冬来たる7
『ほう……!』
燃える剣を見て、それまで沈黙を守っていたメリュジーヌが感嘆の声を上げた。
「栗山流一子相伝奥義、魔法剣――お前の“
栗山流剣術。その歴史は古く、戦国時代にまで遡る。
戦国時代に活躍した栗山幻舟齊をその祖とする栗山流は、江戸時代に入り数多ある流派が教えを請うほどの無双の剣であった。ゆえに与えられた二つ名が『師の師の剣』。歴史の表舞台にほとんど現れないのは栗山流の手ほどきを受けた流派が将軍家の兵法指南役になったからだとも言われている。
時代が下り明治時代になると、日本帝国の拡張主義に従って陸軍上層部や華族などの指南役として再び脚光を浴びる。
戦後、スポーツとしての剣術が盛んになると栗山流もその時流に乗って剣術道場として歩んでいくことになる。東京オリンピックでは正式種目となった。
しかし、戦国時代に『師の師』と呼ばれた栗山流が江戸時代の天下太平を越えて戦前日本で息を吹き返したのと同様、スポーツと化した剣術が盛んな現代になっても原初の『師の師の剣』の本質は栗山流宗家には連綿と受け継がれていた。
その本質は“殺人剣”。戦国時代に発展し、日本帝国時代にさらに磨きをかけられた『本当の栗山流』は、現代魔術の力を借り、今もなお他の流派の追随を許さぬ『師の師の剣』にふさわしい絶対的な実力を誇っていた。
栗山家の一人息子である栗山徹は、その流れの最先端にある。
「いくぞ、慎一郎! ここから先は手加減なしだ!」
徹が炎に包まれた剣を振ると、ごおっという音とともに剣の軌道に沿って炎が湧き上がり、宵闇を照らした。
押し寄せる熱風に慎一郎が怯んだのはほんの一瞬だった。
しかし、徹はその一瞬を見逃すような相手ではない。
彼はなんと、自分で起こした炎の中を突っ切るようにして慎一郎に斬りかかってきたのだ。
「…………!!」
徹の不意打ちに対応できたのはほとんど偶然と言っていいだろう。慎一郎が両手に持つ二本の剣を交差させた頭上に偶然徹の攻撃がやってきたのだから。
「くそっ、不意打ち失敗か」
つばぜり合いの状況になった。しかしこの状況では上背も膂力もある慎一郎の方が有利だ。
にもかかわらず、徹の余裕の表情は崩れない。徹はにやりと笑い、そして、
「こういうのはどうだ?」
「……!」
慎一郎とつばぜり合いをしている徹の剣に纏わり付いている炎が一瞬膨らんだかと思うと、竜の形をまとったそれはまるで意思を持っているかのように慎一郎に襲いかかってきた。
「なにっ……!?」
慎一郎は徹の身体を押すようにして後ろに飛びすさった。
しかし、炎の竜は慎一郎に狙いを定めているかのようにまっすぐ彼の元へとやってくる。
「……なら!」
慎一郎が左手に握っている〈エクスカリバーⅢ〉の握りを変えた。
〈エクスカリバーⅢ〉の剣身が瞬時に白く染まり、そこから白い霧が溢れ出す。
冷気の刃だ。
「たぁっ!」
気合い一閃、左手で今にも慎一郎に噛みつこうとしていた炎の竜を切り裂く。炎の竜は氷の剣によって瞬時に消滅させられた。
「ヒュゥ……!」
徹が口笛を吹いた。
『〈エクスカリバーⅢ〉はあらかじめ設定された魔法陣を展開させることによってその特性を変えるが、トオルよ、そなたのはその時々で魔法を生成しておるな?』
「ご名答。さすがは名高き〈剣聖〉」
徹は剣の炎を消してその長い刀身を肩に担ぐように持った。
「これが栗山流の奥義、魔法剣だ。古来から最強を誇る剣技と最新の魔術を組み合わせた究極の剣」
動きながら魔法を行使することはたとえ〈副脳〉の補助を得ても並大抵のことではない。ましてや慎一郎と剣戟を繰り広げながらである。
「剣術が嫌で魔術師をやってたはずなんだがなぁ。それがまさか剣術の腕に磨きをかける結果になるとはね」
徹は自嘲するように薄く笑った。しかし次の瞬間、その表情は真剣なものへと変わる。
「なら、これはどうだ?」
瞬間、徹が動き出した。
「……速い!」
瞬時に距離を詰めた徹は残像が見えるほどの速さでその長剣を振り上げると同時に剣身に炎が灯される。おそらく周囲で見ていた剣術部員たちはその動きを目で捕らえることすらできなかっただろう。
だが慎一郎は徹の動きを目で、そして気配で感じ取りこれに冷静に対処。下から振り上げられる初撃を左手の氷魔法を発動させた〈エクスカリバーⅢ〉で受け止める。
「……!?」
いや、その瞬間に徹の炎が消えた。慎一郎の背筋を嫌な汗がつたい、その本能的な感覚によって咄嗟に左手だけでなく二本の〈エクスカリバーⅢ〉でそれを受け止める。
「……ぐっ!?」
しかしそれでも相殺できないほどの重さを持つ攻撃に手が痺れ、腕を大きく跳ね上げられ、体勢が崩れる。そこに徹が剣を振り下ろす第二撃が襲いかかる。
だが慎一郎もその崩れた体勢に逆らうことなく大きくジャンプしてこれを回避。
そこに追い打ちをかけるように通りの蹴りが炸裂したが、これは読めていた。慎一郎は徹の足を踏み台にして逆に徹の懐に入り反撃を試みる。しかし速度に劣るその攻撃はあっさりとかわされてしまった。
すれ違い、お互いが少し離れた間合いで着地する。
『……ふむ。身体強化の魔法と重量増加の魔法を使っておるな』
メリュジーヌの指摘の通りであった。徹は通常時は身体強化の魔法で速度を上げ、攻撃の瞬間に炎の魔法剣から剣の重量を増加させる魔法剣に切り替えて威力を高めた。それが速くて重い徹の攻撃の秘密だ。直前で炎が消えたのは、同時に二種類の魔法をかけることはできないためだろう。
「見ただけでわかるのか。すげーなジーヌ。けど……」
徹が再びその速さで慎一郎に襲いかかる。
「からくりがわかったからと言って対応できるもんじゃないぜ!」
先ほどよりも速くて重い攻撃。慎一郎はそれを状況に応じて躱し、あるいは受けて、時には先制攻撃を仕掛け、フェイントも駆使して目の前の
「とうっ!」
「はっ!」
「ふっ!」
「んあっ!」
「たぁっ!」
「しゅっ!」
「くっ!」
「いやぁっ!」
「とぉっ!」
「そりゃっ!」
「ふんっ!」
外灯が照らす校舎前で動くのは二人の男子生徒のみ。彼らの剣のダンスを彩るBGMは彼ら自身が放つ声と剣が重なり合う音と空気を切り裂く音だ。
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