72時間

72時間1

                      聖歴2026年12月11日(金)


 〈竜王部〉が剣術部および風紀委員会に占拠された北高を電撃的に奪回した夜から一夜が明けた十二月十一日。本校舎にある会議室の中には椅子が足りず、立ち見が出るほどの人が集まっていた。


 これから行われるのは『部長会』。北高に存在する全ての部および委員会の代表が集まり重要事項の伝達やルールの作成などを行う会だ。普段はあまり集まりの良くないこの会に、〈竜王部〉部長の浅村慎一郎や鍛冶部部長代理の外崎姫子を含む、ほとんど全ての部の代表が集まっている。


 前日に助け出されたばかりの彼らはお互いの無事を喜び、また情報を交換しあったりして大きなざわめきの中にいる。


 そうしていると会議室の扉が開き、そこから三人の生徒が入ってきた。

 生徒会副会長のイブリース・ホーヘンベルクと書記の山野辺こずえ、そして会計の平良一樹である。


 美貌の副会長が席に着くと、自然とざわめきがおさまっていった。

「会長は衰弱が激しいために辻先生より保健室で安静にしているようにと言われたました。よって代わりに副会長の私が議長を務めます。異議のある方は?」

 イブリースは会議室の中を見渡し、異論がないことを確認してから小さく頷いた。


「それでは、部長会を始めます」




「まずは、昨夜行われた生徒会と〈竜王部〉による北高奪還作戦の結果についてご報告させていただきます」

 イブリースは机の上に置かれた書類に目を落としながら、淡々と説明を行う。


「皆さんもご存じの通り、作戦は成功ました。無事に北高を取り戻し、人質であった皆さんの解放に成功しました」

 イブリースのその報告により、全員が一斉に拍手をし、口笛を吹き、祝福の言葉を口にする。慎一郎の近くに居る生徒は慎一郎の背を叩き、口々に感謝の言葉を口にした。


「剣術部、風紀委員会のほぼ全ての構成メンバーは確保され、現在まとまって待機してもらっていますが、今のところ再び暴れ出すようなことはありません。当初は全員意識を失っていましたが、今は全員が目を覚まし、生徒会で事情聴取を行いました」


 そこでイブリースは隣に座る書記の山野辺に目を向けた。

「ここからは保健委員長の方から報告していただきます。山野辺やまのべさん」

「はい」


 イブリースが目配せすると、彼女の隣に座っていた山野辺と呼ばれた一年生の女子生徒が立ち上がった。彼女は生徒会役員だが、文化祭後に新しく立ち上げられた保健委員会の委員長でもあるのだ。


「風紀委員長の意識が回復しましたので、ご報告します」

 山野辺は手元のファイルを見ながら報告を始めた。




                      聖歴2026年12月10日(木)


 風紀委員長の岡田遙佳おかだはるかは、イブリースたち三人が生徒会長の奪還を図るために突入の計画を練っている空き教室に乗り込んできた直後に突然意識を失った。ちょうどヴァースキが現れたころである。遙佳だけではない。その場にいた風紀委員も含めて全員が一斉に意識を失ったのだ。

「え? え? え?」


 突然目の前の生徒達が倒れたことに狼狽える唯一の男子生徒である平良たいらだったが、保健委員長でもある山野辺は冷静だった。即座に倒れた風紀委員長を抱きかかえると容態を確認する。


