冬来たる5
校舎の外では断続的に爆発音が起こっている。加えて剣術部員や風紀委員たち怒声が聞こえてくる。〈竜王部〉の揺動の効果だろう。首尾は上々と言えた。
背後でまたひとつ爆発が起こった。大きさからするとかなり近い。
「ひっ……!」
会計の平良が大きな音に驚いて肩をすくめた。
新校舎一階入り口。
イブリースと平良、そして書記の山野辺の生徒会役員三人は慎一郎やゴンたちの起こしている混乱に乗じて生徒会室の奪還と生徒会長の救出のために新校舎に潜入していた。目論見通り校内は大混乱に陥っており、事前に偵察したときよりも見張りの数は少ない。というか、ほとんどいない。
「ひゃっ……!」
また爆発。そしてまた平良が驚いた。
「もう、しっかりしてよね。男子はあんただけなんだから」
平良の隣で山野辺が励ましているのかいないのかよくわからない声を掛けている。この二人はいつもこんな調子だ。
山野辺が平良の頭を小突くと、平良の顔にようやくうっすらとではあるが笑顔が戻った。
生徒会室を襲撃されてからしばらくは二人とも塞ぎ込んでいたが、ここ数日でようやく元の二人に戻ったようだ。
「見張りがいますね」
手鏡を使って角の向こうを確認していたイブリースの声に、肩の力が抜けていた二人の一年生に再び緊張が戻る。
手鏡に映っていた見張りは風紀委員の一人。普段よりは少ないとはいえ、この見張りを何とかしなければ生徒会長の救出など夢のまた夢だ。
「どうしましょうか、副会長……?」
生徒会室は特別教室棟の一階、つまり今イブリースたちがいる入り口のすぐ先だ。あの見張りさえ何とかすれば生徒会室までたどり着ける。
山野辺の問いにイブリースは顎に手を当てて少し考えた。
「…………」
そして彼女の影に隠れるようにしている一年生の男子――すなわち平良を見た。
「平良くん、見張りの注意を引いてください。その隙に私が何とかします」
「えぇっ!? ボクがですか!?」
普段気弱な平良はこういう時に限って大声を出す。普段は声が小さすぎるくせに。
「わわっ、声が大きいよ平良。バレたらどうするのよ!」
「もごもご……」
山野辺が平良の口を塞いだので何を言っているのかわからなかったが、おそらく「ごめん」と言ったのだろう。
「大丈夫、気づいていないようです」
角の向こうを油断なく見ているイブリースに平良はほっと胸をなで下ろす。
「それでは、お願いします」
「うぅ……。本当に行かないとダメですか、副会長?」
弱気な平良の質問にイブリースは冷静に答える。
「別に行かなくてもいいですよ」
「えっ!? 本当ですか?」
喜色に包まれる平良。しかしその表情はすぐに崩される。
「他にもっといい方法があればの話ですけど」
「ですよねー。まあ、がんばって行ってきな。副会長とあたしがフォローするから」
「はぁい……」
諦めたように平良は立ち上がるとイブリースたちが隠れている角から出て行った。
「おいお前!」
とぼとぼと廊下を歩く平良に見張りの風紀委員はすぐに気がついた。
「お前だお前!」
平良は今初めて呼ばれたことに気がついたように左右を見てから「自分ですか?」と言わんばかりに自らを指さした。
「そうだお前だ」
「な、なんでしょう……?」
「なんでしょうはこっちの台詞だ。お前、何でここにいる?」
「何でって言われても……ねぇ……?」
「聞いてるのは俺だ。もしかして外で騒ぎを起こしてる連中の一味……には見えないな」
平良は背も低くてやや小太り。その見た目からもはっきり言ってもめ事を起こしそうには見えない。実際今まではそうだった。
「えっと、あの、その……」
平良は口ごもった後、何かを閃いたような笑顔になった。
「そ、そうだ! ここに来るようにって言われたんですよ」
「ここに? 誰からだ?」
「さぁ?」
「お前、ふざけてるのか?」
「ち、違いますよ! 名前は知らないんです。ただ、部長さんとしか……」
「部長……?」
「いい感じに相手の注意を引きつけてるみたいですね」
手鏡で角の向こうの様子を見ている山野辺。
「それで、これからどうするんですか? 眠らせるって、〈誘眠〉の魔法は成功率高くないですし……」
「こうするんです」
言って、イブリースは何やらよくわからない言葉を呟き始めた。
「イヴ・アラムフィン・ヴィエト・ララス・ヘテムーカ・ジャンムフィス……」
魔族の言葉だ。魔族はより魔術に秀でた種族で、その言語は人間のどの言語とも異なり、魔術的に有効な音節から作られているという。
