暗闇の偵察隊6

                      聖歴2026年11月30日(月)


 体育館前。十一月も終わろうとしている北高は季節にふさわしく冷え切っているが、かつて校庭だったところを耕して作られた大農場の作物は青々と茂っている。

 わずか三日で作物が実るこの不思議な畑は、季節に関係なく作物を育てることができるようだ。


 二週間前であればこの時間、多くの生徒達が外に出てそれぞれの活動を行っていたが、剣術部と風紀委員会に占拠された今は、作物を育てるのに必要な最小限の生徒だけが監視付きで農作業をしてるのみである。


 そんな明かりの消えたかのような北高に木枯らしが吹きつける。

 晩秋特有の強い風にさらされ、校庭の作物が大きく揺れた、校舎横の道に落ちていた小石も転がった。


 それはただの小石ではなかった。楕円形の小石の四隅が割れたかと思うと、それは下方向に伸びて小石の中央部分を持ち上げた。そして四隅と本体の接続部分が回り出して小石が移動を始めた。それは脚だった。


 小石は短い足を懸命に動かして体育館の方向へと歩いて行く。時折、周囲の見張りが近くを通り過ぎるが、その時は脚を引っ込めて完全に小石になるのでそれを気にする者は誰もいない。


 小石はこの一週間でこよりが新しく開発した偵察型ゴーレムだった。迷宮内の石をもとに作られているので、動きを止めれば完全に石の姿になる。以前ゴンたちに持たせたネックレス型のゴーレムと同じように見たものを水晶玉に映し出すことができるだけでなく、周囲の音も聞き取ることができた。


 巡回の生徒の姿が見えなくなると小石は再び動き出す。これを繰り返して半日後、もう日も暮れようとしている時間になってようやく体育館の中に入ることができた。コボルト達の偵察では決して立ち入ることのできなかった領域だ。


 十二月になろうとしているこの季節の夜は早い。体育館にはすでに明かりがつけられていた。明るくしているのは監視の目が行き届きやすくしているからだろう。

 小石は目立たないよう、入り口付近に留まって体育館を見渡した。体育館の中には百人強ほどの生徒達が人質として剣術部、風紀委員会によって軟禁されている。


「食事の時間だ! 全員並べ! 列を乱したり、問題を起こしたりする奴は懲罰を加える!」


 ちょうど夕食の時間だったようだ。舞台の上に小中学校の給食で使われていたような大きな鍋がいくつも置かれ、その前に人質の生徒達が列を作る。その表情は深く沈み込み、疲れを隠しきれない。生徒達にかかるストレスは相当なものだと察せられた。


 やがて椀一杯分の食事を与えられた生徒達は舞台の下に降りて数人、あるいは数十人の単位で固まって食事を始めた。生徒達は食事をしながら、ひそひそと会話をしている。周囲の見張りたちに話を聞かれないようにしているのかもしれない。その姿はお世辞にも楽しそうには思えなかった。


 しばらく観察していると、ゴーレムの前に一人の女子生徒が向かってくるのが見えた。慌てて小石へと擬態すると、その女子生徒はゴーレムの真正面に座ったようだ。水晶玉には彼女のスカートの尻が大写しになって他に何も見えない。


 体育館の様子を見るため、少しだけ場所を移動させようとすると、少し遠くから怒鳴り声が聞こえた。


「おい貴様! 食事は部ごとにまとまってしろと言っているだろうが!」

 その声の持ち主だろうか、どすどすとした乱暴な足音がこちらに向かってきているのが聞こえてきた。どうやら、声の持ち主は石の前に座っている女子生徒に怒っているようだ。


「ぼ、僕の部はひとりだから……」

 その様子を“巳”のほこらで観察していた面々に衝撃が走った。もしかすると、この女子生徒は……。


「一人の部だと? どこの部だ? 名前は?」

「鍛冶部。と、外崎とのさき……です……」


「鍛冶部だと? 鍛冶部、鍛冶部……」

 紙をぺらぺらとめくる音が聞こえる。どうやら、生徒名簿を見ているらしい。


「鍛冶部。所属部員一名。外崎姫子とのさきひめこ。確かに。だが、あまり勝手なことをするなよ」

「は、はい……」

 そのまま、足音が遠ざかっていった。


 慎一郎と、ゴーレムを操るこよりたちが“巳”のほこらでこの小石が自分たちであることをどう伝えようかと思案していると、姫子の方から話しかけてきた。


「こ、これは僕の独り言なんだけど……うひっ!」

 驚く慎一郎たちを尻目に姫子は『独り言』を続ける。


「今体育館の中にいるのは捕まってるほぼ全ての生徒。食事は朝晩二回。消灯は夜九時、起床は朝六時」

 ずるずると食事をかき込む音が聞こえてきた。見張りの注意を引きたくなくて目立たないように振る舞っているのだろう。


「体育館の外に出られるのは一日に五人。別々の部から無作為に選ばれて、農作業に駆り出される。その間も見張りが張り付いているから逃げ出すのは無理」

 どういうわけか姫子はこの小石が慎一郎たちであることを知り、こちらの情報を伝えようとしている。独り言だからだろうか、姫子の言葉はいつもとは異なり、流ちょうだ。


「体育館を見張るのは中外あわせて十人くらい。二十四時間見張っていて、交代している様子はない。いつ休憩しているのか不明。見張りの巡回ルートは……」


 そこまで話したところで辺りが暗くなった。消灯時間になったのだ。

 この先、姫子に『独り言』をさせては怪しまれるだけなので、今日の情報収集はここまでにした。




 翌日から少しずつ情報収集が進められた。ゴーレムを改良してこちらの声も届けるようにする案も出たが、独り言ではなく会話をしてしまうとそれだけでリスクが高まるということで見送られ、かわりにゴーレムに質問事項を紙にして持たせることで対応した。


 姫子によって地上の様子が伝えられた。それらの情報の中には剣術部、風紀委員会それぞれの警備状況、特に警備の巡回ルートも含まれていた。何故姫子がそれを知ったかというと、驚くことに時々外に出て実際に見て確かめたというではないか。


「ぼ、僕がいなくなっても、誰も気づかない。ふひ。ぼっち最強。存在感薄いから気づかれないし。ふひ、ふひひひひひひ……」

 姫子から得た情報をもとに、コボルト達が実際にそれを確認、情報が正しいと確認された。


 どうしてゴーレムの存在に気づいたのかという問いには、こう答えている。

「そ、その石は希少な鉱物で、地下迷宮にしか存在しない……から……知ってた。あ、あとでその石くれ! くれ! ……ください」

 突然姫子が興奮しだして危うく見張りに見つかりそうになったことは、記しておかねばなるまい。


 そのようにして姫子からの情報提供と、コボルト達の検証により、少しずつ北高の置かれている状況と生徒達の救出計画が練られていった。


 そして新月でもある十二月十日。日没を待ってからの作戦決行が決定された。

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