冬来たる8
(やべぇ……)
誰もが目を見張るダンスの中で、徹の心はその言葉でみたされていた。
(やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ、やべえ……!)
剣を振るい、相手の剣を受け、また反撃する中で徹は歓喜に打ち震えていた。
(やべえ、楽しい……!)
物心つく前から剣術家としての人生を決められており、それ以外の可能性など一切与えられなかった徹は、高校入学を機に反発し、剣を置いたはずだった。
しかし栗山道場で出会った仲間たちが孤立し、弱っていく姿を見ていくのは耐えられなかった。だから仕方なく再び剣を持った。
そのはずなのに――
魔法を駆使して繰り出す攻撃のことごとくに目の前の親友は正確に対処してくる。急所を狙った攻撃は受け止められ、そうでない攻撃はかわされる。フェイントも当初は有効だったが今は見向きもされない。体術やその他のイレギュラーな攻撃も同様だ。それどころかこっちにそれを仕掛けてくるほどだ。時折、攻撃時に炎やそれ以外の属性の攻撃を加えてみるが瞬時に対応されてしまうのには舌を巻いた。
なんという対応力。
それだけではない。徹は魔法で速度と攻撃力を上げているが、慎一郎はそうではないのだ。慎一郎の性格からしてこの戦いを挑む際に相手を極力傷つけないように気を配っていることだろう。
今や慎一郎の速度は魔法で強化した徹を上回り、攻撃の重さは徹を軽く凌いでいた。
「はは、ははは……!」
いつしか徹は攻撃を加えながら笑っていた。
自分は世界で一番強いと思っていた。スポーツである“剣術”ならともかく、普通に剣で戦ったら幼なじみである秋山はもちろん、自分の父親でさえ徹の敵ではないと思っていた。
実際そうだ。親子の手合わせでは中学以降、自分の思うままに勝敗を選ぶことができたし、秋山や金子の動きは止まって見えるほどだ。
それが今目の前で徹と舞っている男子生徒はどうだろう?
これが剣を握って半年の男なのか? メリュジーヌの師事を受けていたということを差し引いても信じられない!
こんな奴がすぐ近くに居たなんて!
これを喜ばずに何を喜べというのだ!
今、徹は数年来――いや、もしかして人生で初めて――自分よりも強い男と戦っているのかも知れなかった。その事実に徹は震えた。
こいつに勝ちたい。心の底からそう思った。それは剣士として当然の感情だが、今までの徹にはそれがなかった。
しかし、この歓喜のダンスも永遠には続き得ない。ダンスの終わりは唐突に現れた。
徹は何のミスもしていない。それどころかここ数分の間で最高の集中力と創造性を発揮して慎一郎を追い詰めたはずだった。
甲高い金属音が響き渡った。徹の剣“朝霧”が慎一郎の〈エクスカリバーⅢ〉を弾いたのだ。魔法剣を巧みに使い分けた結果、速度と重さを極限まで高めた払い上げたそれを受けた慎一郎の右手の剣をはじき飛ばした。
慎一郎の身体が開き、無防備になる。
徹は半ば無意識に慎一郎の喉元に向けて剣を向けた。
それが勝敗を決めた。
(決めた……!)
徹がそう思ったのも仕方がない。しかし徹はこのとき、仮に剣を弾き飛ばしたのであっても慎一郎の
次の瞬間、剣を持つ徹の手に激しい痛みが走り、徹は剣を取り落とした。
「しまっ……!」
そう思ったときには遅かった。慎一郎の左手の剣が徹の喉元に突きつけられていた。
「おれの……勝ちだな、徹」
二人の間には二本の剣――徹の“朝霧”と慎一郎の〈エクスカリバーⅢ〉――が落ちていた。先ほど弾き飛ばされた〈エクスカリバーⅢ〉は慎一郎の咄嗟の判断で徹の手元に落ちるようにコントロールされたのだ。
それに気づいた徹は驚愕から笑顔へと変えた。
徹は両手を挙げて降参のポーズを取る。
「参ったよ、俺の負けだ。剣術部は降参する」
慎一郎はようやく表情を和らげ、喉元に突きつけていた剣を下ろした。
「しっかし、強くなったな、お前。この春に初めて剣を持ったとは思えない」
「おれだけの力じゃない。メリュジーヌと……仲間たちのおかげだ。もちろん徹、お前もな」
「それにお前、〈浮遊剣〉使わなかっただろ?」
徹は慎一郎の近くに浮かんでいる四本の剣を見た。それは浮かんでいるだけで、二人の戦いの間ほとんどと言っていいほど動いていなかった。
「そうじゃない。そこまで余裕がなかったんだ」
「ホントか? まあいいや。次やるときはそれを使わせた上で勝ってみせる。俺って結構負けず嫌いなんだぜ?」
「次って……まだやるのか?」
「当たり前だろ? ただし、今度は妙なわだかまりはなしの状態だ。俺は強いぜ?」
「知ってる」
徹が右手を差し出した。それを見て慎一郎も手を差し出し、握手しようとして――
それは適わなかった。
「楽しそうだな。俺も混ぜてくれよ」
それは一見、何の変哲もない呟きだったが、恐ろしいほどの殺意が込められていた。本能的に剣を構える。
瞬間、大地が激しく揺れた。あの、文化祭の日と同じように。
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