〈竜王部〉の戦いに手を上げてくれるこの気のいい先輩たちと肩を並べて戦えることができることに、楓は本当に嬉しく感じていた。




「なあ、松阪」

「何、辻センセ?」

 松阪瑠璃は保健室にいた。


 彼女率いるいやし系白魔法同好会がヴァースキ戦で後方支援を担当する。そのための打ち合わせと称してである。


 が――


「お前さぁ、もうちょっと隠したらどうだ?」

 綾子の言葉に、瑠璃は大きく広げていた足をばっと勢いよく閉じた。


「あ、見えちゃいました?」

「パンツの話じゃない」

 綾子は呆れたような目で瑠璃を見ながら、頭をかいた。


「まぁまぁ、堅いこと言わずに。先生も好きでしょ、こういうの?」

 言って、瑠璃はグラスを掲げた。綾子も自分のグラスをその高さに合わせて重ねる。

 キンという澄んだ音が保健室に響く。


「うまい」

 グラスの中身に口をつけた綾子が予想外の収獲に声を漏らす。


「でしょ? “申”のほこらあたしんちから掘り起こしてきた秘蔵の一本。苦労したんですから」

 眷属が、ですけどと付け加えて瑠璃もグラスの中身を流し込む。


「松阪」

「何、辻センセ?」

 再び先ほどのやりとり。


「あいつらのこと、頼んだぞ。私はもう、ただのひとりたりとも生徒を失いたくない」

「わかってますって」


 瑠璃は保健室の窓から外を見た。かつて校庭であり、少し前には農場だったそこには漆黒のドラゴンが夕日に照らされて佇んでいる。日付が変わったらあのドラゴンと戦うのだ。


「あたしからしても命の恩人だし、それに――」

 それに続く言葉は声にはしなかった。


(本当に大事な人だからね、ダーリンは)




 作戦を前にして、戦いに参加しない生徒達は〈竜海神社〉の境内に設営された臨時テントに避難した。それ以外の生徒達はあるものは地下の大広間に、別のものは校舎に、それぞれ持ち場についた。


 十二月十一日、午後十一時三十分。


 浅村慎一郎と〈竜王部〉の部員たちは完全装備を調え、本校舎前に立つヴァースキの元へと向かっていった。

 逃げることはできない、最強種族ドラゴンとの戦いである。


 負けるつもりは、さらさらない。

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