冬来たる6

「徹、これはどういうことだ!?」

「どうって言われてもなぁ、見ての通りだよ、慎一郎」


 本校舎の前。昇降口前の広いスペースに現れた徹はいつもの気安い様子で肩をすくめた。

 慎一郎の周りには先ほど彼が倒した剣術部や風紀委員の生徒達が倒れている。どの生徒達にも怪我はない。麻痺の魔法により一時的に動けなくしているだけだ。


『部長と言ったな。そなた、剣術部の部長になったのか? この事態を引き起こしたのはそなたなのか?』

「よう、ジーヌ。ずいぶん久しぶりだな。元気だったか?」

『わしの質問に答えよ!』

 メリュジーヌが珍しく声を荒げた。それだけ徹が目の前に現れている状況が理解できないのだ。


「……まあ、俺が責任者だからな。風紀委員と組んで北高を襲撃した」

「何故だ!? どうしてこんなことを……!」

 慎一郎の問いかけに、徹は悲しそうな顔をした。


「もう、限界だったんだ……。こうするしかなかった」

「何だって……?」


 徹が言いよどんだ。いつも明るい徹の姿そこになく、うつむき、苦悩に耐えているように見えるのは慎一郎のひいき目だろうか?


「地下の剣術部の部室では地上ほど食料が採れない。モンスターを狩っても俺たちじゃ捌くこともできない。もうずっと剣術部は飢えていたんだ」


『だとしたら何故、わしらに助けを求めなんだ?』

「そうだよ、徹。というかお前、剣術部に地上こっちに戻ってくるように説得してい行ってたじゃないか!」

 徹は目を瞑り、首を横に振った。


「もう遅い。文化祭であんな失態を犯してしまった以上、剣術部はもう地上には――学校には戻れない」

「そんなことは――」

『いや、そうじゃろう』

 慎一郎の否定の言葉を遮ったのは意外にもメリュジーヌだった。


「メリュジーヌまで!」

『実際にこやつらが受け入れられるかどうかは別として、本人たちが諦めておる。もう終わりだとな。差し伸べられた手が見えぬではどうしようもない』

「だけど!」


「どのみち、もう俺たちは後には退けない。俺たち剣術部が北高ここを支配するか、お前たちが俺たちを排除するかのどちらかしか残されていない」

 言って、徹は腰に差していた剣を抜いた。


「な、何をやって……」

「構えろよ、慎一郎。もう、こうするしかないんだ……」

「嫌だ! おれはお前とは戦わない!」

「そうかい。……なら!」


 瞬間、徹が風のように突進してきた。思っていたよりも遥かに速いその動きだったが、慎一郎の身体は無意識のうちに動き、その速くて重い攻撃をはじき返していた。

 金属と金属がぶつかる音が夜の校舎前に響く。


「さすがは俺の相棒。やるじゃないか」

 間合いを取り、油断なく剣を構える徹がにやりと笑う。


 彼の剣は周囲の部員たちが持っているものとは異なり、細くて、彼の身長に対してずいぶんと長い。この剣を操るには相応の技量が求められるだろうとはメリュジーヌの弁だ。


「だが、これならどうかな……ッ!」

 言うが早いか、徹は疾風のごとく突進し、その長い剣の特性を百パーセント利用して恐ろしいほどの速さで突きを放ってきた。


「…………!!」

 正確に慎一郎の眉間を狙って繰り出された突きを首を横に傾けることで間一髪で回避する。しかし完全には避けきれず。切っ先が慎一郎の頬の皮膚を削り、そこから赤い筋がつつ、と流れ落ちた。


 栗山徹。全国的に有名な剣術道場である〈栗山道場〉の一人息子。幼少の頃から剣術とともに歩んできた人生に嫌気がさし、高校では剣を捨てて魔術の道を歩んでいたが、幼い頃から身体に染みついていた剣の才は本物であった。


『躊躇している余裕はないぞ。やらねば、お主がやられる。奴は……トオルは、相当の手練れじゃ』

「くっ……」

 苦悶の表情を浮かべたが、しかし、慎一郎は再び間合いを取った慎一郎に対して構えの姿勢を取った。


「そう来なくちゃな」

 徹がにやりと笑った。

「メリュジーヌ」

『なんじゃ』

 慎一郎は数メートル離れたところで油断なく構える徹の姿をじっと見る。

「手出し無用」

『むろんじゃ』

 周囲に浮かんでいた八本の剣のうち、メリュジーヌが操っていた四本が音もなく鞘に収まった。


「全部で六本か……さすがにきついな」

 そう微笑む徹の顔は一瞬、昔の徹のように見えたが、その表情はすぐに引き締まり、戦士の顔つきになった。


「いくぞ!」

 再び徹が動き出した。一瞬で数メートルの間合いを詰めてくる。かと思えば思わぬ所から剣が伸びてくる。


(…………速い!)

