暗闇の偵察隊5
聖歴2026年11月22日(日)
その夜はそのまま“巳”のほこらで休息を取り、翌日の夜、十分暗くなってから偵察活動に出た。
北高の校内は夜でも外灯が照らしているが、その光量は大きくなく、それほど見通しが良いわけではない。
その暗がりの中を小さな影が音もなく進んでいく。“戌”のほこらから行動を共にしているゴンら五人のコボルトたちだ。
あまり知られていないが、小さい身体に夜目が利き、音が立ちにくい肉球の付いた足をもつコボルトたちは実に斥候にむいていた。
「じゃあ、あらかじめ決めた作戦に従って散開っす」
ゴンの指示に残りの四人のコボルトが頷き、それぞれの方向に向けて走っていった。彼らは以前から何かと校内に足を踏み入れていたので土地勘もバッチリだ。
構内を音もなく走る彼らの首に、ネックレスのようなものがぶら下がっている。一見、こぶし大のただの石ころにチェーンを通して首に掛けているだけにしか見えないが、これはこよりが造ったゴーレムだ。とはいえ、戦闘能力は持たず、ゴーレムが見たものをこよりに転送するだけの機能に特化したものだ。
「……………………」
“巳”のほこら内、イブリースの部屋でこよりが目を閉じ、ゴーレムから受信した映像を集中して見ている。
「どう、こよりちゃん?」
結希奈からの問いにも目を瞑ったままでゴーレムが見ているものをその場にいる皆に知らせる。
「今のところ問題ないみたい。受信状態は良好。あっ……!」
「どうしたの?」
「大丈夫。剣術部員の巡回があったけど、うまく隠れたみたい。結構人数がいる。隠れながらだから、そんなには進めないみたい。こっちの子は……」
送信側のゴーレムは五体いるのに対して受信側のこよりは一人しかいないから随時切り替えながら構内の様子を確認するしかない。偵察中、こよりだけに負担がかかるのも考えものだ。
「私たちもゴーレムさんが見たものを見られるといいんですけどね」
楓の言葉にこよりは苦笑する。
「水晶玉でもあればそこに映せるんだけどね。さすがに持ってきてないから」
「すいしょうだまならありますが」
「え、巽さんそれ本当!?」
「はい、ほこらのほんでんに、いくつかよういういしてあります。もってきましょうか?」
「ぜひおねがいします!」
「かしこまりました、五つでよろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
巽はすぐに水晶玉を用意して持ってきた。こよりは何事か呪文をつぶやきながら水晶玉に触れると一瞬だけ水晶玉が淡い緑色に輝き、それがおさまると水晶玉に風景が映し出された。今ゴーレムが見ている様子だ。
「夜なのにずいぶん明るいように思いますが……」
楓の疑問ももっともだ。水晶玉に映る様子は昼間とはいかないまでも辺りを見るには十分な明るさに見える。
「少ない明かりでもよく見えるようにゴーレムを造る段階で調整したの」
「へぇ~。錬金術ってすごいですね」
水晶玉を通して誰でも見られるようになったので、それぞれ慎一郎、結希奈、楓、イブリースが担当することになった。こよりはゴーレムの改良をすると言ってどこかへ行ってしまった。
「くそっ、やっぱり体育館は警戒厳重だ。まともに近寄れない。結希奈、そっちの様子はどう?」
「部室棟にも、校庭の畑にも人影はないみたいね。イブリースさんの言うとおり、生徒はみんな体育館に集められているのかも」
「弓道場にも誰もいませんでした。部長、大丈夫かな……。あっ、今コボルトさんが〈竜王部〉の部室に入りましたが、ここにも誰もいません」
『ということは、ヒメコも捕まったとみるべきじゃな。連絡が取れないのも納得じゃ』
「くそっ、早く助けないと!」
『焦りは禁物じゃ、シンイチロウよ。彼らにとってわしらは最後の希望であることを忘れるな』
「わかってる……」
「イブリースさん、そちらはどうですか? イブリースさん……?」
結希奈がイブリースの様子を見たとき、彼女は目を普段以上に大きく目を見開いて震えていた。もしかすると青ざめているのかもしれないが、魔族の顔色は日本人にはよくわからない。
「どうしました?」
