冬来たる4

 慎一郎の役割はコボルト達と同じく剣術部員や風紀委員たちを引きつけること、特に体育館から彼らを引き剥がすことにある。

 そのため、彼の存在は目立てば目立つほどよい。

 その慎一郎は何やらメリュジーヌと揉めているようだった。


「だいたい、あれは何百年も前の話で、実際にはそんなこと……」

 慎一郎がぼやくが、それを提案したメリュジーヌは全く取り合わない。


『何百年も前? けっこう。わしが召喚されたのもその時代からじゃ。いいかよく聞け。お主は囮じゃ。せいぜい派手に名乗りを上げて敵をひきつければよい』

「でもなぁ」

「ええい、何を躊躇うか! 多くのとらわれの子供や、それを助けに行ったコヨリやユキナのためじゃ。やるぞ!」

「え!? ちょ、ちょっと待ってくれ……!」


 慎一郎は慌てるが、メリュジーヌは全く聞かず、『やあやあ!』と叫んだ。その声は慎一郎にしか聞こえないのだが、慌てた慎一郎はそんなことも忘れてしまっていた。そしてメリュジーヌの後を続けるように、


「われこそは〈竜王部〉部長の……」

 しかしやはり恥ずかしかったのか、名乗りは尻すぼみになり、肝心の名前を言えていない。


「む!? 誰だお前! もしかして敵か? 敵襲! 敵襲!」

 慎一郎が名乗りを上げる前に近くを走っていた港高の剣術部員に発見され、人を呼ばれてしまった。あっというまに数人の剣術部員や風紀委員たちに取り囲まれる。


「くそっ……」

 ゴンたちがすでに各所で暴れているせいか、敵の動きは早い。油断なく慎一郎の全方向を取り囲んで逃がすまいとしている。


『目論見通りじゃな。さあ、もっと多くの敵を集めるのだ。名乗りをあげい!』

 メリュジーヌに言われたが、封印前の彼女が慎一郎の自宅で見ていた時代劇でやっていた「やあやあ、われこそは……」という名乗りだけは勘弁して欲しい。恥ずかしすぎる。


 しかも今となっては名乗りを上げてもあまり意味がないのでは……。そう思っていたところ、敵の剣術部員が誰何した。

「貴様、何者だ? 所属と姓名を名乗れ!」

「お、おれは浅村慎一郎。〈竜王部〉の部長だ!」

 聞かれるまま名乗る。メリュジーヌが求めていたのとは異なるシチュエーションだが、効果のほどは確かなようだった。


「部長だと……!?」

「敵のリーダー発見!至急応援を求む!」

 敵がざわめく。中にはこめかみに指を当てて〈念話〉で仲間を呼ぶ者もいた。


『名乗りに不満はあるが、まあよい。これで敵を引きつけることができる』

 メリュジーヌが満足そうに頷くが、慎一郎の頭には何か引っかかる違和感があった。

 しかしそんな慎一郎の感情などどこ吹く風といった具合に取り囲んだ生徒達が武器を取り出し包囲を縮めてきた。


「この人数だ。適うはずもない。おとなしくしてろ。おとなしくしていれば手荒なまねはしない」

 この中ではリーダー格なのだろうか、剣術部員とおぼしき袴姿の生徒が警告をした。

 しかし、残念ながらその警告に従うわけにはいかない。


 慎一郎が腰に下げている剣を二本、左右の手で取り出した。〈エクスカリバーⅢ〉だ。

 その途端、慎一郎を取り囲んでいる生徒達がざわめく。

「こいつ、反抗する気だぞ!」

 剣術部員や風紀委員たちが改めて各々の武器を構えた。これで一戦は避けられない。


『よいか、相手を傷つけずに戦闘力だけを奪うのじゃ』

「わかってる」


 作戦をメリュジーヌと確認しあうと、腰にぶら下げている残りの鞘から全ての剣がふわりと浮かび上がった。その数八本。慎一郎が操る四本と、メリュジーヌが操る四本だ。


「…………!!」

「なんだあれは!」

 誰の手にもよらず宙に浮かび上がる八本の剣を見て周囲の生徒達がざわついた。

 あるものは険しい表情で武器を握り直し、また別のものは明らかに腰がひけている。


 そしてまた別のものは――

「ただのこけ脅しだ! こっちの方が数が多い、やるぞ!」

 先ほどのリーダー格がそう叫んで慎一郎に襲いかかった。それを見た生徒の何人かが少し遅れて続く。


「うわぁぁぁぁぁ……!」

 慎一郎は冷静に正面から来た生徒の剣をはじいてがらあきになった同に返す刀で素早く一撃を入れた。


「ぐふっ……!」

 その生徒は五メートルほど吹っ飛ばされてその場を動かなくなる。


「あっ、ごめん!」

 思ったよりもダメージを与えてしまったようだ。慎一郎が慌ててその生徒に謝る。


 そうしている間に左右と背後からばらばらに生徒達が攻撃してくる。

 しかし慎一郎はそちらを見もせず魔力で編まれた不可視の腕に持つ剣で対処した。一人の攻撃を受けてそれをいなし、また別の一人には相手の攻撃よりも早く彼の剣を弾き飛ばす。もう一人はそれを見て思いとどまるように足を止めてこちらの様子をうかがっている。