 しかし、対処できない速度ではない。徹の攻撃を冷静に目で追い、あるいは気配を感じ取って躱し、また剣でさばく。


 受けてみてわかった。徹の剣はその長さにそぐわぬほど速く、その細さにそぐわぬほど重い。


(そうだよな。小さい頃からずっと鍛錬してたんだもんな)

 そこに徹の人生を見た。変幻自在に動くように見えてまっすぐなその剣筋はまさに徹そのものだ。


「どうした慎一郎! こんなもんじゃないだろ!」

 そうだ。この半年間で言えば徹は剣を置き、逆に慎一郎は毎日剣を振るった。


 徹の動きをよく見る。速い。速いが、決して対処できない速さではない。徹の攻撃は全て受け、あるいは躱すことができる。


 慎一郎は徹の攻撃を受けながら、少しずつ徹の動きを学んでいった。

 彼はその動きを微妙に変えてパターン化しないように気を配っていたようだが、それでも体勢から次の動きが何パターンかにまで絞って予測することができる。

 そして、次の動きが予測できれば……。


「はぁっ!」

 徹の横薙ぎを左手の剣で受けつつ、それで受けた衝撃を回転速度に乗せて右手の剣に乗せる。

 徹は咄嗟のところでこれを屈んで回避。そのままの体勢で足払いを仕掛けてきた。


「…………!」

 体勢が悪かったせいか、その足払いは思ったほどは速くなかったため、どうにかステップで躱すことができたが、予想外の動きに慎一郎の額に汗が落ちる。


「やるじゃないか。だったらこれはどうだ?」

 再び徹が突進してきた。右にステップすると見せかけて左にステップする。しかし慎一郎はそんな徹のフェイントに惑わされることなく徹の先ほどよりも高速になった攻撃に適切に対処する。徹の攻撃の合間合間に慎一郎も反撃を試みるが、徹も一連の動きの中に回避の動きを組み込んでおり、彼の勢いはなかなか衰えない。


「そりゃ!」

 徹の攻撃を回避した後、彼の動きが止まった隙を狙って慎一郎が攻撃を仕掛けた。

 しかし、それも徹の狙いだった。反撃を引き出すためにわざと隙を作ってみせたのだ。

 慎一郎の攻撃を円の動きで回避しながら、先ほど慎一郎がやったようにその動きを利用して慎一郎の脇腹に強烈な蹴りを見回せる。


「ぐっ……!」

 慎一郎が衝撃に思わず下がる。

 徹はそれを好機とみて追い打ちにかかった。


「たぁっ……!」

 大上段から振り下ろすように細身の剣を振り下ろす徹。

 慎一郎はそれを右手の剣でいなし、左手を振りかぶる。


「…………!」

 視界の端で徹がにやりと笑ったのが見えた。背筋が冷たくなるのを感じる。

 一瞬の判断で反撃を諦め、徹の攻撃範囲から離れようとする。一歩下がる。


 ――しかし、それこそが徹の狙いだった。


「なにっ……!」

 慎一郎が突然足を取られて転倒した。慎一郎は知らず知らずのうちに徹によって校舎前の花壇まで追いやられていたのだ。慎一郎が足を取られたのは花壇の縁に組まれていたレンガだ。


「これで終わりだ、慎一郎!」

 徹が長剣を小脇に抱えて油断なく突進してくる。尻餅をついてしまった慎一郎にそれを躱す余裕はない。


 もらった、と徹は思った。この状態で自分の攻撃を躱せるものではない、と。


 しかしその未来予想は当たらなかった。


 慎一郎が地面についていた右手を翻したかと思うと次の瞬間、目に激しい痛みが走った。

「うわっ……!」

 危険を感じた徹は突撃をやめて安全な距離にまで下がった。


 徹が涙で砂を流し、視力を取り戻した頃には慎一郎はすでに立ち上がっていた。

「やるじゃないか、慎一郎。まさか、剣をおいて、花壇の土を咄嗟に投げつけるとはな」


 徹がまだ少し痛む目を擦りながら慎一郎に笑いかける。

 剣を握ってまだ半年余りの慎一郎にはモンスターとの実戦経験は多いが、対人戦の経験はさほど多くない。


 だから小細工は苦手だと思っていた。

 事実、慎一郎は徹の剣に頼らない攻撃に翻弄されていた。


 しかし慎一郎はこの短期間で通るのそうした戦い方を学び、おそるべき速度で進化している。まさか、戦いの最中に剣から手を離し、土を投げつけるとは。


「やべぇ、楽しくなってきた」

 徹が朗らかに笑った。それは先ほどまでの徹とは異なり、〈竜王部〉で共に過ごしていた頃の人なつっこくて、誰からも好かれる徹の顔だった。


「悪いな慎一郎。俺、勝つわ」

 そういうと、それまで笑みをたたえていた徹の表情は一転して真剣なものに切り替わった。これまでよりもさらに厳しい、本気の顔だ。


 徹は長剣を両手で持ち、構えると、“解放のことば”を口にした。

「目覚めよ、“朝霧”」

 次の瞬間、徹の持つ剣が炎に包まれた。


「さあ、続きをやろうぜ」

 徹が心底楽しそうににやりと笑った。

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