イブリースの異変を感じ取った慎一郎と楓が彼女の側までやってきた。
彼女が見ている水晶玉には校舎の間と間、中庭とおぼしき光景が映っている。月明かりにほのかに照らされる樹木とその向こう側に見える白亜の校舎は本校舎だろう。これは確か、ゴンが持っているゴーレムが見ている光景のはずだ。
「彼は今……生徒会室の窓の前にいます……」
イブリースはひとときも水晶玉から目を離さずに集まってきた〈竜王部〉の面々に説明した。おそらく、ゴンは生徒会室の窓の外でしゃがんで室内からは見えないようにしているのだろう。
映像が徐々に上がっていく。ゴンがネックレスを上に上げているのだ。自分がのぞき込むと中から見えてしまうが、このネックレスだけを窓の上に出せばイブリースたちだけは中の様子を知ることができる。
少ししてペンダントの動きが止まった。相変わらず中庭を映したままだ。ペンダントを百八十度回転させないと生徒会室の中をのぞき見ることはできないのだが……。
「もしかして、ゴンちゃん気づいてないんじゃ……?」
『ええい、何をやっておる! 回すのじゃ! まわせ!』
そんな結希奈やメリュジーヌの気持ちが届いた訳ではないのだろうが、十秒ほど経ってからまるで慌てたようにペンダントがくるりと水平方向に半回転した。
「……………………」
そこにいる全員が食い入るように水晶玉に映し出される映像をのぞき込む。
部屋の中は明かりがついているので見やすかった。
窓際の一際大きな机がある席――生徒会長席――には見慣れぬ男子生徒が座っていた。後ろ姿なので顔は見えないが、あれがおそらく風紀委員会が推す生徒会長なのだろう。
生徒会長席の前には通常の机が並べておかれており、そこにはやはり見慣れない生徒達が座っている。彼らも風紀委員会が立てた生徒会役員たちだ。
そして生徒会長を含めた彼ら全員はこちらから見て左側を注目している。
そこにはホワイトボードがあり、その前で何事か説明してる女子生徒に注目しているのだ。
彼女はホワイトボードに書かれた図――おそらく北高の見取り図だろう――を指しながら何事か説明している。しかし、何を言っているのかここから聞き取ることはできない。
「声も聞こえたらよかったんですけどね」
楓がつぶやいた。確かに、このゴーレムのネックレスは見ることはできるが音を聞くことはできない。半日で作り上げた急造品だから致し方ない。
ゴンがネックレスを左右にパンしてくれた。水晶玉の見える範囲は狭いが、そのおかげで生徒会室のより広い範囲を見渡すことができた。
教室内に剣術部員の姿はない。ここにいる全員が風紀委員のようだ。その証拠に全員、風紀委員の証である黄色い腕章をつけている。
いや――
「会長……!」
イブリースが水晶玉を掴んで叫んだ。
こちらから見て奥の隅、廊下側の入り口の脇に置いてあるパイプ椅子に座らされている眼鏡の男子生徒の姿。生徒会長の
菊池はどうやら、猿ぐつわをされて椅子に縛られているようだが、それ以外に目立った外傷はない。しかし、うなだれているのでその表情を窺い知ることはできない。
「会長……」
水晶玉を強く握りしめる副会長の指先は白くなっていた。それは生来の肌の白さ以上のものであるに違いない。
結局、この日の偵察はそこで打ち切られた。〈竜王部〉部室と生徒会室の様子を窺い知ることはできたが、生徒達が集められているという体育館の様子は剣術部の警戒が厳重すぎるために知ることはできなかった。
翌日以降もコボルト達の偵察は続けられた。
真夜中を選んで偵察に出たり、何とかして警備の手薄な時間帯を見つけ出そうとしたが、剣術部はどうやっているのか二十四時間体制で厳重な警備を続けており、コボルトをもってしてもその隙を突くことは難しかった。
そしてこの日までにもうひとつ発見できていないことがある。
〈竜王部〉の部員であり、襲撃の当日に剣術部と行動を共にしていた徹の存在はこの日に至るまで確認されなかった。
そして決定的な進展がないまま数日が経過した――
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