 慎一郎の持つ〈エクスカリバーⅢ〉は柄の部分に魔法陣が描かれており、握り方によってその効果を自在に替えることができる。

 今、〈エクスカリバーⅢ〉には触れた相手を麻痺させる効果と、剣の切れ味をゼロにする効果が加えられている。相手が北高を掌握している敵といえど、同じ生徒を傷つけるわけにはいかないという配慮だ。


 しかし〈エクスカリバーⅢ〉のこの機能は自分の手で握らなければならないので、相手を攻撃して戦闘不能にさせるのは両手に握った二本だけで、残りの〈エクスカリバーⅡ〉を含む八本は相手の攻撃を受け流したり牽制したりすることに使うのみに留めている。


「たぁぁぁぁっ!」

 そしてまた正面から風紀委員が襲いかかってきた。慎一郎は相手の攻撃を難なくかわし、すれ違いざまに今度は優しく風紀委員の腹を〈エクスカリバーⅢ〉で撫でる。


「……………………」

 風紀委員は一瞬だけ震えたかと思うとそのまま無言でくずおれた。


 そのタイミングを見計らって二人の生徒が同時に背後から襲いかかってきた。慎一郎の死角を狙ってきたのだろうが、気配と足音で丸わかりである。


 一人の攻撃を背後ではじき、もう一人を体捌きでかわした後、脚を引っかけて転ばせた。

「うわっ……!」

 転ばされた剣術部員がたたらを踏んでいるところに慎一郎が〈エクスカリバーⅢ〉で彼の背をちょんと押す。すると剣術部員はそのまま倒れて動かなくなった。


 この程度の相手であれば完璧な連携でもされない限り何人に襲いかかられても負ける気はしなかった。

 その場にいる全員が襲いかかってきた。連携もなくばらばらに攻撃してくる相手の攻撃をかわし、時にははじき返し、または正面からの敵に一撃を加えて着実に相手の数を減らしていく。


 その時、違和感の正体に気がついた。


「くそっ、。油断するな!」

 見覚えのある剣術部の生徒が叫んだ。

 風紀委員はともかく、剣術部員の多くは“鬼”と共に戦い、負傷してヴァースキ戦の前に収容された生徒達だ。にもかかわらず慎一郎のことを知らない……?


(どういうことだ……?)

 慎一郎の集中力が一瞬途切れた。その瞬間を狙った訳ではないだろうが、正面に躍り出た風紀委員の棍棒が彼の頭に振り下ろされようとしていた。


「…………!」

『気を逸らすな!』


 しかし、その棍棒は横からなぎ払われたメリュジーヌの〈エクスカリバーⅡ〉によって逸らされる。

 その一瞬の隙に慎一郎が一撃を加えた。即座に麻痺の効果がもたらされた風紀委員はその場に倒れた。


『何を考えておる! 上の空で戦えるほど甘い相手ではないぞ!』

「すまん!」

 メリュジーヌの叱咤が飛ぶ。慎一郎は反省し、気を入れ直して背後の、左右の、そして正面からの敵に対処した。




 慎一郎を取り囲んでいた多くの生徒達は彼の周囲に倒れている。いずれも意識はあるが身体が麻痺されて動けない状態にある。


「くそっ、なんて奴だ……」

「バケモンか、こいつ……」

 今、その場にいるのは北高の剣術部員が二人。圧倒的な数的有利を覆されたことによって腰がひけ、また息も上がっていて士気は下がっていても良さそうなものなのだが……。


「同時に正面から行くぞ」

「あ、ああ……」

 二人が慎一郎を睨みつける。その修羅のような悲壮感に慎一郎は一瞬怯んだ。


『何がこやつらをここまで……』

 メリュジーヌも同じ疑念を抱いているようだった。


 そもそも、この状況には何重にも不審な点がある。敵の衰えない士気だけではない。慎一郎のことを知らなかった剣術部員。そして何故、そもそも北高を襲撃して生徒達を軟禁する必要があったのか。


 剣術部員がそれぞれの武器を構えた。二人が使うのは剣術で使用する刃を落とした剣だ。

 二人が慎一郎を睨みつける。対する慎一郎も気を緩めない。

 彼らの腰が少しだけ下がり、脚に力がかかったことがわかった。来る。


 しかしその一瞬のにらみ合いは剣術部員たちの後ろからの声によって遮られた。

「お前たちじゃ無理だって。ここは俺に任せな」

 剣術部員たちが声のした方を向いた。


!!」

 彼らの身体から力が抜けたのがわかった。


 それに反比例するかのように慎一郎に身体に力が入り、表情が厳しくなった。

 やってきたその人物は険しい表情の慎一郎に気安く手を上げた。


「よう、久しぶりだな」

「徹……!」

 文化祭の直後に〈竜王部〉を出て、それ以降消息のわからなかった栗山徹がいた。

 剣術部の胴着と、左の腰に長い剣を下げて。

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