冬来たる3

 “巳”のほこらに仮の拠点を築いてからの一ヶ月弱、〈竜王部〉部員たちはそれぞれの形で自分の戦闘スタイルを洗練化させていた。結希奈の『とっておき』の魔法もその一つである。


 慎一郎は不可視の腕で四本の剣を操ることに磨きをかけた。こよりは新型ゴーレムの開発に勤しんでいた。


 なかでも最も成長したのが楓である。彼女は元竜人族の巽に師事を得ることで一段高い階段を上っていた。巽は〈竜海神社〉の神事に長年携わってきた弓の名手でもあったのだ。




「いたぞ、追え!」

 校舎とかつて校庭だった農場の間を駆ける小さな影と、それを追いかける袴姿の少年たち。コボルト村の戦士長ゴンと北高を武力で制圧した剣術部の部員たちだ。


 コボルトはその短い足に似合わず意外と走るのが速い。逃げるゴンに追う剣術部員たちはなかなか距離を詰めることができない。


 そうしている間にもそこかしこで大きな爆発音がとどろき、黒煙が上がっている。

 ゴン以外の九人のコボルト達は三人一組となって今も北高の敷地内で爆発を起こしている。音と光と煙だけのフェイクなのだが、相手にはそれが偽物なのか本物なのかも区別がつかない。爆発が起きるたびに剣術部員や風紀委員が現場に行って確認しなければならないために校内は大混乱だ。そこにゴンが現れて逃げ回ることでさらに混乱に拍車がかかる。


 しかし逃げるゴンは一人なのに対し、追う側は常に数人単位だ。取り囲まれ、追い詰められるのは時間の問題だとも言える。


「それっ!」

 回り込んできた剣術部員の脇をうまくすり抜け、それで速度が落ちたところに後ろから飛びかかってきた風紀委員を振り切ったところまでは良かったが、そのあと剣術部のマネージャーが投げた網に引っかかってしまい、ついにゴンはその足を止めた。


「手こずらせやがって、この犬っころが!」

 先ほど飛びかかってきた風紀委員が忌々しいものを見るような目でゴンを見る。


「うわー、捕まってしまったっす! ヤバいっす!」

 網の中でゴンがもがきながら叫んだ。しかしどうにも嘘っぽい。


 しかしようやく邪魔なコボルトを捕まえた人間たちはそれに気づかない。


「ヤバいっす! ヤバいっす!」

 ゴンはなおも網の中でもがいているが、どうにも様子がおかしい。首からぶら下げていた石のペンダント見せびらかすように持っているのだ。


「なんかムカツク犬だな。こうしてやる」

「ひいっ!」


 剣術部員が鞘に入ったままの剣を振り上げると反射的にゴンは身体を震わせた。

 しかしその瞳にはいささかも恐怖の感情は含まれていない。


 何故なら――


「来た! 来たっす!」

 ゴンの表情が喜色に染まる。それは、すっかり闇に染まった夕暮れの空に輝く一条の光を見たからだ。


「……? 何だ?」

 ゴンの様子に不審を覚えた生徒達が釣られるように夜空を見る。


「なんだ、あれ……?」

「流れ星じゃないのか?」

「ねぇ、何か大きくなってない?」

「ホントだ! 大きくなってる!」

「てか、こっちに来るぞ!」

「に、逃げろ!」

「うわぁぁぁぁぁぁ!」


 空から降ってくる光にパニックになる生徒達だったが、それで光の速度が落ちることはなく、光はそのうちの一人に狙い違わず命中した。


「ぐっ……!」

 命中した風紀委員の身体が大きく跳ねたかと思うと、そのまま倒れてぴくりとも動かなくなってしまった。


「か、身体が……うごかない……」

「おい、大丈夫か!? 何が起こった!」

 一人が駆け寄って倒れた生徒を介抱しようとするが、その生徒にも後から飛んできた光の矢に貫かれる。


「うわっ……!」

 そこからはパニックだった。天から次々と飛来する謎の光によって確実に行動不能にさせられる生徒達。逃げても、隠れても無駄だった。その光は目標の生徒をどこまでも追い回し、また遮蔽物を迂回して確実に命中する。


