72時間4

                      聖歴2026年12月11日(金)


「なんだよ! 結局、そいつらのせいじゃないか!」

 部長のひとりが立ち上がり、慎一郎を怒りの表情で睨み、指さした。


「そうだ! そいつのせいだ!」

竜王そいつの首を差し出せば助かるなら、差し出せばいいじゃないか!」

「そうだ、差し出せ!」

「議論の必要はない。ドラゴンの要求に従うしかないだろう!」

 他の部長たちも次々と慎一郎に怒りの感情をぶつけてくる。


「お静かに! お静かに!」

 イブリースが声を張り上げて場を静めようとするが、すでにヒートアップしている彼らにその声は聞こえない。


「おい、何とか言ったらどうだ!」

 ついに近くに居た部長が慎一郎の襟首を掴んだ。先ほど、慎一郎の肩を叩き、感謝の念を示した男子生徒だ。


「……………………」

 しかし、慎一郎は何もいうことができない。彼らの言うとおりなのだ。慎一郎は彼の視線を避けるように目をそらした。


「テメエ、舐めてるのか!」

 怒りに燃える男子生徒が慎一郎の頬を思い切り殴った。鈍い音とともに吹き飛ばされる慎一郎、悲鳴を上げる女子生徒。


 慎一郎はよろよろと立ち上がった。殴られたときに切れたのか、唇から血が流れている。慎一郎は右手でそれを拭った。


「こいつ……!」

 先ほどの男子生徒はまだおさまらないのか、立ち上がった慎一郎の襟を再び掴んだ。しかし、周囲の生徒は誰も止めようとしない。


「ムカつくんだよ!」

 男子生徒が再び右手を振り上げて慎一郎を殴ろうとした。そのとき――


「いい加減にしなさい!」

 文字通り、イブリースの雷が落ちた。会議室全体に轟音と稲光が駆け巡る。


 それはただ音と光だけの魔法だったのだが、ヒートアップした生徒達を落ち着かせるのには十分だった。

 先ほどまでの喧噪が嘘のように静まりかえった。


「わ、悪い。つい、かっとなって……」

「いえ……」

 慎一郎を掴んでいた男子生徒もその手を離し、慎一郎ともども席に着いた。


「続けます」

 全員が席に着き、落ち着いたのを確認すると、イブリースは何事もなかったかのように話を続けた。


「浅村君、この件に関して竜王メリュジーヌはなんと?」

「この場の判断に従う、と」


 部長会が始まる前に〈竜王部〉はこの件に関してメリュジーヌと意見を交わしていた。メリュジーヌはあくまで生徒達に被害が及ばないことを願い、そのためであればこの首を差し出しても構わないという意向だ。

