冬来たる2
遥か校舎の向こうから数発の爆発音が聞こえてきたのを確認して、慎一郎たちは身を潜めていた森の中から姿を現した。
「では、手はず通りに」
イブリースがそういうと、他の面々は無言で頷き、それぞれの役割を果たすために散っていった。
結希奈はこよりとともに体育館の方へ向かっていった。外崎姫子をはじめ、多くの生徒達が人質として軟禁されている作戦の中核となる場所だ。
プールと森の間を抜けて体育館裏に向かおうとしたところで巡回の剣術部員がいた。咄嗟に近くの木陰に二人は隠れる。
事前の偵察でこの時間にも体育館の周りには見張りが途絶えることがないことがわかっていた。だから、周囲で騒ぎを起こしてなるべく体育館の見張りを手薄にしようという計画だ。
そして、今のところその計画はうまく行っているようだった。遠くから連続して爆発音が聞こえる。巡回していた風紀委員とおぼしき男子生徒が立ち止まって音のした方を見た。
(お願い……向こうに行って……!)
結希奈が祈るが、しかし風紀委員は持ち場を離れないよう強く言われているのか、しばらく音のした方を見ていたが、やがてこちらに向けて歩き出してきた。
(結希奈ちゃん)
(うん……)
こよりと目配せをした。できれば穏便に済ませたかったが、もしかすると手荒なことをしなければならないかもしれない。
二人は身を硬くして小さくなっている。見張りはそうしている間にもこちらにやってくる。
結希奈はこの日のために準備しておいた『とっておき』を用意する。肩に掛けている〈副脳〉にインストールされている魔法を選んだ。
風紀委員がすぐ隣まで来た。
「……ん?」
彼は何か気配を感じ取ったのか、結希奈たちのいる場所のすぐ側で立ち止まり、あろうことか彼女たちが隠れている木の方を見ている。
そしてそのまま下草をかき分け、森の中に入ってきたではないか。
結希奈の握る拳に力が入る。隣にいるこよりも息を殺して見守っている。
風紀委員の男子がすぐ目の前までやってきた。向こうからは茂みの影に隠れてこちらの姿は見えない――と思いたい。
(だったらどうしてこっちに来るのよ……!)
結希奈は今すぐ『とっておき』の魔法をお見舞いしたい気持ちをぐっと堪えた。隣でこよりが結希奈の手を握り、「おちついて」と首を振っていたからだ。
風紀委員がすぐ目の前にやってきて、十分にも感じられる十秒が経過した。
(……ねえ、なんか聞こえない?)
隣のこよりにささやいた。そのこよりは眉にしわを寄せてとても嫌そうな顔をしている。
「~♪」
男子生徒の鼻歌が聞こえてきた。そのバックで流れる水を撒いているような音――
「い、いやぁぁぁぁぁ……!」
と、叫びそうになった所を、こよりが口を塞いでくれたので何とかせずに済んだ。
「ふう、スッキリした」
やがて水音がしなくなったかと思うと、見回りは上機嫌にその場を後にしていった。
「ふぅ、よかった……」
「もう、最悪!」
茂みから顔を出した二人の言葉はそれぞれだった。しかし何にせよ、見回りはその場から立ち去っていった。
「ま、まあ……とにかく先を急ぎましょう」
「うん……」
まだ怒りがおさまらない様子の結希奈をなだめ、こよりが体育館への道を促した。
周囲に見張りの姿がないことを確認してから、さらに体育館の方へと向かう。
プールの隣が体育館だ。プールの影からプールと体育館の間にある道をのぞき込むと、先ほどの見回りに別の生徒――袴姿から剣術部員とわかる――が話しかけてくるのが見えた。
(レムちゃん、お願い)
こよりが造りだした親指大のゴーレムをその話をしている二人に向けて放つ。ゴーレムは手足を引っ込めてコロコロと転がり二人の方へと向かっていく。
やがて、ゴーレムが聞き取った彼らの声が聞こえてきた。
「おい、敵の襲撃だ!」
「ああ、ここまで音が聞こえてきた」
「悠長なことを言ってる場合じゃないだろ。どうも敵は十人以上いるらしい。人手が足りないからお前たちも来てくれ」
どうやら、ゴンたちの陽動は成功したようだ。このまま見張りも引きつけてくれれば後が楽なのだが……。
しかし、現実は結希奈が思うほど甘くはなかった。
「ダメだ」
「何だと!? どういうことだ?」
「おれ達は風紀委員長から持ち場を守れと指示されている。ここから動くことはできん」
「緊急事態だとわからないのか?」
「おれ達にとってみれば風紀委員長の命令が絶対だ。風紀委員会を動かしたかったら委員長の支持を取り付けてこい」
「くそっ、融通の利かない奴!」
そう言い捨てて剣術部員は立ち去っていった。一方の風紀委員は何事もなかったかのように巡回を続けている。
「陽動が効かないみたいね。やっかいだわ」
「いざとなればあたしが何とかするわ。こよりちゃんは予定通り、体育館の方をお願いね」
「頼んだわ、結希奈ちゃん」
そう行って女子二人は頷く。
その時、彼女たちの背後から鋭い声がした。
「貴様ら、何をしている!」
油断していたとは思いたくない。風紀委員たちの警戒が想定よりも厳重だったのだろう。 逃げる間もなく周囲から風紀委員たちが続々集まってくる。
「どうやって体育館から抜け出した? ん、その制服……」
結希奈たちを取り囲んだ風紀委員の一人がこよりの姿をじっと見る。彼女の制服は北高のものではなく、彼女が前に通っていた高校のもの(という設定で防衛省から支給されたもの)で、当然彼女しか着ていない。
「結希奈ちゃん!」
こよりが叫ぶが早いか、結希奈が〈副脳〉にセットしていた『とっておき』の魔法を起動させる。
「
瞬間、彼女たちを取り囲む風紀委員たちの足元の地面が盛り上がったかと思うと、まるで腕をのばしたように白い花をつけたつる植物がみるみる成長し風紀員達の身体に絡みつく。
一部などはコンクリートを突き破って伸びている。
「うわっ、なんだこれ……!」
風紀委員たちが混乱している間もつるは彼らに絡みつき、身体の自由を奪っていった。
これが結希奈が用意した『とっておき』だ。巨大イノシシを足止めしたときに使った蔦の魔法をこの半月ほどで強化した彼女のオリジナルだ。
「誰か、来むぐっ……!」
仲間を呼ぼうとした風紀委員の口をすかさずつる植物が塞ぐ。ちょうどそこに花が咲いて、まるで彼がキザったらしく花を咥えているようにも見えるが、もちろん当の本人にそんなつもりも余裕もない。
気がつけば、結希奈が『とっておき』の魔法を発動してからわずか一分足らずで彼女たちを取り囲んでいた十人近い風紀委員たち全員に猿ぐつわをしてがんじがらめにした。
「やったね!」
結希奈とこよりは笑顔でハイタッチをして窮地の脱出を喜んだ。
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