 気がつけばゴンを取り囲んでいた数人の生徒達は一人残らずその場に倒れていた。


「やったっす! 楓の姐さん、大成功っすよ!」

 網から這いだしてきたゴンが胸のペンダントに向かってガッツポーズをしてみせた。




「もう……。“姐さん”はやめてって言ったのに。でも……」

 ゴンが囲まれた部室棟から遥か離れた特別教室棟の屋上で楓は不満そうな顔をした後、にっこり微笑んだ。


「うまくいったみたい。よかった」

 そして楓は構えをといて自分の背丈ほども大きな愛用の弓を下ろした。


 この半月あまりのあいだに最も成長したのは楓である。


 後衛のアーチャーとして今や〈竜王部〉に欠かせない存在になっている彼女であったが、抜群の集中力と脅威の命中率と比較して、パワーに劣るために敵にダメージを与えきれないという課題が残っていた。


 そのことは楓本人が最も自覚しており、かねてから筋トレなどを行って弓を引く力を増加させようとしていたが、今ひとつ成果は出ていなかった。小柄な女子生徒ということでどうしても限界があるのだ。


 そこで指示を仰いだのは〈竜海神社〉のご神体であった巽である。もと竜人であり、この地を荒らした“鬼”を封じた伝説のドラゴンでもあった彼女は、その後もこの地に留まり続け、巫女としてさまざまな神事を今も執り行っている。


 〈竜海神社〉の新年の開運招福のお祭りといえば地元ではちょっとした有名なお祭りなのだ。そこで行われるのが弓を使った儀式だ。


「巽さんの弓の腕前って結構すごいのよ」

 と以前結希奈が言っていたこともあり、前から話を聞いてみたいと思っていたのだ。


『うわわっ、また囲まれてしまったっす……!』

 楓が着ている弓道着の胸元につけられたブローチのようなものからゴンの声が聞こえてきた。ゴンがぶら下げていたネックレスにつけられた石はこのブローチに繋がっており、映像や音声が送られてくるのだ。


「もう? まったく、世話が焼ける子ね……」

 笑みを浮かべながら楓は弓を構えた。


 しかし、彼女の右手に矢はない。それどころか、今楓は矢を一本も持っていないのだ。


「いでよ」

 そうつぶやくと、楓の右手から弦にかけて光が集まり、やがて黄色く輝く弓の形状になった。

 楓が目をすがめると、左目の少し先にレンズのようなものが現れた。それは魔術で作られた照準器だ。


「三の矢『快刀乱麻』」

 楓が息を吐きながら右手を離すと、黄色く輝く矢が勢いよく飛んでいった。その後続けてで三射。合計四本の魔術の矢が飛んでいった。


 師事を求められた巽は、実戦的な弓術として楓に三つの魔術を授けた。

 ひとつは魔術で矢を作り出し、それを打ち出す方法。そしてもうひとつはその矢を自在に操る方法である。


 楓の目の前に現出したレンズはいわゆる拡大鏡だ。ただしただの拡大鏡ではない。魔術で作られたレンズは楓の意思により自在に拡大率を変えることができ、対象が見えている限りどんな距離でも見ることができる。これを使って打ち出した矢をあとから操ることができる。つまり、目標が逃げてもそれを追いかけることができるのだ。


 このふたつの魔術を応用することで、楓の戦略は飛躍的に広がった。対象が目に見えているのならどこまででも追いかけていって命中させる第三の矢『快刀乱麻』はそのうちのひとつである。

 また事実上無制限に矢を射ることができるようになり、連射すら可能になった。


 さらには呼び出す魔法の矢を変えることによって様々な効果を離れた相手に与えることができる。

 今射出しているのは“麻痺の矢”。命中した相手に怪我をさせずに身体の自由を奪うことができる。


 四発の矢は楓の操作によって狙い違わず目標に命中し、ゴンを追い詰めていた四人の男女は全員その場に倒れ込んだ。ゴンが手際よく彼らの手足を縛って動きを封じ込めているのが見えた。


「よしっ!」

 楓は小さくガッツポーズをした。楓とゴンの陽動作戦は今のところうまくいっているようである。


 あとは他のメンバーがみんなを――楓の古巣である弓道部の部員たちも捕らえられているのは確認している――助けてくれるに違いない。


「頼みます。浅村くん、みんな……」

 楓は想い人の名を口の中で呟き、再び弦を引いた。

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