72時間2

 録音はそこで終わっていた。会議室の部長たちがざわめきだした。


「お静かに!」

 議事進行役の副会長が通る声で言うと、会議室は静けさを取り戻した。


「ちょっといい?」

 一人の女子生徒が手を上げた。家庭科部部長の山川翠やまかわみどりだ。


「どうぞ、山川さん」

「いくつか確認したいことがあるんだ。まず、あの録音の声、本当に風紀委員長なの? あたしの知ってる風紀委員長とは別人なんだけど」


 その質問には生徒会でない、別の部の男子生徒が答えた。

「俺は一年の時、岡田と一緒のクラスだったんだけど、あんな感じでしたよ。むしろ、あのおっかない風紀委員長の方が誰だよこれって感じで違和感満載でしたよ」

「ふうん」

 その答えに翠は気のない返事だ。


「んじゃ、もうひとつ」

「どうぞ」


「あれが風紀委員長だとして、その風紀委員長の『覚えてない』って話、あんたは――というか、生徒会は信じてるの?」

 翠の質問にイブリースは隣の席で立ったままの山野辺を見る。


「風紀委員長だけでなく、他の倒れた風紀委員、果ては〈竜王部〉によって制圧された剣術部の部員たちからも同様の話を聞いています。信憑性は高いと考えます」


 再び部長たちがざわつく。それを遮るように翠の質問が続いた。

「じゃあさ、そいつらはどうするの?」

「どう、とは?」


「罰は与えるのか、ってこと。あたしは違うけど、この中には結構酷い目に遭った子もいるからさ、どうやってカタつけるのかなと」

 この質問に周囲の部長たちも「そうだそうだ」「厳罰を求める!」などと賛同する声が多数であった。


 しかし、イブリースの――生徒会の方針はこれとは異なっていた。

「何も」


「何も? 何もしないってこと?」

「はい。理由としてはふたつ。ひとつめはその権限がないこと。校則には当然そんな決まりはありません」


 周囲の部長たちから「校則なんて作ればいい」とか「校則なんて無視しろよ」などのヤジが飛ぶ。部長たちの――生徒達の怒りは強く、そう言った意見が出るのはもっともだと言える。

 イブリースはそう言ったヤジを飛ばした生徒にキッと鋭い目を向けた。睨まれた生徒は思わずたじろいだ。


「私たちは生徒であり、警察でも、裁判官でもありません。それにここからはふたつめの理由になるのですが……」

 イブリースは会議率の中をゆっくり見た。全員が彼女を見て、その一言一句に注目している。


「仮に、彼らに何らかの罰を与えたとしましょう。例えば一定期間教室からの外出を禁じる禁固刑です。しかし今の北高に何の働きもしない数十人の生徒を養うだけの余裕がありますか?」

 会議室が静まりかえった。先ほど勢いよく制裁を主張していた生徒も俯いて黙り込んでいる。


「最後にもうひとつ」

 沈黙を破ったのはその場でただひとり、立ち上がって手を上げている翠だ。


「風紀委員の岡田さんについてはわかった。じゃあ、もう一人の首謀者、剣術部の栗山徹くりやまとおるについては?」

 その質問に生徒会役員の近くに座っていた慎一郎の身体がぴくりと動いた。膝の上で握られている拳に知らず力が入る。


『抑えよ。今お主が激発しても得られるものはなにもない』

「わかってる……!」

 慎一郎は反発したい気持ちを必死に抑えた。唇を噛み、そこから血が流れる。


 会議はそんな慎一郎の気持ちを知ることもなく続いていく。

「栗山くんについて所在は確かめられていません。直前までその動向は確かめられたのですが、いつの間にか姿を消したということです」


 再び会議室がざわめいた。「大丈夫なのか」という不安の声が上がっている。

「彼に関して私たちはこれ以上の情報を持ちません。もっとも、ひとりでは何もできないでしょうから、当面はこのままでも問題ないかと思います」

 その言葉は徹の親友である慎一郎の気持ちを慮ったものだろうか。眉ひとつ動かさない金髪の副会長の表情からは何も窺い知ることはできない。


「それでは、この件について決を採りたいと思います。剣術部員、風紀委員に対して罰を行わず、このまま北高の生活に入ってもらう、これが生徒会の方針ですが、意義のある方は挙手をお願いします」


 手を上げる者は誰もいない。


『ふん。敢えて反対者をめだつようにするとは、あの魔族の女、なかなかやりおる』

 そのメリュジーヌの呟きが聞こえたのは慎一郎と姫子だけだ。


「それでは、次の議題――」

 イブリースが机の上の紙をめくり、淡々と議事を進行する。

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