「大丈夫。気を失ってるだけみたい」

「で、でもどうして……?」

「わからない。でもこのまま放っておく訳にもいかないわ。平良、この人たちを全員教室に入れて安静に。私はみんなの様子を見る」


「では私は会長の様子を見てきます」

 この場を離れるというイブリースの言に平良が再び狼狽える

「え? でも、副会長がいないと……」

 しかし狼狽える男子生徒に対し、二人の女子生徒はあくまで冷静だ。


「お願いします、副会長。会長に何かあったらまずいですからね。何かあったら〈念話〉をください」

「ありがとうございます、山野辺さん」

 そう言い残して魔族の副会長は金髪を翻し、生徒会室へと向かっていった。


 しかし、イブリースはすぐにもどってきた。

 イブリースによると、生徒会室にいた新生徒会役員や見張りの風紀委員たちもどういうわけか全員気を失っていたという。


 今のうちに囚われの生徒会長を救い出すべきだというイブリースの主張により、この中でただひとりの男子生徒である平良が生徒会長まで向かい、菊池を連れ帰ってきた。

 今、菊池はこの空き教室に横たえられている。


 少しして保険の辻教諭が山野辺に連れられて教室へやってきた。本来ならば菊池の方を保健室に連れて行くべきなのだが、次々と倒れた剣術部や風紀委員の生徒達に加えて菊池を寝かせておくだけのベッドは保健室にはもちろんない。


「気を失っているだけのように見えるな。どうして気を失ってるかは私にもわからん」

 綾子は全員の様子を確認するとそう診断し、山野辺に「何かあったら連絡するように」と言い残して保健室に戻っていった。


 倒れた風紀委員たちの目が覚めたと連絡があったのは、それから数時間後、日付が変わるという頃だった。




                      聖歴2026年12月11日(金)


「意識を取り戻した風紀委員長を辻先生に診てもらい、話を聞くのに問題がないということで、いくつかの質問を行いました。場所は保健室、辻先生の立ち会いの下です。質問をしているのは私ですが、質問は菊池会長が作成しています」

 会議室で発表を続ける山野辺が、机の下からマッチ箱ほどの大きさのマジックアイテムを取りだした。どこにでもある音声を録音再生するマジックアイテムである。


「質問とその受け答えについてはここに録音されています。今から再生します」

 山野辺がそれに手をかざすと、彼女と箱の間に薄緑色の光が輝き、マジックアイテムが動作をし始めた。




 山野辺「えーっと、今の時間は十二月十一日〇時三十三分。これより始めます。質問者は生徒会書記兼保険院長の山野辺こずえ。辻綾子先生に立ち会いをお願いしています。他の同席者は菊池会長とイブリース副会長、平良会計です。この会話は録音されているので、あらかじめご承知ください」

 遙佳「はい」


 山野辺「まずは、お名前と所属をお答えください」

 遙佳「岡田遙佳。…………風紀委員長……です」


 山野辺「まず最初に――」

 遙佳「あ、あの……! わ、私はどうなるんでしょうか……? わたしは、あの、その……」


 山野辺「岡田先輩」

 遙佳「は、はいっ!」

 山野辺「質問にのみ、答えてくださいね」

 遙佳「はい……」


 山野辺「それでは、改めて。岡田遙佳先輩。あなたは風紀委員長として剣術部と共謀し、さる十一月十九日に北高を襲撃し、菊池生徒会長はじめ多数の生徒達を軟禁させましたね?」


 遙佳「あの……」

 山野辺「どうぞ、お答えください」

 遙佳「わ、わたし……その……あの……」


 山野辺「答えは明瞭にお願いします」

 遙佳「はい……。あの、わたし……えっと……お、覚えてないんです……」


 山野辺「覚えてない、とは?」

 遙佳「えっと、今日は十二月十一日……でしたっけ?」

 山野辺「そうです」


 遙佳「あの……わたしの記憶だと、まだ五月のはずなんですが……。でも五月にしては寒いし、本当……なんでしょうね」


 山野辺「つまり、岡田先輩は五月から今日までの記憶がない、ということですか?」

 遙佳「そう……なんでしょうか……?」


 山野辺「生徒会の無効を宣言し、自分たちで傀儡の生徒会を擁立したことは?」

 遙佳「覚えて……いません……」


 山野辺「文化祭において過度な商業行為を禁止し、それを違反した生徒達を取り締まったことは?」

 遙佳「覚えて……いません……」


 山野辺「生徒会長である菊池先輩を監禁し――」

 遙佳「あの……それは、本当にわたしがしたことなのでしょうか……?」

 山野辺「はい」


 遙佳「そんな……そんな恐ろしいこと……しゅ、襲撃なんて……。そんな酷いこと……ああ、ああああああっ……!」

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