暗闇の偵察隊4

 音を立てないように教室の扉を開けて廊下の様子を確認します。やはり誰もいません。やはりクーデター側も廊下に人を配置するほどの人員はいないようです。


「急ぐぞ。いつ追っ手がかかるかわからない」

 会長の言葉に私たちは頷きました。念のために〈誘眠〉の魔法を見張りたちにかけ直しておきましたが、〈誘眠〉は不安定な魔法なのでいつ目覚めるかわかりません。迅速な行動が求められます。


 体勢を低くして私たち四人は廊下を走ります。廊下を走ってはいけないなどと言っている場合ではありません。

「これからどうするんですか?」

 私は会長に聞きました。


「まずは反撃の体勢を整える必要がある。〈竜海神社〉へ向かおう。さすがに彼らといえどあそこまでは制圧できていないだろう」

 クーデター勢力の最大のウィークポイントは少人数であると会長は看過していました。そこをつけば生徒達も救い出せるし、生徒達を救い出せればクーデター側も諦めて話し合いに応じるだろうと踏んでいるのです。


 私たちは昇降口を通らず、非常口から上履きのまま外に出て、そのまま〈竜海の森〉へと向かいます。〈竜海神社〉へはこの森を通って急げば五分くらいでたどり着くことができます。


 しかし、そううまくは行きませんでした。相手も確保し損ねた生徒が〈竜海の森〉に逃げ込むことをあらかじめ予想していたのかもしれません。


「いたぞ! 逃がすな!」

 剣を持った剣術部の生徒が二人、追いかけてきます。私たちは彼らに追われるまま、〈竜海の森〉とは反対方向の校舎側に逃げるしかありません。

 やがて連絡を取り合ったのでしょう、剣術部員と風紀委員が続々と集まってきます。


 私たちは森とは反対側、中庭で取り囲まれてしまいました。

「やれやれ。全く困った王様たちだ」

 剣術部員や風紀委員の間から、小柄な改造制服姿が現れました。

 言うまでもなく、風紀委員長の岡田さんです。


「生徒会長は民主的に選ばれた生徒の代表で全体の奉仕者に過ぎん」

「それももう任期切れだがな」

 会長を嘲るように笑う岡田さんですが、会長は全く動じません。会長はまだ会長であると私たち皆が知っているからです。


「君は生徒会長を王と思っているのか? さしずめ傀儡の王を立てる逆臣と言ったところか?」

「いつになくよく喋るじゃないか。さすがの菊池センパイも進退窮まったことを自覚してるのか?」

 くっくっくと声を殺して風紀委員長が笑います。会長はこんな状況でも顔色ひとつ変えません。


「イブリース君」

 会長が隣に立つ私にだけ聞こえるくらいの大きさの声で私に呼びかけました。


「はい」

「後は任せた」

「え……?」

 思わぬ会長の言葉に彼の方を見ると、会長がしゃがみ込んで魔法を発動する姿が見えました。


「風よ!」


 その言葉とともに私たちの足元から強烈な風が巻き起こり、私と書記、会計の三人の身体を空たかくへと吹き飛ばしていきました。先ほどの会話の中にまた、呪文を含ませていたのです。


 眼下の人々が瞬く間に小さくなっていきます。私が最後に見た会長の姿は、取り囲んでいた剣術部の生徒達に掴まれ、引き倒される痛ましい姿でした。




「その後、〈竜海の森〉まで飛ばされた私たちは〈竜海神社〉まで逃げ切り、そこにいた巽さんに事情を話してこのほこらにかくまってもらったのです」


 イブリースの話が終わった後、慎一郎たちはしばらく声が出せなかった。想像以上に深刻になっているという驚きと、何故そんなことをしなければならなかったのかという疑念と、そこまで追い詰められていたことに気がつかなかった悔恨の思いに。

 それでも立ち上がらなければならない。今動けるのは自分たちだけなのだから。


「事情はわかりました。すぐにでもみんなの救出を……」

 そう言って慎一郎が動き出したところをメリュジーヌが制した。


『待て。シンイチロウよ、そなた、もしや正面から乗り込むつもりか?』

「え……? 特に考えてなかったけど……」


『はぁ……。よいか、これは今までのモンスターとの戦いとは根本から異なる。相手は人間じゃ。知能があり、当然警戒している。数も多い。傷つけるわけにもいかん』

「じゃあ、どうすればいいんだよ……!」

 苛つく慎一郎にメリュジーヌがにやりと笑った。


『まずは情報収集じゃ』

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