 しかし、それは全てを諦めたことと同義ではない。


「じゃあ話は早い。今すぐそいつを校庭のドラゴンに差し出せばいい」

 先ほどヒートアップした男子生徒の一人がぶち上げた。それに賛同する声も多く、会議室は再び喧騒に包まれそうになる。


「でもぉ――」

 しかし、その雰囲気に水を差すような甘い声がその雰囲気に水を差す。


「〈竜石〉はないんでしょぉ? 竜王だけ連れて行ってもヴァースキは許してくれるのかしらぁ?」

 全員が一斉に声の方を見た。会議室の隅、窓際で壁にもたれかかりながら外を見ている短髪の美少女――いやし系白魔法同好会会長の松阪瑠璃まつさかるりだった。


「石を持ってこないと、あるかもよぉ? ミ・ナ・ゴ・ロ・シ♡」

 瑠璃はそのかわいらしい声にそぐわない物騒なワードを口にし、会議室の空気は一変して不穏な物になる。


「じゃ――じゃあ、どうすればいいんだよ!」

 先ほどの男子生徒が机を強く叩いて立ち上がり、瑠璃を睨んだ。


「あたしわかんなぁーい。でもさ……」

 瑠璃はそれまでの甘い言葉遣いから一転、鋭い目でくだんの男子生徒をにらみ返す。


「散々助けてくれた恩人に対して、それはないんじゃねーの? 人として」

 そのあまりの迫力に男子生徒はたじろぎ、二の句を告げなくなってしまった。


「〈竜王部〉は――」

 イブリースが話を慎一郎に向ける。

「仮にフリーハンドが与えられたとして、どうしたいですか?」

 その問いに、慎一郎は少しだけ間を置いてから、口を開いた。


「戦います」


 ふたたびざわめきに包まれる会議室。しかし、そのざわめきは先ほどのものと比べて大きくはなかった。


「ドラゴン――しかも〈十剣〉に数えられる上級種を相手に戦うというのですか? 勝算は?」

「あります」

 即答だった。慎一郎は――例えそれが自らを奮い立たせる虚勢だったにせよ――自信たっぷりに答えた。そして、付け加えた。


「ヴァースキの攻撃には全て対抗策が用意できます。勝てます」

 魔族の副会長はそれを無表情で、無言のまま聞き、頷いた。


「それでは、この件に関して生徒会からの提案ですが――」

 そして彼女はは何事もない――ごく普通の、ありきたりな議題を総括するように議事を続けた。


「〈竜王部〉に一任します。彼らが見事暗黒竜を撃ち倒せばもちろん、そうでなくとも一部のかたが主張する通りの結果になるので問題ないかと思います。反対の方は――」

「ちょっと待ってくれ」

 採決に移ろうとするイブリースを一人の男子生徒が止めた。


「バスケ部の斎藤だ。おれ達バスケ部も〈竜王部〉と一緒に戦わせてもらう」

「なっ!? 斉藤さん、何を言って――」


 顔を青くして立ち上がろうとした慎一郎を斎藤は制して発言を続ける。

「勝算はあるんだろ? だったら何の問題もないじゃないか。おれ達は確かにへっぽこだが、頭数は多い方がいい」


 地下迷宮内でモンスターから逃げ回っていた頃の斎藤とはまるで別人のような力強い斎藤の瞳に慎一郎が二の句を告げられないでいると、他にも手を上げる生徒が現れた。


「はいはーい! バレー部もお手伝いします!」

「それじゃ、家庭科部も手伝っちゃおうかな」

「ちょ、翠ちゃん、何言ってるの!? ……はぁ。何を言ってもムダね。園芸部もお手伝いします。畑を荒らされて黙ってるわけにも行かないしね」

「後方支援はいやし系白魔法同好会に任せてね♡」

「弓道部も参加します!」

「合唱部も!」

「か、鍛冶部も……本当は嫌だけど……ふひっ!」

 次々上げられる手に慎一郎は目を白黒し、しかしすぐに正気を取り戻した。


「ま、待ってください!」

 顔を青くした慎一郎が立ち上がって盛り上がりつつある会議室の面々を止めようとした。


「文化祭に出店するとか、そういう話じゃないんですよ! 戦いなんです! 死ぬかもしれないんですよ!」

 その言葉に、会議室は一転、水を打ったように静まりかえった。


 否――

 そうではなかった。


「そんなの、当たり前じゃん」

 最初に言ったのは、家庭科部の部長だっただろうか。


「もちろん、わかってますよ」

「おれ達だって地下迷宮に行ってたんだ。なめんなよ」

「いつか助けてもらった恩を返すときが来たわ」

「ぼ、僕も……」


「見くびってもらっちゃ困るわ。これが、これまであなたの成してきたことなの。みんな、あなたの力になりたいのよ。もちろん、あたしもね。ダーリン♡」

 最後に瑠璃が皆を代表するように言った。その他の部長たちも大きく頷いている。


「それでは――」

 やはり、イブリースは眉ひとつ動かさずに淡々と進行を務める。


「この件に関しての生徒会よりの提案はこうです。〈竜王部〉と生徒会を中心とした有志はドラゴン討伐を行う。それ以外の生徒は〈竜海神社〉に避難する。参加は強制しない」


「ええっ!? 生徒会もなんですか?」

 イブリースの隣に座っていた少々太めの男子生徒が驚いたような声を上げた。

「当たり前じゃない、バカ。だれが全体の温度を執るのよ」

 イブリースを挟んで反対側に座っていた小柄な女子生徒がきつめの目を男子生徒に向けた。


「で、でも……」

「あたしが一緒にいてあげるから……たまにか格好いいところ、見せなさいよ……」

「わ、わかった!」


「こほん」

 さすがのイブリースもこの生徒会役員同士のやりとりには顔色を変えずとは行かなかったようだ。咳払いをして場の空気をリセットする。


「反対意見はないようですね。それでは、この方針で決定します。詳細は生徒会で検討を行い、後日皆さんにお知らせします」

 誰かが手を叩いた。やがてその拍手は会議室全体に伝播した。


 慎一郎たちの戦いに手助けをしてくれると表明してくれた部――バスケ部や、バレー部や、家庭科部や、園芸部や、弓道部や、合唱部や、いやし系白魔法同好会や、鍛冶部や、その他の部――の部長たちが慎一郎の所へやってきて、各々が慎一郎の肩を叩き、「がんばろう」と声を掛け、励ましてくれる。


「ありがとう、ありがとう――みんな」

 俯く慎一郎の足元の床には、小さな水たまりが次々とできていた。




 会議の二時間前――

 慎一郎は一路保健室へと足を向けていた。その肩には〈副脳〉ケースを持ち、もちろんその中に宿るメリュジーヌもともにである。


 特別教室棟から渡り廊下を越え、本校舎一階の保健室まで行く。

 保健室の引き戸を開けて中に入ると、果たしてそこには一人の人物が待っていた。慎一郎をこの場所、この時間に呼び出した人物である。


 彼は膝をつき、頭を垂れる。


「お待ち申し上げておりました、。ご挨拶が遅れましたことをお詫び申し上げます」

 保健室で待っていた生徒会長、菊池一は慎一郎に――否、竜王メリュジーヌに礼を尽くし、うやうやしく挨拶をした。

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