「あっ……!」
イブリースが呪文を唱えると、彼女の身体が徐々に風景に溶け込んでいくのが見えた。透明化の魔法の一種だろう。
「すごいです、副会長! でも……」
ほとんど輪郭線しか見えなくなったイブリースに山野辺は素直な感想を告げる。
「そんなすごい魔法が使えるなら、平良を使わなくても最初から行けばいいのに」
「この魔法、完全に姿を隠すことはできないんですよ」
確かに、山野辺の目からはかすかではあるがイブリースの姿が見えている。だたら注意を引きつける必要があったのか。
「では、行ってきます。貴方はここで待機して、後ろから誰か来ないように警戒してください」
「はい!」
山野辺は元気よく返事をして、そして一言付け加えた。
「平良のこと、よろしくお願いします!」
「もちろんです」
イブリースは足音を殺して角を曲がっていった。
「で、ですから……中の人にこれを渡さなきゃいけないんです」
「それは俺がやるからよこせと言っているだろうが!」
「直接渡すように強く言われてるんです。ですから……」
「だがここを通すわけにはいかん!」
「そこを何とか……」
「…………わかった」
「じゃあ……!」
「お前の言ってることが本当か中で聞いてくる」
「……!! そ、それは……」
「どうした? 何か問題でも?」
「い、いえ……そういうワケでは……」
平良の引き留めは彼なりによく頑張っていると言えるだろうが、そろそろ限界に近づいていた。絶体絶命の窮地に陥ってあたふたしている平良の脇をいい香りがする風が吹き抜けたような気がした。
「お前はそこで待っていろ」
「あ、ちょっと……」
見張りが平良に背を見せ、生徒会室に歩いて行こうとしたその時である。突然風紀委員の全身の力が抜けた。
彼は全身の身体の力が抜けているのに倒れないという奇妙な姿勢をしている。
「…………?」
平良が不審に思っていると、風紀委員の後ろに突然人影が現れた。後ろ姿だったが、流れるような金髪からするにイブリースだとわかった。
平良は驚きの余り声を上げそうになったが、慌てて自分で自分の口を塞いでそれだけは防ぐことができた。
イブリースは見張りの口元にハンカチのようなものを当てていた。それで眠らせたのだろう。
「副会長……!」
「早く手伝ってください。この人、重くて……」
「あ、はい……!」
平良はイブリースの所に駆け寄って意識を失っている風紀委員を担ぎ上げた。気の弱さとは裏腹に、彼は結構な力持ちであった。
そのまま眠らせた見張りを隣の空き教室へ運び、掃除用具入れの中に入れておいた。その頃には残しておいた山野辺も合流してきた。
「生徒会室に突入します」
イブリースが宣言すると、ほかの二人も神妙に頷いた。
「でも、どうやって……?」
「ボク、乱暴なことはちょっと……」
「これを使います」
イブリースが制服のスカートのポケットから握りこぶしよりも少し小さいくらいの玉を取りだした。
「なんですか、これ……?」
イブリースは手のひらの上に乗せたそれを見せながら説明した。
「今外で爆発してるものです」
「えっ!? それって大丈夫なんですか?」
「威力は抑えてあるから大丈夫ですよ。光と音で敵の目をくらませて、その隙に蔦の魔法で動きを封じます」
「あはは……会長も大変ですね」
人質である生徒会長・菊池一は生徒会室に監禁されているとみられていた。
「あの方であれば咄嗟の判断でご自分の身の安全くらい守ります」
「確かに」
「ですね」
山野辺と平良の表情が幾分和らいだのを確認して、イブリースは玉を持ち立ち上がった。
その時、彼女たちが身を潜めていた空き教室の扉が乱暴に開け放たれた。
「作戦会議は終わったかな、副会長?」
扉の外に立つ風紀委員長の軍服姿を見て、イブリースはため息をつきながら立ち上がった。
風紀委員長・
「……まったく、貴女という方は」
「これは計画にはなかったはずですが?」
「そうでもない。これで動きやすくなるはずだ。そうだろ?」
「それはそうですが……。とにかく、会長の解放をお願いします。でないと……」
「でないと?」
「わかっているくせに」
「おお、怖い」
遙佳が肩をすくめた。しかしその様子に恐怖は微塵も感じられない。
生徒会と風紀委員。対立するふたつの組織の中心人物である二人の女子生徒の間には、緊迫でも牽制でもない、奇妙な雰囲気に包まれていた。
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